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『転生したら、パワハラ上司が魔王になっていた』  作者: ばけつプリン


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18/18

助けられた日

ブレイズボアが地面を蹴った。


巨体がこちらへ向かってくるたびに、足元から重い振動が伝わってくる。


さっき倒した個体と大きさはほとんど変わらない。まともにぶつかれば、身体強化を使っていたとしても無事では済まないだろう。



でも、さっきとは違う。


後ろには逃げ場を失った女性と子供がいる。


ここで俺が避けるだけでは、あの2人にブレイズボアが向かうかもしれない。



なら、こいつの意識を俺から逸らすわけにはいかない。



「こっちだ!」



声を上げながら、俺はブレイズボアの正面へ走った。


逃げるように見せるのではなく、あえて近づく。


相手も俺を狙ったまま速度を上げた。



距離が一気に縮まる。



まだ。


もう少し。



角が届きそうになる直前、俺は身体強化を脚へ集中させた。


地面を強く蹴り、身体を右へ滑らせる。



巨大な頭がすぐ横を通過した。


その瞬間、剣を振る。



狙ったのは前脚だった。



風を刃の周囲へ薄く纏わせる。


さっきと同じやり方だ。



だが。



ガキンッ!



硬い音が響いた。



「なっ……!」



剣が弾かれた。


さっきの個体より毛皮が硬い。


いや、よく見ると前脚の周りだけ黒い何かが薄くまとわりついている。



魔力だ。



こいつも、自分の身体を強化している。



「魔物まで身体強化するのかよ……!」



ブレイズボアが勢いのまま身体を回した。


太い後脚がこちらへ飛んでくる。



剣で受ける。



ドンッ!



