7.旅立ちの日、見送りは営みの残煙
夜が明けた。
瓦礫となった街に朝陽が降り注ぐ。日差しは惨劇を浮かび上がらせる。
慎ましくも美しかった街並みは完全に崩れていた。被害を受けていない建物は存在しない。よくて質量で押しつぶされ、殆どは炎で完全に燃え尽きていた。
その惨状においては人の生存は絶望的であった。事実、遺体は酷く損壊しており、おおよそ人の形すら残していなかった。
全てが破壊された廃墟。残っている生命はムァンだけ。その彼女は、町外れにいた。
◆◆◆
ざくり、ざくりと音がする。
土を掘る音がする。音は小さく、その合間に少女の荒い息が混ざる。
「はっ……はっ……」
スコップを握りしめながら土を掘る。細い腕を必死に動かして、泥だらけになりながら土を掘る。
その傍らには焼け焦げた遺体たち。
それは、ムァンの両親のものであった。
穴を掘っている場所は、ムァンが両親たちと過ごしていた家の跡。それも、完全に焼け焦げている。
何故、彼女が土を掘っているのか――それは、墓を作るため。
傍らに両親の遺体があるのは何故か――それは、土の埋めて弔うため。
最初は街の皆も弔いたかった。けれど、小さな少女の身体ではそれは叶わなかった。
ヴェスキュリアスを使うことも考えたが、その巨体では精密な作業は出来ない。遺体を一つ一つ運ぼうとしても、押しつぶしてしまう。
結局、自分の肉体で出来る限界――両親だけは弔うことにした。
「本当に……なんでっ……こんな脆弱な肉体にっ!!」
愚痴を吐き出しながらも、手を動かす。その度に、脆弱さに嫌気がさしてくる。
「……っ!! 情けないっ!!」
昨夜から何度も繰り返した、自分の肉体に対する怒り。ぶつける相手もいない怒りを吐き出しながら、少女は肉体を動かす。
たとえ非力でも無力ではない。穴は少しずつ深くなっていった。
◆◆◆
そうして、作業が終わったのは陽も高くのぼった頃であった。
ムァンは掘り終わった穴の前で一息つくと、ショベルを地面に突き刺す。
被害を免れた沢から汲んできた水を飲むと、ムァンの体から一気に汗が噴き出した。
それでも、休憩はそこそこに作業を再開する。
近くに寝かせてあった両親の肉体を持ち上げた。
既に熱も残っていない肉体は重く、引き摺るように歩いて、穴に埋葬する。土をかけ、簡易的な墓標を立てた。
それが終わると、最後に、目を閉じて別れの言葉を口にする。
「ありがとうございました。私が生まれてから十年、穏やかに過ごせたのは二人と街の皆さまのおかげです……」
感謝の言葉を口にした。それで終わりにする筈であった。
死者を弔うのは自分の感情を整理するため。そう判断しただけのこと。
それなのに、溢れてくる感情は足を地面に縛り付けていた。
閉じた瞼は未だに開かず、合わせた手は開けない。
いくつもの言葉が頭に浮かんだ。それを口に出そうとして、息が詰まった。
それが、自分が泣きそうであったことに気がついた時に、目を見開くことが出来た。
瞳からは感情が零れ落ちていた。それでも、手で拭って足を動かそうとする――
――その時、風が吹いた。
廃墟で瓦礫が崩れる音がした。
ムァンが振り返ると、思わぬものが目に入った。
それは、赤い皮の装丁の本、
「……これは」
ゆっくりと廃墟へと近づく。崩れた瓦礫――かつては書庫であった部屋。そこにある、赤い皮の装丁の本。
まさか、と思い近づくと、その予感は正しかった。
「……ここまで来ると、運命と言うものを信じてみたくなりますね」
黄金の文字で記された『白銀の守護神』と言う題。
前世の記憶を呼び覚ました本は、ムァンを待っていたかのようであった。
あの時と同じように、手が自然と吸い込まれた。
本を拾い上げて、胸に抱く。
少女の身体を巨大な影が覆った。
それが何者であるか、彼女には分かっていた。
ゆっくりと目を開き、そして、見上げる。
見上げた先にあったのは、白銀のマスク。
ヴェスキュリアスのカメラアイが、少女を見下ろしていた。
ヴェスキュリアスは待っていたかのように、腕を降ろす。胸部のコクピットは既に開放されている。まるで、主を待つかのようであった。
「……わかったわ。ここまで来たのなら、その運命をいう物を信じてみましょう」
何故自分がこの場所にいるのか。
地球と共に運命を共にした筈のAIが、何故人間として生まれ変わったのか。
その全ては分からない。分かっているのは、ムァンはまだ生きていること。そして、ヴェスキュリアスが存在すること。
「たとえ分からなくても、私はまだ生きている。歩く力はあるのだから」
少女は瞳に決意を宿すと、開かれた腕へと乗った。
ヴェスキュリアスは応えるように腕を上げると、パイロットをコクピットへといざなった。




