↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『転生したら、パワハラ上司が魔王になっていた』  作者: ばけつプリン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/18

それでも日常は続く

ミリアが死んでから、3週間が経った。



不思議なことに、世界は何も変わらなかった。


朝になれば太陽が昇る。


街へ出れば商人たちが店を開き、子供たちは道を走り回っている。屋敷では使用人たちがいつも通り働き、騎士たちは訓練場で剣を振っていた。



俺だけが取り残されたような気がした。



ミリアが死んだ翌日も。


その次の日も。


誰かにとっては普通の一日だった。



それが、妙に腹立たしかった。



前世でも、人がいなくなったところで会社は動き続ける。


誰かが辞めても、翌日にはその人の仕事を誰が引き継ぐかという話になる。


当時の俺は、それを当然だと思っていた。



でも今は。


その当然が嫌だった。



「ルーク様」


声をかけられ、俺は木剣を止めた。



朝の訓練場。


まだ太陽が昇りきる前で、空気は少し冷たい。


目の前にはバルトが立っていた。



「今日はここまでにしましょう」


「まだ始めてから1時間くらいだけど」


「2時間です」


「……そんなに?」


「ええ」



言われて空を見る。


確かに、訓練を始めた時よりかなり明るくなっていた。



最近、時間の感覚がおかしい。



剣を振っている間だけは余計なことを考えずに済む。


だから気づけば、以前より長い時間訓練場にいるようになっていた。



「もう少しだけやる」


「駄目です」


「まだ動けるよ」


「動けるかどうかを聞いているのではありません」



バルトが俺の木剣を取り上げた。


力を入れて抵抗する気にもならず、そのまま渡す。



「手を見せてください」


「大丈夫だって」


「見せてください」



仕方なく両手を出す。


掌には何度も潰れた豆があり、ところどころ皮が裂けていた。



バルトが大きくため息をつく。



「これで大丈夫と言われても困りますな」


「治癒魔法で治る」


「治るから怪我をしていいわけではありません」


「分かってるよ」



そう答えたものの、バルトの表情は変わらなかった。



「本当に?」


「……たぶん」


「正直なのは結構です」



バルトが俺の隣に座る。


訓練場の端に置かれた長椅子だった。



少し迷ったが、俺も隣に座った。



「焦っていますか?」


突然聞かれた。



「何が?」


「強くなることを」



俺は答えなかった。



焦っていないと言えば嘘になる。



あの日。


何もできなかった。



俺がもっと強ければ。


父よりも。


バルトよりも。


魔王軍の使者よりも。


そして、魔王よりも強ければ。



ミリアは死ななかったかもしれない。



そんな考えが、何度も頭に浮かぶ。



現実的じゃないことくらい分かっている。


13歳の俺が魔王より強いわけがない。



それでも。



もし強かったら。



その「もし」が、頭から離れなかった。



「強くなりたい」


俺は言った。



「以前より?」


「うん」


「魔王を倒すためですか?」



少し驚いてバルトを見る。



「どうしてそう思ったの?」


「ここ数週間のルーク様を見れば、そう考えても不思議ではないでしょう」



魔王。



その名前を聞くだけで、胸の奥に重いものが溜まる。



嫌いだ。



会ったことすらない。


顔も知らない。



それでも嫌いだった。



ミリアを殺せと命令した。



ただそれだけで十分だった。



でも。



「分からない」


俺は正直に答えた。



「倒せるなら倒したいとは思う。でも、今の俺じゃ何もできないし」


「それは当然です」


「はっきり言うなあ」


「13歳の子供が魔王を倒せるなら、我々はとっくに仕事を失っています」



少しだけ笑った。



バルトも笑う。



こういう会話をしたのは久しぶりだった。



「ただ」


俺は続けた。



「もう二度と、何も選べないのは嫌なんだ」



バルトが黙って聞いている。



「逃げたかったのに逃げられなかった。助けたかったのに助けられなかった。戦いたくても、戦えばもっと人が死ぬから何もできなかった」



口にしていくと、また腹が立ってきた。



「全部、俺が弱かったからじゃないかって思う」



