9.遭遇、また遭遇
忌々しい光景が繰り返される。
地球で、何度も繰り返された光景であった。
世界を侵食する黒い異物の顕現――
大海の空に穿たれた穴より、黒い異形が侵食する。
翼が生えた赤ん坊の人形のような化物――アンゲルスが、侵食するかのように世界へと浮かびあがってきた。
だが、今回に限ってはアンゲルスにとって不幸な出現であったと言えるだろう。
目の前にいたのが、怒りと使命を宿した白金の巨人であったのだから。
「ヴェスキュリアス!」
ムァンの声と共にヴェスキュリアスが飛翔する。
スラスターから銀色の光を発してる急加速、穴から這いずり出てくるアンゲルスに向かって直進する。
背面ユニット、二層――中央の羽が発光すると銀色の粒子が機体を纏い、バリアフィールドが展開をする。
「対アンゲルスフィールド展開! 先に穴を潰す!!」
ヴェスキュリアスは光の矢となって空に穿たれた穴へと突撃する。
その突撃が穴へと突き刺さった瞬間、空に広がっていた黒い穴――アンゲルスの転送フィールドに銀色の亀裂がはしる。
――ヴェスキュリアスの展開するバリアフィールドは、通常兵器とアンゲルスの発する光線を防ぐ力場を発生させる。その出力を調整することによって、アンゲルスそのものに攻撃を加えること。敵が出現する空間そのものを破壊することが可能である。
ヴェスキュリアスの突撃は、空に穿たれた穴を一瞬にして破壊する。だが、破壊された欠片は消え去る前にアンゲルスを呼び出していく。
「数はっ!」
コンソールを確認する。センサーの範囲内には十のターゲットが存在していた。
「なら、すぐに終わらせる!」
背部ユニットの最上部に光が宿る。翼の先から白銀のビームが出現すると、アンゲルスに向かって飛んでいく。
ターゲットにされたアンゲルスは回避する暇もなく、光線が突き刺さる。一瞬にしてその体を蒸発させる――
「ふたつっ!」
消失したターゲットの数を叫ぶ。
だが、その合間にも敵は動いていた。
味方を縦にするかのようにアンゲルスがヴェスキュリアスに突っ込んで来る。
「っつ、フィンガークラッシュを――」
そう口にした時だった。ムァンの視界が揺れた。
(っ……体が……頭が重い……)
思考から行動への移行が遅れていた。
肉体が、思考が、遅れ始めていた。
ムァンとヴェスキュリアスは脳波によってリンクをして動いている――当然、ムァンの精神状態に異常があれば、その反応は遅れる。
たとえその反応が一瞬であっても、致命的な遅れになる。
事実、アンゲルスの突撃はヴェスキュリアスに直撃をした。
「くっうっ」
コクピットが揺れる。ムァンはとっさに手刀を振るい、アンゲルスの首を叩き落とす。
そのままスラスターの向きを変え、距離を取るように飛翔をする。
「……まずい、『疲れ』だ」
自分自身のパフォーマンスが落ちていた。
昨夜の戦闘からロクに休憩をとらずに行動をし続けた。人間の肉体にとって、致命的なまでに疲れが溜まっていた。
事実、操縦桿を握る手は汗で濡れていた。
「本当に……脆弱ですね、この体は!」
それでも、気力を振り絞って操縦桿を握り直す。
ヴェスキュリアスはそれに応えて飛翔する。
「ここでアイツらを逃がしたら、また街が燃やされる!」
それは分かりきった推測であった。地球そのものを焼かれ、昨夜も街を潰されてきたからの確信であった。
「疲れがなんだ、今やらないと、いけないんですっ!!」
ヴェスキュリアスからビームが放たれる。アンゲルスに直撃をしてその数を半減させる。
逃げようと――いや、大陸へ向かおうと針路を変える敵に加速して追いつき――そして、手刀で首を切り裂く。
だが、その合間にも敵は離脱しようとしていた。
「くっ」
疲労した肉体に鞭をうち、ペダルを踏みしめる。
その力すら、弱くなっていく――
(まずい……)
肉体が耐えきれない――
――そう感じた時であった。
海面から、光が昇ってくる。
その光は細く――鋭く――薄緑色のビームであった。
その数は一つではない。何十ものビームが下から伸びてくる。
それらはヴェスキュリアスではなく、アンゲルスを狙っていた。
ビームの嵐は何度も何度もアンゲルスを貫き――そして、霧散される。
「……はあ……はあっ……」
ようやく安全が確保されると、ムァンは荒い息を吐いてぐったりとシートに身を預ける。
(何が、起こっているのですか……)
ゆっくりと顔を起こす。最初に見たのはコンソール。
戦闘の合間に、大分移動をしていた。
コンソールには、海とは別の情報が表示されていた。
(小さな島……)
海ばかりであった表示に、陸地の情報が混ざる。
海にぽっかりと浮かぶ孤島。周辺には、その島しかない。
(まさか、先程の攻撃はこの島から?)
それを確認した時、ちょうどモニターに異物がうつった。
「これは……」
島から何かが飛び立った。
巨大な何か――人型の機動兵器であった。
それは、白い装甲の、二枚の翼を持った人間。
その姿に、ムァンは覚えがある。
(機体のシルエットは似ている……まるで、ヴェスキュリアス)
ムァンは直感的に、それが『ヴェスキュリアス』と似ていると感じとった。




