40
ルナリスの背後に居たのはセリオールだ。
となれば…圧し掛かってきたのは何者か…なんて、自ずと知れようと言うもの。
「セリオール様!?」
振り向きざま、倒れ込んでくる彼の身体を支える。
顔を見れば、紅潮して汗が浮かんでいた。
ルナリスは咄嗟に気絶している公爵へと視線を向けた。ざっと周辺を確認すると毒の小瓶は無残に割れて、床に小さな水溜りをつくっている。
しかも小瓶の破片と一緒になって、大きな範囲ではなかったが飛散しているのが見てとれた。
(まさか…)
毒が吸収されたとするなら、この状況では傷口が一番可能性が高い。
何故なら臭気などは、ルナリスも公爵夫妻も嗅いでいる。けれど、気分が悪くはなるものの、倒れる程ではないからだ。
急いで目元の傷口へ目を向ける。
(ッ!……ぁ、あぁ…なんて事…)
微かに血の滲んだ傷口の一部が、ほんの少し赤くなって腫れているように見えた。
ルナリスはセリオールを支えながら、ソアラを拘束しているキドニーへ叫んだ。
「ビッテン様、医師を呼んでください!!
ニッペル先生を!!
早く…早くお願いしますっ!!!」
キドニーは直ぐに近くの騎士を呼び、ソアラの拘束を交代する。
「ルナリス様、申し訳ございません…ニッペル先生とおっしゃる方に心当たりがないのですが…」
通じないのも仕方ない。
ニッペルと言うのは、公爵家お抱え医師の助手なのだが、先代の頃に帝国からやってきた男性だ。現在は高齢の為ほぼ引退状態で、悠々自適の研究生活をしている。
過去、書庫に閉じ込められたルナリスに、最新論文や毒草の実物を見せたりしていた変わり者でもある。
尤も…そんな変わり者のおかげで、ルナリスは臭気から毒の成分の予想を立てられたのだ。
毒に詳しい人物であり、公爵家のお抱え医師の助手だった事、現在の住まい諸々も話すとキドニーは頷いた。意識はあるものの、異常な状態であるセリオールを王宮へ運ぶ手筈も整えると、キドニーはその場を後にする。程なくして担架が運び込まれた。
ルナリスの傍を離れたくないと、弱々しい抵抗をしていたセリオールを救護の者に託す。
薬草や毒草の知識はあっても、ルナリスが解毒処置をする事は出来ない。いや、出来るかもしれないが、医師に任せるのが最適だろう。素人が下手に手を出してよい分野ではない。
祈るようにセリオールの手を握っていたが、担架が抱え上げられるとスルリと解けた。
手の中に残る体温を抱き込み、ギュッと目を瞑る。
どうか助かりますように…と。
そうしている間にも、気絶した公爵も運び出されて行った。
夫人はわからないが、逃げられる筈もない。
意識があり、抵抗する可能性の高いソアラの連行が最後になったのは、仕方ない事だった。
セリオールの搬送や公爵夫妻の連行で、慌ただしい空気の中、ルナリスの警護の為にマリルーがやっくる。
「ルナリス様、お迎えが遅くなり申し訳ございません。
馬車の準備が完了しました」
マリルーの声と、エスコートする為に伸ばされた手に、祈りを続けていたルナリスが顔を上げる。
この場に居ても邪魔になるだけだ…と、ルナリスが頷いた。その刹那、耳障りな声が精神を逆撫でする。




