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少し足早に前を行くセリオールに声を掛け、止めたキドニーは自身の部下であり、いずれルナリスの専属護衛に…と考えているマリルー・グナタンを先触れとして走らせた
ここ最近の主…セリオールは落ち着きがない。
特にルナリスが絡むと、途端に平素の様子から一変してしまう。これまで他人の部屋を訪れる時に、先触れをださないなんてミスはした事がない。
先日無事正式に婚約者になったとは言え、女性の部屋を訪ねようと言うのに、先触れナシはあまりに非礼だろう。
「殿下、今マリルーを走らせましたので、歩む速度を少々落として頂けますようお願いします」
ハッとした様に、セリオールはバツの悪そうな顔をした。
「すまない…つい逸ってしまった…」
ずっと王族として模範的優等生で育ったセリオールが、年相応に表情を崩すさまはキドニー達護衛騎士や側近達を安心させた。
正直に言うと、いつか壊れてしまうのではないかと不安だったのだ。
現国王である父親も、セリオールに対して何の情もない訳ではない。しかし優秀に育てられた彼なら大丈夫だろうと、何かにつけて後始末だ何だと押し付ける。
しかも悪気がないのが厄介だ。
兄であるトーマスに至っては、それが普通だと思ってしまっている。
違うのだ。
本来は父親である国王の仕事だし、トーマスの仕事である筈なのに、いつのまにかセリオールの前に置かれてしまう。優秀であれと育てた王妃が悪い訳でもない。
王妃とセリオールが居なければ、疾うの昔に王家はにっちもさっちもいかなくなっていただろう。
自分で自分を抑え律し、常に模範的であり続けたセリオールに、笑顔を齎してくれたルナリスに、最初は複雑な思いもあった。
あのソアラの妹と言うだけで、警戒対象だった。
しかも王家を欺こうとしたとあっては、警戒心は跳ね上がる一方…。
更に言うなら、誰も彼女を…ルナリスの事を知らない。今となってはそれがメゾット公爵夫妻やソアラの悪意だったと判明しているが、最初は知り様がなかった。警戒するなと言う方が無理だろう。
だが、彼女は放り込まれた書庫で、ありとあらゆる書物を読み独学を続けていた。そしてこれは気に掛けていた使用人がいたからだろうが、自己肯定感が低いものの、真っ当な少女に育っていた。
現在では騎士も側近も、ルナリスに感謝している。
「殿下のお気持ちは良くわかっております。ルナリス様もお一人で、部屋に留め置かれているのはさぞ不安でいらっしゃいますでしょう。
ですが、女性の部屋に先触れも出さぬままと言うのは感心致しません」
「う”……そ、そうだな」
普段は凍てついたセリオールの頬に朱が走る。
そんな様子さえも微笑ましい。
「まぁ、ルナリス様なら、突然の訪問も咎めたりはなさらないでしょうが」
「!…ぁ、あぁ、そうなんだよ。
ルナリスはいつだって微笑んでくれるんだ。
毎日熱心に勉学に励んでくれていて…それでも私を面倒がったりしないんだ」
ホクホクと話すセリオールに、『邪魔になってる自覚はあったんだ』と、何処かズレた感想を抱いて苦笑した。
「そんな彼女を虐げていた公爵達は本当に許し難い…そう思ってしまう。
王家に力があれば……」
歩みは徐々にゆっくりとなって、そして止まった。セリオールは一瞬、拳を握りしめて悔しさを滲ませる。
現王やトーマスから想像出来るだろうが、現在の王家は傀儡…お飾りと言っても間違いではなく、貴族との力関係は歪になっていた。