腕が痺れた。


身体ごと数メートル押し飛ばされる。



何とか転ばずに着地したものの、両腕がじんじんしている。



「ルーク様!」



少し離れたところからバルトの声が聞こえた。


見ると、バルトももう1匹と戦っている。


助けてもらう余裕はなさそうだ。



いや。


助けてもらう必要はない。



俺が倒す。



ブレイズボアの口元から、白い煙が漏れ始めた。



炎が来る。



俺は剣を握ったまま左手を前へ出した。



さっきは水で防いだ。


同じことをすれば、おそらく防げる。



でも。



今度は別の方法を試す。



ブレイズボアが口を開いた。



炎が吐き出される。



その瞬間、俺は風を放った。



正面から押し返すのではない。


炎の横から、強い風を当てる。



炎の軌道が大きく曲がった。


俺の横を熱気が通り抜け、近くの木へぶつかる。



燃え始めた木を横目に、俺は走った。



ブレイズボアは炎を吐いた直後で、まだ次の動きに移れていない。



今なら。



剣を両手で握る。



だが、さっきと同じように斬っても弾かれる。



なら。



魔力で守られていない場所を探す。



首。


脇腹。


腹。



違う。



目。



そこだけは、どんな魔物でも硬くはできないはずだ。



ただし、真正面から狙えば角がある。



どうする。



一瞬だけ考える。



その間にも距離は縮まる。



俺は地面へ風を叩きつけた。



身体が浮く。



イリスから正式に教わった魔法ではない。


風で物を押せるなら、自分を押すことだってできるはずだと思って練習してきた。


まだ空を飛ぶなんて無理だが、一瞬だけ高く跳ぶくらいならできる。



「うおっ……!」



思っていたより高く上がった。


少し焦る。



下にはブレイズボア。


俺を見失ったのか、頭を左右に振っている。



今だ。



落下する勢いを利用し、剣を構えた。



風を纏わせる。



狙う。



右目。



「はあっ!」



振り下ろした剣が、深く突き刺さった。



「フゴオオオオオッ!」



耳が痛くなるほどの叫び声。


ブレイズボアが暴れ、俺の身体も大きく振り回される。



剣から手を離した。



地面へ転がる。



すぐに起き上がる。



ブレイズボアは、目に剣を刺したまま狂ったように暴れていた。



まだ死んでいない。



それどころか、怒りでさらに危険になっている。



こちらを見つける。



残っている片目が、完全に俺を捉えた。



「まだ来るのかよ……」



さすがにしぶとい。



俺には武器がない。


剣は魔物の顔に刺さったままだ。



ブレイズボアが突っ込んでくる。



魔法。



使うしかない。



俺は両手を前へ出した。



火では駄目だ。


こいつ自身が火を使う。



水でも、致命傷にはならない。



なら。



風。



できるだけ細く。


できるだけ一点へ。



この前、採石場で練習した時。


圧縮した風は、硬い木板を深く抉った。



あの時より。



もっと細く。



魔力を集中させる。



頭の中で、一本の線を思い描く。



前世の知識が、こういう時に役立つことがある。


ただ、その考え方を誰かに説明するつもりはない。


どうしてそんな発想をしたのかと聞かれても、偶然思いついたと答えるだけだ。



今は。



目の前の魔物を倒すことだけ考える。



「行け!」



風を放つ。



目には見えない。


ただ、空気を切り裂くような音が響いた。



ブレイズボアの動きが止まる。



額に。



細い線。



少し遅れて。



血が流れた。



巨大な身体が前へ傾く。



俺は慌てて横へ飛ぶ。



ドンッ!



