19.現人神の日
瓦礫を整理し、死者を弔い、そうして日が暮れた。
白い鯨が再び地上を離れるころには、既に日は傾いていた。
そして、体力を使い果たしたムァンは、船の中でメイド隊の皆に囲まれてすやすやと寝息を立てていた。
――全部任せてくれればいいのに、自分が頑張ってたもんね。
――しかも、オートマトンの操作に慣れてるもんだから文句も付けられないし。
――ほんと、眠ってる時はただの小さな女の子なのに――ヴェスキュリアスのパイロットって言うのは本当なんだね。
小声で話し合う彼女たちの視線は皆暖かかった。
眠る少女の隣で、トキハもまた、優しく少女を見守っていた。
◆◆◆
結局、次に朝陽が昇るまで、ムァンは目覚めることはなかった。
少し前のように洋館のベッドの上で覚醒した時、思わず素っ頓狂な声をあげたのは彼女だけの秘密になった。
(……やっぱり、少しは体力をつけるべきでしょうか)
白い、細い腕に力を込める。力こぶの一つも出来なかった。
ため息交じりにベッドから下りる。着替えは既に用意されていた。
◆◆◆
着替え終わって扉の外に出ると、ちょうどナナミが歩いていた。
「おはようございます」
「おはようございまっす」
二人ほぼ同時にお辞儀をして挨拶をした。
ムァンが顔をあげると、香ばしい匂いが鼻に飛び込んで来る。
「これは、お味噌汁ですか?」
「はい。トキハ様、今日は和食の気分だって。
ムァン様は、たぶん初めてっすよね、和食は」
ムァンはこくりと頷く。
「はい、地球での知識はありますが、異世界にそんなものはありませんでしたから」
ムァンが住んでいた街では、小麦と肉が食事の中心であった。地球で言うのならば洋食に近い形である。
「そもそも、味噌があるんですか?」
「トキハ様たちがこの世界に来た時に持ち込んだそうですよ。なんでも、東の大陸では大豆からちゃんと作ってるとか」
そう話していると、別の足音が聞こえてくる。
廊下の奥から、よたよたと這い出して来る影があった。
「んあ~、いい匂い」
ボサボサの髪で、寝間着をだらしなく着崩したトキハが気の抜けた顔で歩いて来る。
ナナミは溜息を吐いて首を横にふり、ムァンは思わず。
「トキハ、少しは恰好を気にしたらどうですか?」
呆れ顔で文句を言った。
「えぇ~、自分の家だしいいじゃない。ナナミもなんか言ってよ」
「トキハ様、いつも注意してますよね。ご飯の前にちゃーんと顔を洗ってくださいね」
「は~い」
ペタペタとおぼつかない足取りで去っていく。
当然、見送る二人は呆れ顔であった。
◆◆◆
食卓に並べられたのは、白米とみそ汁、そして、島で獲れた魚を中心とした食事だった。
並べられている食材は、米はもちろん、野菜に関してもムァンが街で食べていたものとは異なる。地球からそのまま持って来たようなものだった。
「凄いでしょ。完璧に再現できるようになるまで、結構かかったんだから」
自慢げに言うトキハに、ムァンは素直に礼を言った。
食事が終わると、ナナミがお茶をいれてくる。
二人、それぞれの湯呑を手にして一息をつく。
「結局、土地そのものに異常は見られなかったわ」
「そうですか……」
トキハは計器を片手に様々な調査を行っていた。
だが、その結果は芳しくない。夕刻頃、疲れ切った顔で頭を横に振っていたのを、ムァンも覚えている。
「そもそも、この島周辺以外にアンゲルスが出ることが異常なんだけど……」
「どういうことですか?」
「アンゲルスがこの世界に顕現する時は、この島の周辺に来るように誘導してるの。次元隔壁を緩めてわざと道を作ってる。だから、ムァンの居た街に穴が開くのはイレギュラー」
アンゲルスは地球のあった世界からやってきている。
世界と世界を隔てる壁が存在し、それを食い破って出現するのだが――トキハたちは、あえて穴をあけることによってアンゲルスの出現地域をコントロールしていた。
「まあ、イレギュラーと言えば、転生自体がイレギュラーなんだけど」
想定外、という観測結果ばかりが積み重なる。
その代表たる少女を見ると、トキハはまた考え込んでしまう。
「あ、そう言えば」
「何? 何か気がついたことがあるの?」
「はい。ヴェスキュリアスのコクピットに、一冊本があった筈ですが」
赤い布の表紙と、本のタイトルを告げる。
「ナナミ、分かる?」
「確かにあったっすよ。一応ムァンさんが寝ている部屋に運んでおいたっすけど」
それを聞いて、ひとまず安心する。
「実は――」