バルトはすぐには答えなかった。



しばらくして、静かに言う。



「強さがあれば、選択肢が増える。それは間違いありません」


「だろ?」


「ですが、どれほど強くなっても全てを選べるわけではありません」



俺はバルトを見る。



「旦那様は強い」


「知ってる」


「それでも今回、ミリアを救えなかった」



痛いところを突かれた。



「ローデン団長も強い。それでも娘を守れなかった」


「……うん」


「だからといって、強くなることが無意味だと言っているわけではありません」



バルトは俺の手を見る。



「ただ、力というものは焦って手に入るものではないのです」


「じゃあどうすればいい?」


「昨日より少しだけ強くなる。それを毎日続けることです」



随分地味な答えだ。



もっと特別な方法があると言ってほしかった。



伝説の剣。


秘密の修行。


一晩で強くなる魔法。



そんな都合のいいもの。



この世界にも、たぶんない。



「地味だな」


「剣術など、ほとんど地味なものですよ」


「父上の戦い方、全然地味じゃないけど」


「あれは何十年も地味なことを続けた結果です」



なるほど。



俺は自分の手を見る。



まだ小さい。



前世の俺の手とは違う。



13歳の手。



あと何年。



何年鍛えれば。



あの魔王に届く。



そんなことを考えていると、バルトが立ち上がった。



「今日は休んでください」


「午後から魔法がある」


「それはイリス殿に任せます」


「絶対止められるじゃん」


「そのために言いました」



やられた。



◇



案の定。


午後の魔法訓練も中止になった。



イリスは俺の掌を見るなり、呆れた顔をした。



「バルト殿から話は聞きました」


「早いな」


「ルーク様が無茶をしているので止めろ、と」


「そんなに無茶してない」


「では、その手は?」


「剣を振っただけ」


「それを無茶と言います」



結局、その日は魔法の実技ではなく座学になった。



俺としては不満だったが、イリスは聞いてくれない。



「魔法は身体だけでなく、頭も使います」


机の上に数個の魔石を並べながら、イリスが言う。



「今のルーク様に必要なのは、魔力量を増やすことではありません」


「じゃあ何?」


「効率です」



イリスが小さな魔石を手に取る。



「以前から何度も話していますが、同じ魔法でも使い手によって必要な魔力量は違います」


「制御が上手い方が少なくて済む?」


「その通りです」



イリスが指を立てる。



その先に、小さな火が灯った。



「例えばこれ。私ならほとんど疲れません」


火が少し大きくなる。



「ですが、初心者が同じ大きさの炎を作ろうとすると、余計な魔力を大量に消費することがあります」



理解できる。



前世の機械だって、同じ仕事をするなら効率がいい方が消費するエネルギーは少ない。



そこまで考えて。



俺は口を閉じた。



危ない。



こういう時。



前世の知識を普通に話しそうになる。



俺は転生者であることを誰にも知られたくない。



それは、ミリアが死んだ後も変わっていなかった。



むしろ。



余計に知られたくなくなった。



人間は簡単に死ぬ。



権力を持った人間が命令すれば、普通に生きていた少女が殺される。



そんな世界で。



前世の記憶を持っているなんて知られたら。



何に利用されるか分からない。



「ルーク様?」


「ん?」


「聞いていますか?」


「聞いてる。効率でしょ」


「そうです」



誤魔化せた。



「なら、しばらく大きな魔法は禁止です」


「え?」


「小さな魔法を、できるだけ少ない魔力で使う練習をしてください」


「地味だな」


「バルト殿にも同じことを言いましたか?」


「なんで分かったの?」


「顔に書いてあります」



今日だけで。



剣も魔法も。



地味な修行になった。



でも。



バルトの言葉を思い出す。



何十年も地味なことを続けた結果。



父は強くなった。



なら。



俺もやるしかない。



◇



夕方。


久しぶりに領都へ出た。



目的地は、ミリアの墓だった。



処刑された10人の遺体は戻ってこなかった。



だから墓の中には何もない。



名前だけ。



石碑に刻まれている。



ミリア・ベルク。



13歳。



その文字を見るだけで、まだ現実感がない。



