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毒の混入なども考えて暫くの間、出される食事に手を出していなかったが、彼等はルナリス直筆の遺書が欲しいと言っている。
ならば目的の物が手に入っていない間は、直ぐに殺されると言う事はないだろ…と、少しでも食べるようにしはじめた。とは言え安心しきるのは愚かだだろう。
そんな不安を始めとしたストレスは、常にルナリスの心と体を蝕んでいた。
だからと言って、その目は諦めを帯びてはいない。
まだ幼い頃…あの家を出るまでの自分なら、疾うに諦めていたと思う。
しかし、今は自分に何かあれば悲しむ人がいる事を知っている。
勿論、以前でも心を砕いてくれた使用人達は悲しんでくれただろう。それでも諦めを選んでいただろう確信がある。
だが今は、諦めるより前に願いがあった。
例え最後になるとしても、一目だけでもセリオールに会いたい…と。
(死んだらもう会えないもの。
でもそれも…あとどのくらいもつかしら…)
まだ何も書かれていない羊皮紙を盾に、何とか踏ん張っているが、焦れた両親達はそろそろ我慢の限界になりつつある。
似た筆跡の者が見つかったり、文字真似をされればどうしようもない。元が短気な人達だから、そんな事も考えずに殺しにかかってくる可能性もゼロではない。
いや、本当はもっと簡単なのだ。
ルナリスが自死したと言う事実が欲しいのであれば、男達にルナリスを襲わせればいい。そうすればルナリスは自死を選ばざるを得なくなる。これまでまともに養育されていないと言えど、ルナリスは令嬢だ。しかも公爵令嬢と言う高位貴族の一人なのだ。
更に言うなら、王太子妃としては勿論、何よりセリオールに顔向けできない。
その上で遺書を用意すれば、筆跡さえも誤魔化すのは難しくない筈。
攫われただけでも十分醜聞だが、更に凌辱されたとあれば貴族令嬢…いや例え貴族でなくとも自死を選ぶ女性は少なくないのが現実だ。
それに気付いていない両親とソアラは、本当に甘い人達だと思う。
勿論善人ではない。犯罪に対して抵抗がない非常識人である事は間違いないが、色々と詰めが甘い。しかしそれに助けられて、未だ身は綺麗なまま静かな抵抗を続けられている。
離宮から攫われて、まだ数日しか経っていないが、それでも感覚的には随分長く拘束されているように感じていて、つい深い溜息が漏れた。
今日も今日とてノックもなしに扉が開かれる。
前回までなら険しい表情をした両親の姿があった筈だが、今日は粘つくような笑みを浮かべている。
室内に足を踏み入れた公爵が、デブついた腹を揺すりながら声を立てて笑った。
「ハハハ!
今日は差し入れを持ってきてやったぞ!」
上機嫌で言い放つその手は、重ねられた手袋のせいで膨れ上がっている。無駄に膨れ上がった手袋の内側には、陶器製の小瓶が握られていた。
その小瓶がゆっくりと、慎重に羊皮紙の隣に置かれる。
ふわりと微かに鼻腔を擽る芳香に、ルナリスは顔を顰めた。
(この異臭…甘い様な、ぞれでいて不快感を呷るようなこの芳香は…まさか…)
ルナリスの脳裏に引っ掛かるモノが過る。
伊達に書庫へ軟禁されていた訳ではない。
心ある使用人達は書庫から何とかして出そうとしてくれたが、ルナリス自身は、あの時期を辛かったとは思っていない。
ずらりと壁面が見えない程の本の山に、歓喜していたのだ。