そして、本に書かれていた内容。そして、自分自身に起こった変化について告げた。
――あの本を読んだ時に、全ての記憶がよみがえった。
ナナミは相槌を打ちながらも、どこか信じられないといった顔であった。
トキハは、真剣な顔になって聞き。
「なるほど、白銀の守護神ねえ……神かあ、なんか皮肉じゃない」
最後に、呆れたように笑った。
「まあ、こっちも調べてみるわ」
「よろしくお願いします」
◆◆◆
そうして、また一日が始まる。
島の一日は穏やかな海風と、太陽の光に包まれて始まる。
ムァンもまた、その中に入っていく。
ある日はトキハと共に基地に行き、作戦の準備をし。
ある日は港へ行き、寄せて返す波を眺め。
またある日は、商店街で買い物をする。
島の人々は優しく少女を迎え。トキハに気さくに挨拶をする。
そんな、穏やかな日々が過ぎていった。
◆◆◆
その日、朝食の時であった。
「トキハ様、今日は現人神の日っすよ」
そう告げられた時、トキハが何とも言えない顔をしていた。
食事が終わるとトキハは一人でどこかへと行ってしまう。
ナナミに問いかけても、ニヤニヤと笑ってごまかされてしまう。
「それよりも、ムァン様も行きましょう。今日は私が運転するっすから」
と、言われたが最後、無理やり車に押し込められてしまう。
そのままナナミの運転で連れてこられたのは、坂の下にある『ナナミ神社』。
駐車場に車をとめた時、ムァンはあることに気がついた。
「あの車は、トキハのものではないですか?」
赤いオープンカーがとめられていた。
ナナミはやはり、ニヤニヤと笑って適当に誤魔化した。
問うても無駄だ、と理解したムァンは、大人しくナナミに連れられて歩く。
朱の鳥居の下には、普段よりも沢山の人が居た。
――今日のトキハ様はどんな顔をしてのかな。
――それよりも、アレやるぞ。
などと話している人を横に、ムァンはナナミと一緒に鳥居をくぐる。
参道を進んだ先、神社があった。
その裏門に入ると、見知った顔――トキハが居た。
ただし、恰好がいつもと違う。
普段の白衣ではなくて、白と赤の千早姿であった。
「……」
「こら、何とか言いなさいよ」
ムァンが思わず黙っていると、流石にムっとした顔で不満を述べる。
「これが、現人神ですか?」
「そ、これでも神様やってます。この島の象徴として、月に一度こうやってありがたーい姿を見せるわけです」
「ガラじゃないっすけどね」
「いやそれ、アタシが言わないとカッコつかないでしょ」
などと冗談を言うと、ようやくトキハは笑った。
「本当はもう一人居るんだけどね……ほんっと、あの爺さん!」
◆◆◆
暫くすると、トキハを呼び声があった。
トキハは慣れた様子で歩き出す。それに距離を開けて、ナナミとムァンも続く。
やがて、本殿が見えてきた。
ざわざわと音が聞こえ、人々が集まっている。
だが、そのざわめきは、トキハが姿を見せると静まり返る。
「あのさあ……」
けれど、トキハは不満げに。
「最初から静かだったら、定番の『皆さんが静かになるまでこれくらい時間がかかりました』が出来ないじゃん」
そう言うと、今度は和やかな笑い声が溢れてくる。
――やった、成功したぞ。
――うーん、トキハ様のその顔が見たかった。
そう、楽し気に話す人々を、トキハも笑いながら見ていた。
◆◆◆
現人神の日、とは、永遠を生きることになったトキハと島の住民を近づけるための日。
島の守り神である彼女が遠すぎず、忘れられないようにと決められた日。
神社の境内でありがたい――適当な言葉を聞いて、記念のお菓子を配って解散。
――と、言うのが表向きである。
(……あの装置は、脳波の観測機)
ムァンは、神社の中に設置された機械を見て、その裏の意図にも気づいていた。
(トキハがヴェスキュリアスに選ばれた時も、同じような機器が使われていた)
パラボラアンテナのような装置。そこで脳波を測定することで、ヴェスキュリアスとの適性を図る。
日常の中にも、戦いのための布石がある。
――それを示すように、空から音が聞こえる。
ローターが空を切る音。見上げると、ヘリが神社の裏へと降りようとしていた。
境内に居た人々は、不安げにトキハを見る。
トキハは、閉まっていた通信機を取り出して、確認をしていた。
「来たのね、アンゲルスが」
――その一言を聞いた時、トキハとムァンの顔色が変わる。
そして、トキハもまた、戦士としての顔を取り戻していた。