地面が揺れた。



ブレイズボアが倒れた。



今度こそ。



動かない。



「……勝った」



全身から力が抜けた。



膝へ手をつき、大きく息を吐く。



魔力を使いすぎた。



頭も少し痛い。



それでも。



倒せた。



「ルーク様!」



声に顔を上げる。



バルトが走ってくる。


その後ろでは、もう1匹のブレイズボアも倒れていた。



「お怪我は!」


「ない……と思う」


「思うでは困ります」


「腕は痛いけど、それくらい」



バルトが俺の身体を確認する。



大きな傷がないと分かると、ようやく息を吐いた。



「無茶をしますな」


「バルトも助けてくれなかったじゃん」


「こちらはこちらで忙しかったのです」


見る。



バルトが倒したブレイズボア。



首が一撃で落とされている。



「全然忙しそうに見えないけど」


「気のせいです」


絶対嘘だ。



ただ。



文句を言っている場合ではない。



俺は後ろを振り返った。



崖際にいた女性が、子供を抱いたままこちらを見ている。



「もう大丈夫です」



声をかけると。



女性の表情が崩れた。



その場へ座り込み、子供を強く抱きしめる。



「ありがとうございます……本当に……」



何度も頭を下げられた。



俺は。



どう返せばいいのか分からなかった。



「旦那さんも生きています」



それだけ伝える。



女性の顔が上がった。



「本当ですか?」


「仲間が治療しています。早く戻りましょう」



女性は涙を流しながら何度も頷いた。



◇



荷車まで戻ると、エドが商人の腹へ布を当てていた。



「戻りましたか!」


「どう?」


「出血は止めました。ただ、早く治療院へ運んだ方がいいです」



男の意識も戻っていた。



俺たちの後ろに妻と子供がいるのを見ると、目に涙が浮かんだ。



「よかっ……た……」



女性が駆け寄る。



「あなた!」


子供も泣きながら父親の手を握る。



家族3人。



全員、生きている。



俺は少し離れた場所から、その光景を見ていた。



胸の奥に。



変な感覚があった。



嬉しい。



素直にそう思う。



でも。



同時に。



少しだけ苦しい。



「ミリアを思い出しましたか」



いつの間にか、バルトが隣にいた。



「……少しね」



隠しても仕方ない。



1年前。



俺は。



助けられなかった。



何も。



できなかった。



今日。



3人。



助けた。



もちろん。



俺1人の力ではない。



エドが商人を治療した。


バルトがもう1匹を倒した。


騎士たちも周囲を警戒している。



それでも。



俺も。



ちゃんと。



役に立てた。



「もし1年前の俺が、今くらい強かったらって考える時がある」


俺が言う。



バルトは黙って聞いていた。



「でも、たぶん変わらないんだろうな」


魔王軍。


何百、何千という兵。



そして。



父ですら勝てないと言った魔王。



俺がブレイズボアを1匹倒せる程度になったところで。



あの日。



何が変わった。



きっと。



何も。



変わらない。



「そうでしょうな」


バルトは優しい嘘をつかなかった。



「でも」



続ける。



「今日の3人は、今のルーク様だから救えた」


俺は商人の家族を見る。



それで。



いいのかもしれない。



過去へ戻ることはできない。



だったら。



今。



目の前にいる人を助ける。



そのために。



強くなる。



少しずつ。



その考え方が。



俺の中に馴染み始めていた。



◇



領都へ戻ったのは、夜だった。



商人はすぐに治療院へ運ばれた。



後から聞いた話では、命に別状はないらしい。



屋敷へ戻ると、父がまだ起きていた。



執務室へ呼ばれる。



「報告は聞いた」


「早いね」


「バルトから先に使いを寄越させた」


なるほど。



父は机の前に座ったまま、俺を見る。



「3匹だったそうだな」


「うん」


「1匹を1人で?」


「ほとんどは」


「そうか」



それだけ。



相変わらず褒めるのが下手だ。



「何かないの?」


「何がだ」


「息子が魔物倒して、人助けて帰ってきたんだけど」


「無事に戻った。それで十分だろう」


「もっとこう、よくやった、とか」


父が少し考える。



「よくやった」


「言わせた感じがすごい」


「なら聞くな」


思わず笑った。



父も。



ほんの少しだけ。



笑った。



「ルーク」


「ん?」


「強くなったな」



今度は。



頼んでいない。



その言葉に。



少し。



驚いた。



「まだ父上には勝てないけど」


「当然だ」


「そこは謙遜しないんだ」


「事実だからな」



腹が立つ。



でも。



父の言う通り。



俺は。



まだまだ。



弱い。



世界には。



バルトより強い人間もいる。



父より強い人間も。



そして。



魔族には。



さらに強い奴らがいる。



魔王は。



その頂点。



遠い。



それでも。



以前のように。



その距離を。



絶望するだけではなくなった。



1日。



少しずつ。



近づけばいい。



◇



翌日の午後。



俺はイリスへ、ブレイズボアとの戦いを話した。



剣に風を纏わせたこと。



風で跳んだこと。



最後に圧縮した風を撃ったこと。



全部。



話し終えると。



イリスは。



深いため息をついた。



「何?」


「どこから注意すればいいか考えています」


「勝ったよ?」


「勝てば何をしてもいいわけではありません」


「はい」



怒られる。



予想通り。



でも。



その後。



イリスが少し考える。



「ただ」



俺を見る。



「やはりルーク様は、剣か魔法のどちらかに絞らない方が良さそうですね」


意外だった。



「前は絞った方がいいって言ってなかった?」


「普通ならです」



イリスが言う。



「ですが、あなたは剣を使うために魔法を考え、魔法を使うために剣を使っている」


確かに。



俺の中では。



もう。



別々ではない。



「魔法使いになるつもりも、剣士になるつもりもないから」


「では、何になるつもりです?」



聞かれて。



少し考える。



以前なら。



自由になりたい。



そう答えた。



今も。



変わらない。



ただ。



そのために。



どう戦う。



答え。



もう。



決まっている。



「何でもできる奴」



イリスが。



数秒。



黙った。



「子供みたいな答えですね」


「14歳なんだから子供だろ」


「こういう時だけ年齢を使うのは卑怯ですよ」



笑う。



俺も。



笑った。



でも。



本気だった。



剣を失っても。



戦える。



魔力が尽きても。



戦える。



誰かが傷ついたら。



少しは治せる。



逃げるなら。



逃げられる。



守るなら。



守れる。



どんな状況でも。



選択肢を残す。



それが。



俺の目指す強さだった。



前世では。



選択肢がないと思い込んで。



ずっと我慢した。



今度は。



違う。



この人生では。



できるだけ。



自分で。



選ぶ。



そのために。



剣も。



魔法も。



俺には。



必要だった。

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