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「い、いや…しかしだな…」
余程小瓶を持ちたくないのか、公爵は手を伸ばさない。
「使用人に任せる訳にはいかないと、御自分で持つとおっしゃったのは貴方でしょう?
ほら、さっさと持ってくださいな。
こんな汚らしい場所に長居したくありませんの」
夫人は、尻込みしている公爵の背をぐいぐいと押す。
「それにモタモタしていたらソアラちゃんが起きてしまうわ」
「それは確かに困るが…だからって…ガモール様も言ってただろう? この毒は扱いに気をつけろと。
邸からここまで手に持って運ぶのも、気が気じゃなかったんだぞ…」
公爵の話に夫人は視線を斜め上に少しずらした。
「そういえば…そうでしたわね。
何個も箱に重ねて入れられて…随分と厳重だとは思いましたけど。
ですが、今は普通に運べてるじゃありませんか、さっさと持ってくださいな」
公爵は嫌そうに小瓶を手に持つと溜息を吐く。
その様子を見てはいないが耳を傾けていたルナリスは、ふとある事に気が付いた。
(手に持って運搬…保管箱に入れて…ではなく?
その上そのまま馬車に乗ってここまで?)
公爵邸と、今いる古びた倉庫は離れている。
朝顔の毒は素手で取り扱うのも危険で、臭気にも毒素が含まれるため、普通は鼻先の長い専用のマスクを被って扱うのが普通だと本にはあった。
にも拘らず、公爵はマスクはしていないし、手袋はしているが、普段使い用の物に見える。
色々と可能性が考えられるが、何の手掛かりもなければ全てただの想像だ。それを考えるのは無駄だな…と、ルナリスは採風小窓から見える外の風景に目を移した。
(今頃セリオール様はどうしていらっしゃるかしら…心配してくれているかしら…?)
出来れば彼の心の中で、自分が占有出来ている領域が少しでもあると良いな…と、心配させる事は不本意なはずなのに、そんな事を考えたりする。
随分と自分勝手な思いだと…自嘲するような笑みが微かに浮かんだ。
そっと目を伏せてから、今一度外へと視線を移した時、何かが動いたように見えて、ルナリスは目を瞠った。
動いたのは人だろうか…それとも馬だろうか…遠くて判然としないが、複数存在しているように見えた。
今は動きを止めたせいか、よくわからない…もしかすると助けを期待する自分の心が見せた幻覚かもしれず、ルナリスは気持ちを落ち着かせるように深呼吸をする。
ルナリスが息を詰め、小窓の先の風景を探っている間も、背後では公爵と夫人の遣り取りがまだ続いていた。
「さっさと歩いてくださいまし」
「急かすな!!
これは毒だと何度言えば…」
いい加減、夫人も焦れたか疲れたか…してきているのだろう。言い方がぞんざいになってきている。
『はいはい』と扱いが適当になっていた。
何にせよ、今日も命を長らえる事が出来そうなので、そろそろ部屋から出て行って欲しい。騒がしいのは好みではないルナリスが退室を促そうと振り返ったその時、想定外の…だが確実に余計な声が飛び込んできた。
「(っと、汚い場所ね!!!)」
まだ部屋との距離はありそうなのに、癇に障るキンキンとした声に、ルナリスは眉間の皺を深くする。
ルナリスとは違った意味で、公爵夫妻も同様の反応をしていた。




