1.前世の記憶は星の海
背表紙を見た瞬間に、少女の手は吸い寄せられていた。
小さな手には不釣り合いな重々しい装丁だった。表紙は赤い布、紙そのものも上質なもので、丁寧に、頑丈に閉じられている。
だが、少女を惹きつけたのは見た目ではない。表紙に金色の文字で記されている、本の名であった。
――白銀の守護神――
何故か、その言葉が少女の心に焼き付いた離れなかった。
その予感は、表紙を開いた時に確信に変わった。
――異界より出現した黒い魔物、迎え撃つは白銀の巨人と、それに選ばれた少女――
――二人は心を通わせ破滅へと立ち向かい、絆の力を以って災厄を乗り越える――
地球と呼ばれる世界に訪れた災厄。それに立ち向かうのは白銀の巨人と、心を通わせた巫女の少女の英雄譚。
二人の前には数多の困難が立ちはだかるものの、絆の力でそれを退け、人類は未来を手にする――と言う作り話。
そう、作り話であると、彼女には分かっていた。
「理想≪フィクション≫だ」
呟いていた。口から勝手に言葉が漏れ出ていた。
よく出来た不出来な物語。
かつて存在し、滅びた世界に降りかかった災厄の、結末だけを理想≪フィクション≫で塗りつぶしたモノ。
災厄に立ち向かう勇気を持った戦士が、知恵と勇気と絆とで未来を勝ち取る。そんな、誰もが望む理想の結末。
それが、後悔と願望に満ちたモノであると、少女には理解できた。
「……私は……」
自然と口にする。
その言葉を口にすれば、自分が塗りつぶされてしまうと理性が警告をしていた。
けれど、同時に――
――絶対に忘れてはならない。目を背けてはならない、と、本能が訴えていた。
「私はっ!」
そして、勝ったのは本能であった。
「人類存続最終防衛兵器ヴェスキュリアス、トキハ=アマタをサポートするパイロット支援AI――エテニア」
その言葉を口にした時、少女の脳に全ての記憶が喪失の罪悪感と共に蘇った。
そして、忘れていたもの――忘れてはならなかった存在を思い出す。
それは、一人の少女。
たった一人で、災厄と立ち向かった、臆病で勇敢な少女の姿であった――
その姿を脳裏に浮かべ、もう一度本を開く。
一頁一頁しっかりとめくり、蘇った記憶を定かとするために。
◆◆◆
記憶の遡行は、星の海から始まった。
青い星――地球を巡る軌道上、星の海と言うには殺風景な宇宙空間。
佇むの、白銀の巨大な人型機動兵器。
だが、もっとも重要な記憶は、そのコクピット――
――コクピットの中で『彼女』は震えていた。
『敵機確認しました。旧北米中央部より出現、数は3000万。現在も増加中』
――事実が報告される度、コンソールに情報を更新する度に『彼女』は吐き出しそうな悲鳴をあげる。
星から『敵』がやってくる。
『地球』から敵がやってくる。
青い海から、緑の大地から、黒いシミのように『敵』が浮かび上がってくる。
『敵』が向かう先は衛星軌道上に浮かぶ宇宙ステーション、人類に残された最後の砦。
――その二つに挟まれるように、『少女』――エテニアと『彼女』――パイロットは静止していた。
『パイロット、『トキハ=アマタ』へ、操縦支援AI『エテニア』より通達。
おおよそ10分後に敵勢力との接触が予想されます、交戦の準備を』
操縦支援AI――エテニアは色のない声で告げる。
その行動の意味が、どれほど残酷であるかを理解したうえで告げる。
コクピット内に響き渡る声に、シートにうずくまる少女が、震えながら首を横に振る。無駄だと理解していても、抵抗の意志を見せる。
それでも、状況は変わらない。
それでも、彼女は口にする。
「……死にたくない」
『それはどのような意図の発言でしょうか』
「……死にたくないから死にたくない」
何度も繰り返した言葉を、同じように繰り返す。
『トキハ、あなたが戦わなければ人類はアンゲルスの手によって滅びるだけです。
このヴェスキュリアスで戦闘が行えるのは人類であなただけです』
「わかってる……脱出艇が発つまで、アタシたちが時間をかせがないといけないんだよね……」
震える手で、操縦桿が握られる。同時に、パイロットと機体とが脳波によりリンクを行う。
意志が宿ったことを示すかのように、巨大な人型機動兵器のカメラアイに光が宿った。
人類最後の砦を背負い、眼前の万を超える『敵』を前に、白銀の巨人が顔を上げる。
西洋鎧を思わせるボディの背部、三重に重なったユニットが、一層ごとに左右に展開する。
さながら六枚羽を思わせるフォルムに広がると、機体はエネルギーをチャージし、白銀に輝き始めた。
『これより、地球脱出艇防衛作戦を開始します! 作戦に参加するのは、ヴェスキュリアスの専属パイロット『トキハ=アマタ』!』
「それと、支援AIの『エテニア』でしょ!」
強がりの言葉が放たれる。
震える手から、操縦桿を通して交戦の意志が伝わってくる。
ヴェスキュリアスから重粒子ビームが放たれると、地球から黒いマグマが吹き上がってる来るのは同時であった――




