2.地球脱出艇防衛最終作戦
2.地球脱出艇防衛最終作戦 - 2
西暦にして2312年、人類は滅亡の危機に瀕していた。
それが人類の内から滅ぼす愚かさではなく、外界からもたらされた脅威であったのは、人類にとって幸運ではないが幸福ではあったかもしれない。
――侵略者アンゲルス――
その生命体は、突如地球に襲来した。
黒い鳥の翼を持つ謎の生命体。前身は真っ黒で、胴体に不釣り合いな巨大な頭と細い四肢は、まるで赤ん坊のようであった。
アンゲルスの戦闘能力は強大であった。膂力は戦車をたやすく押しつぶし、翼を用いた機動力は戦闘機に勝り、口から放たれる光線の熱力は一撃で都市を壊滅させる。
なにより、数が異常であった。どこからともなく出現すると、瞬く間に地表を埋め尽くす。
地球に築かれた数千年の文明は、数カ月のうちに灰燼と化し、人類は地表から姿を消した。
僅かに残された人類は衛星軌道上に残された『ベース』へと逃れるだけとなる。だが、それが一時しのぎであることは誰もが承知していた。
もはや地球の奪還は叶わないと判断した人類は、建造中の外宇宙探索艇を改造し、太陽系外へと逃れることを決めた。
しかし、その準備の合間もアンゲルスは襲来する。
それを迎撃出来たのは、極東地域において極秘裏に開発されていた巨大人型機動兵器『ヴェスキュリアス』――そして、そのパイロットである『トキハ=アマタ』だけであった。
◆◆◆
ヴェスキュリアスから放たれたビームは幾千の光線に拡散する。空間を埋め尽くすかのように細長い光の網は広がり、地球から吹き上がるアンゲルスの集団に突き刺さる。
熱力がアンゲルスの羽を溶かし、首を切り裂き、破壊する。
その一撃で千の敵は倒せたであろう。だが、地球から昇ってくる敵は未だに増え続けている。
『敵機増殖中! 狙いはおそらく!』
「わかってるよ!」
ヴェスキュリアスの背面のスラスターから光が噴きあがる。機体はアンゲルスの集団に向かって飛翔する。
誰が見ても自殺行為とも言える行動。アンゲルスの一団はは待っていたかのように口を開けると、黒い粒子を放つ。
「エテニア、バリアーを!」
『了解しました! 障壁展開します!』
展開した背面ユニット、最下部の一対が発光すると、白銀のフィールドが機体を覆いつくす。
アンゲルスの放った黒い粒子は直撃をするが、そのフィールドに触れた瞬間に蒸発するかのように消え去る。
「このまま突撃!」
スラスターが光を増す。巨人はさらに加速をすると、光の矢となってアンゲルスの集団に突き刺さる。
黒い波に、ヴェスキュリアスが白い軌跡を刻む。一枚の布のようにつながっていた敵の集団に綻びが生まれる。
「今よ、フィールドバースト!」
『了解しました』
ヴェスキュリアスの周囲に展開していたバリアーの出力が上がる。
光は一瞬にして爆発し、エネルギーの波となって宙域に広がっていく。
その光は質量を押し流していく。
ヴェスキュリアスを囲んでいたアンゲルスの一団が消し飛ばされていく――光が収まった時、宙域に漂っていたのはヴェスキュリアスだけであった。
『第一波、迎撃完了です』
「脱出艇は?」
『残り20分です』
そう告げた時、再び地球からアンゲルスの波が吹き上がってくる。
――普段であれば第一波を防がれたた時に一時的に敵の波はひく。けれど、この時に限っては違っていた。
「まるで、地球圏脱出艇が今日出るって分かってるみたいに……」
人類の意図を読んだかのように敵は猛攻を仕掛けてきていた。
アンゲルスと接触時から、人類と意志の疎通は行えていない。だが、敵は必ず狙われたら致命的となる箇所を攻撃してくる。
今、最後の希望を追い詰めているのも同じである。
『トキハ、その真偽を確認している暇はありません。5分後に接触が予想されます』
「わかってる! わかってるから……」
コクピットから吐き出される声には、逃げたい、と言う感情が滲み出ていた。
操縦支援AIには、それを是と出来ないと理解していた。
『戦闘を続行します』
「わかってるから!」
吹き上がる黒い敵意に対して、白銀の巨人が再び突撃する。
地球から浮上する黒を、白銀の光が覆いつくす。
その感覚は徐々に短くなる。
そして――襲撃と殲滅が十を超えた時であった。
――こちら地球脱出艇――
――これより、宇宙ステーションの全エネルギーを使用して地球圏を脱出する――
