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『転生したら、パワハラ上司が魔王になっていた』  作者: ばけつプリン


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17/18

14歳の実戦

ミリアが死んでから、1年が経った。


季節は何度か巡り、俺も14歳になった。


あの日以降も、生活そのものが大きく変わったわけではない。朝になれば剣を振り、昼はセルヴィンから領地や歴史について学び、午後になればイリスと魔法の訓練をする。


ただ、俺自身は少し変わったと思う。



以前の俺は、できるだけ早く強くなろうとしていた。


強くなれば自由になれる。


どこへでも逃げられるし、大切な人間を守れる。


そう考えていた。


その考え自体は今も変わっていない。



でも、焦って剣を振り続けたところで、翌日突然父より強くなるわけじゃない。


魔力を使い切るまで魔法を撃ったところで、魔王に届くわけでもない。


結局俺にできるのは、昨日できなかったことを今日1つできるようにする。それを積み重ねることだけだった。



「ルーク様、聞いていますか?」


声をかけられ、俺は顔を上げた。


目の前ではバルトが呆れた顔をしている。


その隣には、見慣れない若い騎士が立っていた。



「ああ、ごめん。少し考え事してた」


「人を紹介している最中に考え事をしないでください」


「悪かったって」



俺が謝ると、若い騎士が小さく笑った。


年齢は19歳だという。短い茶髪に、まだ新品らしさの残る騎士団の鎧を身につけていた。


名前はエド。


半年前に正式にラグナード騎士団へ入った若手らしい。



「エドです。よろしくお願いします、ルーク様」


「よろしく。そんなに固くならなくていいよ」


「いえ、辺境伯家のご長男ですので」


「それ言われると俺の方が話しづらいんだけど」


エドが困った顔でバルトを見る。


助けを求めたのだろうが、バルトは無視した。



「本日はエドを含め、騎士4名と森へ入ります」


「討伐?」


「ええ。ブレイズボアが出ています」



その名前には聞き覚えがあった。


大型の猪型魔物で、成体なら普通の猪の倍以上になる。火属性の魔力を体内に持ち、興奮すると口から炎を吐く厄介な魔物だ。


村の家畜が何頭も襲われ、昨日ついに人間にも被害が出たらしい。



「俺も戦うの?」


「そのために連れていくのです」


バルトは当たり前のように言った。


「もちろん、危険だと判断すれば我々が入ります。ただし今回は、できる限りルーク様に任せるよう旦那様から言われています」


「父上が?」


「はい」



少し意外だった。


1年前までなら、父は俺を討伐に連れて行っても後方から見せる程度だった。


それだけ俺も成長したということなのだろう。



嬉しい反面、少しだけ緊張する。


魔物を殺すこと自体には、もう初めての頃ほど動揺しなくなった。


だからといって、怖くなくなったわけではない。



そのくらいでいい。


以前、父が言った。


殺すことに慣れる必要はない。ただ、必要な時に動けなくなるな。


今でも、その言葉は覚えている。



◇



森へ入ってから1時間ほど。


俺たちは、ほとんど会話をせずに進んでいた。


バルトが先頭を歩き、その少し後ろを俺とエドが進む。残りの騎士たちは左右と後方を警戒している。



以前の俺なら、魔物を探す時も自分から前へ出ようとしていた。


今はそんなことをしない。


戦いは、自分1人でやるものじゃない。


騎士団と行動するようになってから、それも少しずつ分かってきた。



「止まってください」


突然、バルトが手を上げた。


全員が足を止める。


俺も周囲を見回した。



一見、何も変わったところはない。


木々が並び、落ち葉が地面を覆っている。


だが、少し先にある太い木の幹が黒く焦げていた。



「いましたか?」


エドが小声で聞く。


バルトは首を振った。


「まだ分かりません。ただ、近いでしょう」



俺も焦げ跡へ近づいた。


地面を見ると、蹄のような跡がいくつも残っている。


大きい。



「1匹じゃない?」


俺が聞くと、バルトが頷く。


「おそらく2匹以上です」



依頼では、目撃されたのは1匹だった。


どうやら少し面倒なことになりそうだ。



その直後だった。


森の奥から、枝が折れるような音が聞こえた。



バキッ。



全員の視線が同じ方向へ向く。


しばらくして茂みが大きく揺れ、その中から黒い影が飛び出してきた。



大きい。


俺の身長より遥かに高い背中。


黒褐色の毛に覆われ、その背には岩のように硬そうな棘が並んでいる。


鼻息を吐くたびに、白い煙が漏れていた。



ブレイズボア。



本で見たものより、実物の方がずっと迫力がある。



「フゴォォォォッ!」



こちらを見つけた瞬間、魔物が地面を蹴った。


速い。



あの巨体からは想像できない速度で、一気に距離を詰めてくる。



「ルーク様!」


エドが剣を抜く。


だが俺は、その前へ出た。



逃げるつもりはない。


地面を蹴ると同時に、両脚へ魔力を流す。


身体が一気に加速した。



正面から受ければ負ける。


だから、ぶつかる直前に身体を横へずらした。



ブレイズボアの巨大な身体が、すぐ横を通り過ぎる。


風圧だけで服が大きく揺れた。



その瞬間、俺は剣を振った。


狙ったのは脇腹。


刃は毛皮を切り裂いたが、浅い。



「硬っ……!」



予想以上だった。


魔力を剣に流していたのに、肉まで深く届いていない。



ブレイズボアが急停止し、身体を反転させる。


今度は、口元に赤い光が集まり始めた。



炎だ。



「下がってください!」


エドが叫ぶ。



言われなくても分かっている。


俺は後方へ跳びながら、左手を前へ出した。



ブレイズボアの口から炎が噴き出す。


同時に、俺も魔法を放った。



水。



大量に出す必要はない。


炎の真正面へ薄く広げる。



ジュウッ!



