守れなかった
指定された日の朝。
空は。
腹が立つほど晴れていた。
処刑場所は国境近くの平原。
魔王領と人間領。
その境目。
見せしめなのだから。
多くの人間に見せる必要があるらしい。
最低だった。
俺は屋敷に残るよう言われていた。
当然。
従わなかった。
父も。
最後には止めなかった。
◇
平原には。
人間側の兵士が数百人。
魔王領側にも。
同じくらいの魔族兵が並んでいた。
その中心。
10人。
両手を縛られた人間が立っている。
事件を起こした兵士。
国境警備に関係していた者。
そして。
ミリア。
俺は。
目を逸らせなかった。
昨日まで。
一緒にいた。
同じ人間。
なのに。
今は。
処刑される側と。
見る側。
たったそれだけの違いで。
こんなにも遠い。
「ルーク」
父が俺の肩へ手を置く。
「見る必要はない」
「見る」
「無理をするな」
「見る」
俺は。
もう一度言った。
見なければいけない。
そんな気がした。
逃げたら。
一生。
後悔する。
◇
魔族側から。
1人の男が前へ出た。
黒い鎧。
2本の角。
以前。
領都へ来た使者だった。
「期限通り、10名を受け取る」
淡々とした声。
父が前へ出る。
「最後にもう一度聞く」
使者を見る。
「金でも物資でも捕虜でもいい。交換するつもりはないのか」
「ない」
即答だった。
「これは魔王様の命令だ」
魔王。
その名前を聞くだけで。
腹が立った。
「1人の魔族の命を奪えば、人間10人の命で償わせる」
使者が言う。
「次は100人。その次は1000人だ」
脅し。
見せしめ。
そのためだけに。
ミリアが死ぬ。
俺は剣の柄を握った。
強く。
強く。
「ルーク」
父の声。
分かっている。
今ここで俺が飛び出せば。
戦争が始まる。
そして。
何も変えられない。
俺は。
弱い。
それを。
嫌というほど理解した。
◇
10人が前へ進まされる。
ミリアがこちらを見た。
目が合った。
距離はある。
でも。
俺には分かった。
ミリアが。
笑った。
ほんの少し。
いつものように。
俺も笑おうとした。
できなかった。
唇が震えた。
「ミリア……」
声は届かない。
それでも。
ミリアの口が動いた。
何と言ったのか。
分からない。
でも。
たぶん。
海。
そんな気がした。
◇
処刑は。
すぐに終わった。
魔法だった。
魔族の魔術師が。
手を上げる。
巨大な炎。
俺は。
最後まで見た。
見てしまった。
炎が消えた後。
そこに。
ミリアはいなかった。
◇
帰り道。
誰とも話さなかった。
父も。
バルトも。
何も言わなかった。
屋敷へ戻る。
庭。
いつもの木。
ミリアが。
よく本を読んでいた場所。
誰もいない。
俺は。
そこへ座った。
数日前まで。
ここで話していた。
薬草。
治療師。
海。
全部。
なくなった。
「守るって言ったのにな」
声に出した。
誰も答えない。
俺は。
守れなかった。
剣を何年振っても。
魔法を何年練習しても。
何の意味もなかった。
少なくとも。
今日の俺には。
何もできなかった。
◇
その日の夜。
俺は。
初めて。
この世界を嫌いだと思った。
転生した時。
嬉しかった。
会社がない。
上司がいない。
魔法がある。
剣がある。
自由に生きられる。
そう思っていた。
違った。
この世界にも。
理不尽はある。
前世より。
もっと直接的で。
もっと残酷な理不尽が。
力がある奴が。
弱い奴の人生を。
簡単に壊す。
俺は。
それを知った。
◇
魔王を殺そう。
その時。
そう思ったわけではない。
そんな力はない。
それに。
魔王なんて。
俺からすれば。
まだ遠すぎる存在だった。
ただ。
1つだけ。
決めた。
もっと強くなる。
誰かに褒められるためじゃない。
英雄になるためでもない。
魔王を倒すためですらない。
もう。
こんなふうに。
自分の人生を。
誰かに決められたくない。
俺の大切な人の人生まで。
誰かの気分で。
奪わせたくない。
そして。
どうしても守れないなら。
せめて。
連れて逃げられるくらい。
強くなる。
どこまででも。
逃げられるくらい。
強くなる。
俺は。
机の上に置いてあった剣を手に取った。
窓の外は暗い。
もう夜中だった。
それでも。
訓練場へ向かった。
剣を振る。
1回。
2回。
何度も。
手の傷が開く。
構わなかった。
ミリアの笑った顔が。
頭から離れなかった。
「……強くなる」
誰に聞かせるわけでもなく。
呟いた。
「絶対に」
この日から。
俺が剣を振る理由は。
少しだけ。
変わった。