「来ていたのですか」



後ろから声がした。



振り向く。



ローデンだった。



以前より少し痩せて見える。



「うん」


「お1人で?」


「護衛は少し離れたところにいる」



辺境伯家の長男だから、完全に1人にはしてもらえない。



ローデンが隣に立つ。



2人で墓を見る。



話すことが見つからない。



先に口を開いたのは俺だった。



「ごめん」


ローデンが俺を見る。



「なぜルーク様が謝るのです?」


「守るって約束した」


「ミリアと?」


「うん」



何年も前。



庭で何気なくした約束。



本気だった。



でも守れなかった。



「俺、何もできなかった」


「私もです」



ローデンが静かに言った。



「私は父親です。それでも何もできませんでした」


俺は黙る。



「だから、ルーク様が背負う必要はありません」


「でも」


「それでは私も、あの子を守れなかったことを一生謝り続けなければなりません」



何も言えなくなった。



ローデンは石碑を見る。



「正直に言えば、今でも納得していません」


声は穏やかだった。



「なぜ娘が死ななければならなかったのか。なぜ私が従わなければならなかったのか。魔王も、王国も、あの兵士も……全部憎いと思う時があります」



初めて聞いた。



ローデンの本音。



「だったら騎士団なんて辞めたらいいのに」


俺が言う。



「そうしようとも思いました」



ローデンが小さく笑った。



「ですが、私にはまだ守らなければならない人たちがいます」


「領民?」


「ええ」



国境警備の責任者。



それが。



娘を殺されても。



まだ仕事を続ける。



前世の俺なら理解できなかったかもしれない。



会社なら辞めればいい。



嫌なら離れればいい。



そう思う。



でも。



ローデンが辞めれば、誰かが代わりに国境を守らなければならない。



魔物も。



魔族も。



待ってくれない。



「強いな、ローデンは」


俺が言うと。



ローデンは首を振った。



「弱いですよ」


「そう?」


「毎日辞めたいと思っています」



少し意外で。



笑ってしまった。



ローデンも笑った。



「でも、今日だけは続けよう。そう考えていたら3週間経ちました」


「バルトと似たようなこと言うな」


「何と?」


「毎日少しずつやれって」


「彼らしい」



少しだけ。



胸が軽くなった。



◇



その夜。



父が戻ってきた。



夕食の席。



久しぶりに家族全員が揃った。



母。


父。


俺。


弟のカイル。



カイルはもう7歳だ。



俺が剣を習い始めた頃と同じ年齢。



「兄上、明日剣を教えてください」


食事中、突然言われた。



「バルトがいるだろ」


「兄上とやりたいんです」


「俺、教えるの下手だよ」


「では勝負してください」


「もっと駄目だろ」



母が笑う。



父も少しだけ表情を緩めた。



こんな空気。



久しぶりだった。



それだけに。



俺は気づいた。



俺には。



まだ家族がいる。



ミリアはいない。



その事実は変わらない。



でも。



俺まで全部を止める必要はない。



世界が続いていることが腹立たしかった。



なのに。



今は少しだけ。



世界が続いていて良かったと思った。



◇



翌朝。



いつもの時間に訓練場へ行った。



ただし。



昨日までとは違う。



無茶に剣を振らない。



1回。



姿勢を確認する。



2回。



魔力の流れを確認する。



3回。



足の位置。



呼吸。



1つずつ。



バルトがやって来た。



「今日は随分落ち着いていますな」


「昨日より少しだけ強くなるんだろ」


バルトが笑う。



「覚えておられましたか」


「忘れないよ」



俺は剣を構えた。



ミリアを忘れるつもりはない。



だからといって。



ずっと立ち止まるつもりもない。



魔王を倒す。



まだ。



そこまで大きなことは言えない。



ただ。



次に何かを奪われそうになった時。



今度こそ。



自分で選べるように。



今日も剣を振る。



昨日より。



ほんの少しだけ。



強くなるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。