6.再生
確信があった。
忘れるわけがなかった。
かつて地球と言う星で戦い続けた、己の肉体を忘れることなどない。
そして、見間違えることなどなかった。
空から舞い降りた白銀の巨人――ヴェスキュリアス。
かつて自分の肉体であり、戦い続けた鋼の巨人がムァンを見下ろしていた。
白金の巨人――ヴェスキュリアスがその姿を見せた時、ムァンは時が止まったかのように錯覚をした。
炎が揺らめている。火が爆ぜる音が響いている。
その筈なのに、彼女の視界にはただ悠然と佇む巨人だけしか入ってこなかった。
世界が破壊されていく音も、肌を焼く熱も、全てが遠く感じられた。
「……」
少女は無言で巨人の頭部を見上げる。
磨き上げられた白金のボディは光沢を帯び、赤い炎を反射していた。
それが、怒りに燃えているように見えた。
「あなたも、怒ってくれるのですか?」
問いかけに声による返事はない。
僅かに、頭部の角度が落ち、ツインアイに怒りに震える少女の姿が映っただけ。
それが肯定であると、彼女は受け取った。
「……お願い、力を貸して!」
ヴェスキュリアスは跪くと、その右手を開き、ムァンの前に降ろす。
乗ってくれ――そう感じ取った彼女は、迷うことなく掌に飛び乗った。
だが、敵も待ってはいない。
周囲のアンゲルスが異常に気がついた。
突如出現したヴェスキュリアスに対して光線を発射する。
「……」
ムァンは静かにそれを見つめている。慌てる必要はないと分かっているから。
せまる光線は少女の肉体を一瞬にして蒸発させるだろう――だが、それはヴェスキュリアスが無かった場合のこと。
白銀の光が光線を弾き返した。
粒子が円形に広がり、ムァンとヴェスキュリアスを守っている。
アンゲルスの攻撃は、背面のユニットから展開されるバリヤーによって防がれたのだ。
(当然です……ヴェスキュリアスの力は、この程度で揺るがない)
ムァンを乗せた手が胸元で止まると、胸部が開かれる。
導かれるままにコクピットに乗り込み、シートに座る。同時に、機体とのリンクが開始される。
まるで最初からそうであったかのように、機械と人の肉体がシンクロしていく。
(ああ……これは私の……私が持っていた身体!)
失われた肉体が戻っていく。あるべき場所に帰ってきた。
それを自覚した時、機体が応える。
「戦闘モード……起動!」
白銀の巨神が立ち上がる。ムァンの意志をそのまま反映するかのように、アンゲルスたちの前に立ちはだかった。
「これより……殲滅を……この街を焼き払った代償を払わせる!」
ムァンの脳裏に記憶が蘇る。それは、前世のものではない。
10年の時をこの大地で過ごした記憶。優しい両親と穏やかな隣人に囲まれ、幸せに生きてきた記憶。
だから、叫んでいた。感情のままに吠えていた。
「うあああああああっ!!」
絶叫とともにブースターが起動する。一瞬にして加速した機体はアンゲルスの前に飛び出すと、勢いのまま拳が振り抜かれた。
勝負は一撃であった。黒い異形は白銀の拳に打ち抜かれ、四散する。
「まず、ひとつっ!!」
怒りの咆哮が響き渡る。その咆哮はコクピットだけに響いたはずなのに、モニターの先のアンゲルスは一歩後ずさる。
ヴェスキュリアスは右手を振る。腕に纏わりついた残滓を吹き飛ばす。
ゆらり、ゆらりと一歩ずつ歩く。炎の中、白金の巨人が歩を進める。
アンゲルスたちの動きが変わる。立ち止まり、逃げようと浮かび上がる。
だが、それをヴェスキュリアスは許さない。
「ビーム! 展開!」
背面ユニットが展開すると白金の光が宿る。そのチャージには一秒も満たない。瞬く間にビームを打ち込んでいく。
アンゲルスは逃げる間もなく蒸発する。
何機かが空へと飛翔する。運よくビームから逃れた個体であった。
ヴェスキュリアスと交戦しても勝ち目はない。そう判断したのだ。
だが、遅い。
六枚の翼を展開した白銀の巨神が、行く手を遮るように飛翔する。
一瞬にして接近した白銀の光は、手刀でもってアンゲルスの首を両断していく。
黒い敵が減っていく。
アンゲルスが減っていく。
ビームの雨が蒸発させ、手刀によって切り裂いていく。
――そうして、全ての敵が破壊されるまで、そう時間はかからなかった。
殲滅が完了すると、ヴェスキュリアスは力を失ったように『街であった』場所に降り立つ。
「……殲滅、完了」
コクピットの呟きと共に、戦闘モードが解除される。
炎の中、白銀の巨人が立つ。
全周囲に展開しているモニターから入って来る映像は、炎を吸い込む夜空と、燃えている大地――そして、かつて命であった存在だけ。
「……殲滅だけをして、何になるって言うんですか!」
嗚咽と共に吐き出した言葉に応えたのは、周囲から入って来る音。
ぱちぱち、ぱちぱちと炎が燃える音――生きる者はなく、ただ現象があるだけ。
すべては破壊されていた。
質量で、炎で、全てが壊されていた。
ただ、死で埋め尽くされていた。
ヴェスキュリアスは炎の中、茫然と立つ。。炎が巨人の顔を照らす。赤い、ゆらゆらとした影が顔にかかる。
――戦いは終わった。戦闘に勝利した――
(……それに、何の意味があるんですか! この怒りと喪失は全く消えない! あんな奴らを倒したところで、腹癒せにもならないっ!!)
思わずシートを叩いていた。
少女の拳は小さく、僅かな音をたてただけだった。
損傷は何もない。叩いた手が痛いくらいである。
震える顔で持ち上げる。
ただ、心に浮かんだ言葉を口にする。
「……神様、もし本当に居るのでしたら、これからお伺いします」
コクピットで、少女は茫然と呟いていた。
「何故AIから役割を奪い、この肉体に閉じ込めたのか……問い詰めに参ります」
それが八つ当たりだと分かっていても、口にせずにはいられなかった。