――ヴェスキュリアスは直ちに帰還せよ――
――繰り返す、ヴェスキュリアスはただちに――
ヴェスキュリアスのコクピットに、脱出艇からの通信が届いた。
戦いの終わりを告げる言葉に、コクピットに安堵の声が漏れる。
「……間に合ったんだ」
だが、それは一瞬で消えさる。
『地球からアンゲルスが接近! ただちに迎撃を!』
今までにない速度で黒が迫って来る。それを放置すれば、脱出艇は一瞬で飲み込まれてしまう。
ヴェスキュリアスを回収し、そのまま地球圏を脱出する――その猶予はなかった。
「……」
トキハは無言で操縦桿を握った。
「死にたく……ない」
弱音を吐きながらも、ヴェスキュリアスに前に進めようとする。
機械はそれに従う。それが正しいと分かっているから。
脱出艇は何も言わなかった。
それが唯一の方法であると、誰もが分かっていたから。
「……死にたくなかった……戦いたくなかった、こんな怖いことなんてしたくなった……でもっ!」
それでも、敵は迫って来る。
ヴェスキュリアスの強固な装甲もボロボロになり、エネルギーの残量も少ない。
今、戦うと言うことは、死を選ぶと言う事。
自らの命を犠牲にして、人々を生かすと言う事――
『トキハ、質問があります』
「なによ」
『あなたはいつも、死にたくないと言っています。それなのに、何故戦っているのでしょうか』
無機質な質問に、激昂した声が返された。
「死にたくないから!」
『それならば、今も逃げると言う選択肢があった筈です』
敵は迫っている。ヴェスキュリアスの推力であれば、脱出艇に接触は出来るかもしれない――けれど。
「アタシ一人だけ生き残っても意味ないじゃない。アタシを格納するために脱出艇は出発を待つのなら、間違いなくアンゲルスに押しつぶされる」
既に脱出艇のエンジンには火が入っている。
爆発的な加速を生み出すための準備は終わっているが、それでもアンゲルスを振り切るには十分な加速距離が必要になる。
その一瞬のうちにアンゲルスは人類を食らいつくす。トキハにはそれが分かっていた。
「アタシは死にたくない。でも、死んでほしくない。アタシ以外の誰にも死んで欲しくない! それなら戦わないとダメだから」
誰よりも臆病で、誰よりも勇敢な少女はそう告げる。
それを示すように、機体は敵へと向かって直進する。
だから――
『そうですか』
コクピットにアラートが響き渡る。
『パイロット支援システム『エテニア』より、『トキハ=アマタ』に通達。貴官はこの作戦において精神面に不適合であると判断しました。
こらより本機が行うのは殲滅装置OOC――は、犠牲を許容するもの。犠牲を認めないあなたは、相応しくない。
よって、ただちにコクピットブロックごと排除、ならびに帰還を』
「なっ……」
『あなたは誰よりも生きることを望んでいる。その意志は、地球と言う母星を離れて、永き旅路を選ぶあの船にこそ必要です――あとは、任せてください』
「任せてって……」
返答は、無機質なシステムメッセージだった。
『これより、殲滅装置OOC――オンリー・ワン・クラッシュは本機が単独にて起動します』
同時に、コクピットが強制的に排除される。
その行き先は間違うことなく脱出艇へと向かっていた。
『さようなら』
通信越しに越えてくる言葉に、トキハは激昂する。
コンソールを叩き、叫び、敵へと飛翔するヴェスキュリアスへ怒りをぶつける。
「まちなさい! 待ちなさいよ!!
アタシ言ったよね、自分も死にたくないけど、誰かにも死んでほしくないって!」
そして、その中には――
「アンタが死んじゃったら、意味ないじゃない!」
――当然、共に戦い抜いた相棒もいた。
『ご安心ください、私は、ただの、AIですから』
AIはそう告げると、アンゲルスの一団へと突入する。
残された武装が砕けていく。装甲が削れていく。
それでも、一分を、一秒を稼ぐ。
その中も、一部のカメラは脱出艇へと向けられていた。
脱出艇に、パイロットの脱出ポッドが回収されるまでを見届けた。
それを確認すると、殲滅装置OOC――オンリー・ワン・クラッシュ――
たった一度の爆発――つまり、自爆を敢行する。
衝撃によって吹き飛ばされるアンゲルスたち。
「では、よい旅を」
――そこで、『エテニア』は終わる筈であった。
――だが、その記憶と意志は、長き時と世界を超え――小さな少女へと引き継がれていた。




