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8.遭遇

 ヴェスキュリアスのコクピットは、ムァンを待っていた。


 胸部まで持ち上げられた手のひらから下り、誰も座っていないシートに背中を預ける。待っていたかのように、開放されていた装甲が閉じた。

 外部との遮断が完了すると、シートを包み込むように球形のコクピットは無機質な壁から変化する。全周囲に外の状況が投影された。


(残っているのは瓦礫の山ですか……)


 改めて周囲を確認しても何もない。既に機体とリンクしているムァンには周囲の音声も伝わっているが、生物の痕跡は残っていない。


(……分かってる、ここに居ても仕方ない……)


 そう結論付けたが、そこから先の言葉が続かない。


(でも、何処に行けばいいの?)


 ムァンは、この先どうするのかを決められなかった。

 どこに行くと言うのか。まだこの世界で生まれて10年の少女には、行くあてもない。

 彼女の小さな世界は、既に滅びているのだから。


(これからどうするべきか……)


 一歩先の未来も見えない不安を認識した時、ムァンの身体に一気に疲れが襲ってきた。

 だが、ここで休息をしても状況は変わらない。

 両頬を力いっぱい張る。ぱちんと音がして、少しだけ気持ちが前向きになれた。


(考えましょう……状況を整理しましょう)


 そして、何が起こって、どうしてこうなったのかを考える。


(突如襲ってきた推定アンゲルス……それを撃退したのは、ヴェスキュリアス……それで間違いない)


 炎の中で見上げた時に感じた直感は、直接動かしたことによって間違っていないと確信が持てた。

 機体とリンクした時の一体感。手足のように動かせる巨大な力。その全てが、ヴェスキュリアスであると裏付けていた。

 だが、何故ヴェスキュリアスは、ここに存在するのか。


(ヴェスキュリアスは地球を旅立つ日に自爆をした――それがなぜ、ここに?)


 記憶の海から呼び起こされた前世の情報はでは、ヴェスキュリアスは地球圏を放棄した日にパイロットを残して爆散した。エテニアはもとより、その機体を回収している余裕もないし、破片すら残っていない筈だ。


 けれど、確かにここに存在している。


 ――何故存在するのか?――


 ――そして、どこから来たと言うのか?――


「ヴェスキュリアス、あなたはどこから来たのですか」


 その疑問を口にした時、ヴェスキュリアスが動き出した。

 背面のユニットの下層部が光を帯びる。反重力スラスターが起動すると機体が浮かび上がり、そのまま空へと飛翔した。


「案内をする、と言うことですね」


 北は無言のまま飛び続ける。太陽を背に、空を進んでいく。


(……いえ、ならば、このまま……)


 ムァンはそのままシートに深く背中を預けると、身を休める。

 先は分からない。けれど、自分の半身であったこの機体に、今は行く先を委ねることにした。


◆◆◆


 機体は森を越え、野を越え、真っすぐに進んでいく。

 ムァンが育った街から通じる街道から外れ、人も済まない原野を越えていく。


 やがて、海に出た。広がる海原を、ただ真っすぐに飛んでいた。

 陸が見えなくなっても、真っすぐに飛び続ける――


(いったいどこまで……)


 ムァンはコンソールを操作して周囲の情報を確認する。

 コンソールには簡易的な地図が表示される。中心部に時期を示すアイコンが表示され、一面に海の情報が広がっている。


(方角は西――西の海……私は生まれてから街の中で育ってきたから海は見たことはなかった。

 地球に居た時も、見るのはいつも戦いで荒れた海……こんな穏やかな海が在るのは、情報でしか知らなかった)


 モニター越しに見る海には穏やかな波があるだけ。音と風はコクピットに遮断されているものの、不思議と心地よさを覚える。

 気がつけば、ささくれ立っていた感情も落ち着いてきた。

 そうしていると、状況に対して頭の中身が整理され、情報が浮かび上がる――思い出してくる。


「――西の海、そう言えば、いつか聞いたことがある」


 ふと、街で聞いた話が頭に浮かんだ。」

 ――街から西の海は、ある領域から商船も通れないように規制されている。

 ――時おり、空に穴が開き、船を沈める化物が来るのだから、と。


 父であったか、母であったか、はたまた別の大人であったのか。

 聞いた時は、よくある海難事故の多発地帯にまつわる警告であると思った。

 だが、今のムァンには一つの懸念があった。


「空に穴が開く――」


 脳裏に浮かぶのは、昨夜の空。

 黒い穴から出現したアンゲルス達のこと。


(……考え過ぎかもしれない。黒い雷雲を空に穿たれた穴と見間違えただけの可能性は高い……)


 不吉な考えを振り払うように、必死に首を横に振る。


(なにより、そんなに頻繁にアンゲルスが出現しているのなら、この世界は地球と同じようにとっくに滅ぼされている筈です)


 アンゲルスの一団は、一瞬にして街を一つ灰燼に変えた。

 魔法使いが迎撃をしていたが、それは微々たるもので、止めることも出来ない。

 仮に、警告になるほどの回数、アンゲルスが出現をしたいたのなら、地球と同じように蹂躙されているのは火を見るよりも明らかであった。


 ――だが、そんな考えを嘲笑うかのように、異変が起こった。


 コクピット内にアラートが鳴り響く。

 ムァンは思考から現実に戻る。その時に瞳に入って来たのは、前方の空に『穴』が開いていること。


「まさかっ」


 その弱音を否定するかのように、コンソースには以下の表示が出ていた。


 ――アンゲルス、出現――


「っ!! なんで嫌な予想ばかりが当たるんですか!」


 ムァンは操縦桿を握り直す。

 ヴェスキュリアスとのリンクが強化されるとともに、コンソールの表示が臨戦態勢に切り替わる。


「……ヴェスキュリアス……戦え、と言っているのですね。そのためにここに飛んできた……」


 返事はない。だが、その返事を待たず、ムァンは操縦桿を強く握りしめた。


「いえ、愚問でしたね。そうだとしても、私のやることは変わらないっ!」


 ヴェスキュリアスのカメラアイに光が宿る。

 惰性で続けていた飛行を止めると、背面の三層六枚のユニットが展開する。

 最下部である三層目の羽――スラスターが銀色に光ると、加速を開始した。



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