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実母の筈なのに、その声には情の一つも感じられない。
両親と言われてもピンとこないのに、何故か胸が痛んで、目頭が熱くなった。
夫人のドレスの裾が硬質な靴音と共に、ルナリスの視界から消える。
その後は連れてこられた時と同じく、まるで荷物のようにぞんざいに引っ張られた。
着古し、ところどころ擦り切れたワンピースを無理やり剥がれ、浴室に押し込められる。
其処にルナリスを気遣ってくれていた使用人達の顔はなく、見慣れぬ…どちらかと言えばルナリスを見下し、甚振っていた新参の使用人達が、不服そうに並んでいて、酷く恐ろしかった事を覚えている。
ごわついて艶のない銀髪を、まるで毟るように梳き洗われる。どんなに『痛い』『やめて』と懇願しても無駄だった。
芋でも洗うかのような気遣いのない…無遠慮な手に、餓鬼のように痩せたルナリスの全身は乱暴に扱われ、飾り気のない象牙色のドレスを着せられる頃には、フラフラになっていた。
もう意識を手放し、全てを放り出したいと思ってしまうが、疑問を残したまま気絶する訳にはいかない。
本当に罪人のように両脇から腕を取られ、机と椅子だけが置かれた部屋に連れて行かれた。訳がわからず怯えて部屋の隅に蹲っていると、まるで文官のような男性が紙を持って現れた。
無表情で、生気のない蝋人形のような男性によって強引に椅子に座らされ、前に紙を置かれる。
それには文字が書かれてあった。
読むと、どうやら質問形式になっている…これは試験だろうか…と一瞬表情を窺うが、無言の圧に耐えかねて、渡されたペンを手に黙々と問題を解き始めた。
全てを書き終えると、再び罪人よろしく引っ立てられ、今度は初めて見る豪華な部屋に連行される。
そこには不機嫌を隠しもしない公爵夫妻がいた。
男性が夫妻に近付き、何やら話し込んでいる。
ギロリと夫人の目が、ルナリスを射竦めた。
「十分使えそうね」
「あぁ、使用人として連れて行かせればいいだろう」
夫妻の会話はまるで暗号のようで、ルナリスには何の事かさっぱりわからない。だがそんな事より気になる事があった。
これまでルナリスを気に掛けてくれた使用人達の顔を、全く見掛けなかった事が気になったのだ。
それを勇気を振り絞って問うと、夫妻は悍ましくも嫌らしい笑みを浮かべた。
「あぁ、アレ等は大人しくして貰っているわ。
お前の態度如何では、命も危ういかもしれないわね」
夫人の言葉にルナリスの血の気が失せ、真っ青になる。
「お前に拒否権はない。
アレ等の命を助けたくば、ソアラの役に立て。
お前の存在意義はそれしかない」
理由はわからない…だが、わかった事はある。
自分がソアラとか言う人物の役に立てば、使用人達は助かるのだと…。
本当は、いつか両親に問う機会があれば、聞きたい事があった。
どうして自分は、死ねと言わんばかりの扱いを受けなければなかったのか…と…。
だが、そんな事は一瞬で吹き飛んだ。
『何でもします』『お願いですから、彼等をお助け下さい』と、床に額を擦りつけた。
ルナリスにとって、彼等の命、身の安全は、自分自身よりも大事な事。
使用人達の情けがなければ、自分は疾うの昔に死んでいた筈の存在なのだ。
自分がどう役に立つのかわからないが、優しい使用人達が不幸にならずに済むのなら、そうするまでだ。
ルナリスにはそれだけで十分だった。