水と炎がぶつかり、大量の蒸気が周囲へ広がった。


一瞬で視界が白くなる。



昔なら、ここで相手が見えなくなったと焦っていた。


今は違う。



見えないのは向こうも同じだ。



俺は身体強化を維持したまま、蒸気の中へ踏み込んだ。


音を聞く。



右。



重い足音。



すぐに身体を止める。



ブレイズボアが蒸気を突き破って現れた。



「そこ!」



今度は脇腹を狙わない。


前脚。



風を剣の周囲へ薄く纏わせる。


魔力で剣そのものを強くするのではなく、刃に沿って風を流し、斬撃を補助する。


イリスには「魔法使いがやることではありません」と呆れられたが、俺は気に入っていた。



剣を振る。



今度は手応えが違った。



刃が前脚へ深く入る。


魔物の巨体が傾いた。



「フゴォッ!」



苦しそうな声を上げながら、ブレイズボアが地面へ倒れる。


それでもまだ死んでいない。


起き上がろうと身体を動かす。



俺は一度息を整えた。


そして首元へ回り込む。



剣を両手で握る。



ここで迷えば危険だ。



「ごめんな」



小さく呟き、剣を振り下ろした。



数秒後。


ブレイズボアの身体は動かなくなった。



森に静けさが戻る。



俺は息を吐きながら、剣についた血を払った。



「お見事です」


後ろからバルトの声が聞こえた。


振り返ると、騎士たちは誰も戦いに参加していなかった。



「本当に助ける気なかったでしょ」


「危険だと判断すれば助けました」


「どの辺で?」


「首を吹き飛ばされる少し前でしょうか」


「遅くない?」


バルトが笑った。



エドもこちらへやってくる。


「すごいですね。剣士なのか魔術師なのか分からなくなります」


「俺も分からない」


「普通はどちらか決めません?」


「両方できた方が便利だろ」


「そう簡単に言う人、初めて見ました」



それは俺も何度も言われている。



でも仕方ない。


魔力が切れたら剣を使う。


剣が折れたら魔法を使う。


遠ければ魔法。


近ければ剣。



できることは多い方がいい。


逃げ道だって、その分だけ増える。



「ところで」


俺は倒れたブレイズボアを見る。


「もう1匹いるんだよね?」


バルトの表情が真面目に戻った。



「その可能性が高いです」



討伐は、まだ終わっていなかった。



◇



それから森を進むこと30分。


俺たちは2匹目を見つけるより先に、壊れた荷車を発見した。



道から外れた場所に横倒しになっている。


車輪の1つが完全に砕け、積んでいたと思われる荷物が周囲へ散らばっていた。



そして。


荷車の横に、人が倒れている。



「待ってください」



俺が走り出す前に、バルトが制止した。


以前なら、ここで「早く助けないと」とそのまま飛び出していただろう。


今は一度足を止める。



周囲を見る。


魔物の気配。



ない。



「行きましょう」


バルトの言葉と同時に、俺たちは倒れている男へ駆け寄った。



30代くらいの商人だった。


腹の辺りから大量に血を流している。


それでも、まだ息はあった。



「聞こえますか?」


エドが声をかける。


男の瞼が僅かに動いた。



「……つま……」


「何です?」


「妻と……息子……」



男が震える手を上げ、森の奥を指差した。



「逃げ……た……」



俺とバルトは顔を見合わせた。



「エド、ここを頼める?」


俺が聞く。


「はい。応急処置をします」



バルトが先に走り出す。


俺もその後を追った。



少し進んだところで、泣き声が聞こえた。



子供の声。



それと。



聞き覚えのある低い唸り。



木々の隙間を抜けると、小さな崖の下に女性と男の子がいた。


女性は子供を抱きしめるようにして壁際へ追い詰められている。



その前には、ブレイズボアが2匹。



1匹だと思っていた。


違った。



合計3匹いたのだ。



「バルト」


「はい」


「右をお願い」


「左は?」


「俺がやる」



バルトが少しだけこちらを見た。


止められるかと思った。



だが。



「承知しました」



それだけだった。



俺たちは同時に走り出した。



ブレイズボアの1匹がこちらへ振り返る。


女性が俺たちに気づき、大声を上げた。



「助けてください!」


「そのまま動かないで!」



俺は返事をしながら、剣を抜く。



怖くないわけじゃない。



さっき1匹倒したからといって、次も必ず勝てるわけではない。



でも。



今度は。



守りたいと思った時に、剣を抜ける。



それだけでも。



1年前の俺とは違う。



ブレイズボアが走ってくる。



俺も地面を蹴った。



今度は。



絶対に間に合う。

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