3. 代償は機械の体、報酬はヒトの肉体
記憶の旅は、自爆と共に終わった。
エテニアであった意識は、少女へと戻る。
それでも、その様子は正気とは呼べるものではなかった。
少女、何度も本を読みなおしていた。
記憶と現世の合間を往復しながらも、少女の手は止まらなかった。止められなかった。手が、勝手に頁をめくり続けていた。
乾いた紙の匂いが漂う書架の合間、少女は一心不乱に本を読み進めていた。
頁を捲るたびに蘇ってくる記憶は身を震わせる。心の底から浮かび上がってくる感情を抑えながら、情報を整理していく。
――かつて、地球と呼ばれる惑星があった。
――そして、その星は侵略者の手によって蹂躙された。
対抗できたのはたった一機の機動兵器と、そのパイロットだけ。
風変わりな研究者によって造られた巨大な人型機動兵器。無用な長物で終わる筈であった機体とAIの運命は、宇宙からの侵略者の手によって救世主へと存在の意味が変わった。為すすべもなく蹂躙されていく世界で唯一の対抗手段はヴェスキュリアスだけが戦力になった。
機体を動かすのは、ただの少女。偶然脳波が一致し、機体とシンクロ出来ることが出来た『トキハ=アマタ』だけ。
少し前まで日本で生まれ、ごく普通に生きてきた少女と共に戦い続けた絶望の日々。大地が奪われ、生活圏を奪われ、僅かな人類だけを連れて宇宙へと逃れ――最後は地球を捨てて逃げ出す。
その絶望の記憶は、ヴェスキュリアスの破壊で終わる。
最後のミッション。排除されたコクピットブロックが回収され、脱出艇が遥か彼方へと逃げた後――機体と共にエテニアもまた、完全に破壊されたこと。
頁を最後までめくり終わった時に浮かんだ光景は、エテニアとしての終わりであった。
「……確認しないと」
脳内に溢れ出た情報は少女を突き動かした。
本を抱えたまま走り出す。板張りの床が軋みを上げた。
部屋を飛び出し、廊下を走り、辿り着いた洗面所。毎朝やっているように、鏡を覗き込む。
見えたのは銀色の緩やかな髪。銀色の瞳の幼い少女がそこに居た。
「私は……私の名は――」
確認するように、自分の名前を口にする。鏡の中の自分の唇は、『ムァン』と音を発する形になっていた。
少女の名はムァン。銀色の髪と銀色の瞳をした5歳の少女。年頃の少女よりも小柄であるが、整った容姿と白い肌はまるで人形のようだ、とは、両親の評である。
山を越える宿場町として発展した古い町に生まれた彼女は、教師である母と雑貨屋を営む父に大切に育てられていた。
幼い頃から本が好きで、母の蔵書を隠れて読むのが趣味の、ごくごく普通の少女――
などと、自分自身に言い聞かせる度に、ムァンの中で違和感が広がっていく。
本に影響された空想と言い切るには、彼女の脳内に蘇った記憶は鮮烈で――激しい戦いの中の喪失を幻と言い切ることを自分自身が許さなかった。
砕ける大地、燃える街並み、消えていく生命――エテニアが体験した全ての喪失は生々しく、そして喪失によって生まれた怒りは激しくムァンの中に残っている。
鏡の中の少女の顔が険しくなる。叫びそうになる衝動を、歯をくいしばって耐える。
そんな少女を――娘を、母は放っておかなかった。
「どうしたの、ムァン」
心配そうな声が聞こえてくる。ムァンが振り返ると、そこにはムァンとそっくりの銀髪の女性が立っていた。
ムァンの母は、突如洗面所に駆け込み、思いつめた顔をした少女を心配しているだけであった。
その顔を前に、ムァンがとるべき行動は一つだけ。
「……いえ、なんでもありません」
胸の内に未だに残る感情を抑える。
(地球最終防衛兵器ヴェスキュリアス搭載のパイロット支援AI……エテニア)
その言葉を胸の内に抑えて、口にしたのは自分の名前。
「私は、ムァンですよね」
そして、確認の言葉。
母は銀色の瞳を丸くして、首を傾げた。
「そうよ、どうして?」
「いえ、現状の確認をしたまでです。健康状態、精神状態共にまったく問題はありません」
すると、母は娘を安心させるように笑う。
「もう、また物語の真似事? あんまり変な影響を受けるようにね」
包み込むような笑顔と言葉を聞いて、ようやくムァンの中に残った喪失と怒りは薄れていく。
「はい……」
同時に、頭が冷えたからこそ自分自身のあり得ない状況について頭が回り始める。
(ここで私は『元』はAIなどと言っても狂人と思われるだけでしょう……)
ムァンは、確かに機動兵器のパイロット支援AIであった。
けれど、今はただの一人の少女。地球とは異なる世界のただの少女になっている。
(まるで、異世界転生……)
異世界転生――そのような物語ついて、かつて地球でエテニアも触れたことがある。
今、自分自身がその状況に置かれていることを考えると、疑問はいくらでもわいてくる。
(まず、なんで私なのでしょうか。ヒトがヒト、もしくはヒトが知性体に転生をするのなら納得は出来ますが、AIのような人の思考を模した機械が人間になると言うことはありえるのでしょうか……)
未だに疑問はつきない。けれど、考えているだけでもいられない。
戸惑うムァンを心配する母親。そして、父親も顔を出す。
「おまえさん、どうしたんだい?」
「さあ? 悪い所がなければいいんだけど」
二人の心配する顔を見て、少女は作り笑いを浮かべる。
(この二人に無用な心配をかけるのはよくありません)
そして、確かめるように口にする。
「ミラお母さん……」
母は優しく微笑む。
「アストお父さん……」
父は少し惚けた顔をした。
「どうしたんだい、急に名前を呼んで」
「ううん、呼びたかったけ」
「まったく、ムァンは不思議な子だね」
両親は何も言わない。ただ、愛のある瞳で娘を見守っている。
――自分は、この二人の娘なんだ――
それだけは確かであり、絶対に変わらないもの。
だから、それ以上は自分の内にとどめておく。
疑問を抱えたまま、前世の記憶を受け継いだまま、少女は少女としての日々を生きていくことを決めた。




