18.後始末
古い街道が、草原を横切るように伸びている。
街道の先には大地を隔てる山々が連なり、峠道の起点には宿場町がある――それは、ほんの数日前までのこと。
街道は唐突に途切れ、その先――かつて宿場町であった土地は、灰と煤に黒く覆いつくされていた。
幸運にも被害を免れた旅人は、その光景に足を止め、ただ無情さを前に立ちすくむ。
山火事か、大魔法の暴走か、それとも魔獣の襲撃か――ただ分かるのは、人に身には耐えられぬ災厄が訪れたこと。
◆◆◆
廃墟となった街に、巨大な影が覆った。
鳥たちが一斉に飛び立つ。逃げるように山へと飛び立つ。
その後ろには、巨大な『船』が浮かんでいた。
それは、白い巨大な飛行船。一見すると、空を飛ぶ鯨にも見えた。
白い巨大な気嚢――を模した浮上機関。それに支えられた船は、ゆっくりと廃墟へと降り立とうとしていた。
飛行船は十分に距離を落とすと、船体部分からアンカーを射出する。
地面に刺さったことを確認するとさらに高度を下げ、着陸。そこでようやく、船の側面が開いた。
出てきたのは――
「どもーっす、接地もちゃんと確認されてるっすよ」
ナナミだった。昨日とは異なり半袖の作業用に軽量化されたメイド服に着替えており、それは後ろに控えるメイドの部方たちも同じであった。
一同は整然とした動きで地面に降りると、ナナミを前に整列する。
少し遅れて、船からトキハ。そして、ムァンも降りてきた。
「んじゃあトキハ様、本日の作業について、改めてご説明をお願いします」
「了解……ん、んっ」
トキハにメイド部隊の視線が集中する。
慣れた様子でトキハは号令をかける。
「これより、アンゲルスの被害によって崩壊した街の『後始末』を行う。
一同、これはアタシたちの不徳により発生した被害であることを胸に刻み、犠牲者に対して哀悼をします事!」
メイド部隊は一斉に胸に手を当てると、返事をする。
(……すさまじい統率力ですね)
トキハの後ろ、ムァンは迫力を前に何も言えずに感心していた。
◆◆◆
街の調査をする際、ムァンがトキハに頼んだのは一つだけ。
――あの時、弔いきれなかった街の人たちを埋葬して欲しい――
もちろん、トキハはそれを快諾した。
すぐに準備を整えると、翌日には飛行船を利用して出発したのだ。
その動きは速やかであった。
装備の準備はもちろん、人員の確保は速やかに行われた。
ナナミをトップとしてメイド服の一団は、移動中こそ談笑で和やかにしていたが、現場に着くや訓練された兵士の如く整然と動きだした。
「それでは、作業開始!」
トキハの号令を受けると、すぐに事前の割り当て通りに作業を開始する。
船の中から作業用のオートマトン――自立起動型の小型重機が動き出し、人間の指示によって瓦礫を除去する。
残っていた遺体も丁寧に改修され、新たに掘られた穴へと埋葬されていく。
その動きを、自身もオートマトンを借りながらムァンは見る。
(訓練されている……いや、慣れている)
明らかに『経験』に基づく効率的な動きである、と推測した。
◆◆◆
作業はスムーズに進んだ。
昼前から始まった作業は、食事の休憩を挟んで夕方になる前には一段落がついていた。
廃墟の瓦礫は完全とは言えないまでも片づけられ、無造作に散らばっていた遺体は残っていない。
ようやく一段落したところで、ムァンは息を吐く。すると、額から汗が流れてきた。
気がつけば体はすっかり熱くなり、喉が渇いていた。
「はい、どうぞ。ちゃんと水は飲まないといけないっすよ」
それを見越したように、ナナミが水を差しいれてくれた。
「すみません……」
ムァンは丁寧に受け取ると、ナナミに一礼し、水を飲む。
見れば、先程まで気を張り詰めていたメイド隊の皆も、思い思いに休息をしていた。
「助かりました。私一人では、どうしても両親のお墓を作るのが限界でしたので」
「ははっありがとうございます。それと、あとでメイド隊のみんなにも言って貰えたら助かるっす」
「もちろんです」
感謝をするのは当然である。ずっと過ごしてきた街を、丁寧に整えてくれたのだから幾ら礼を言っても伝えきれない程である。
「……それに、別に、珍しい事ではないっすから」
ふと、ナナミが寂しげに言葉を漏らした。
「……トキハ様から聞いてますか、あの島の意味」
「はい、アンゲルスから世界を守るための基地であると」
「そ、でもそれって、相手が出てから戦うことが殆どなんすよ」
アンゲルスを迎撃する。
予め、敵の出現を防ぐのではなく、出現した敵を撃退する。
それはつまり、どうあっても『後手』に回らざるを得ないということだ。
そうなれば、対処が遅れたり討ち漏らして、この街のような悲劇が起こることがある。
「トキハ様、ちゃらんぽらんに振る舞ってますが、こういう風景は何度も見てます」
だからこそ、メイド隊は慣れた様子で作業を出来たのだ。
何度も何度も、実戦を見てきた。
後始末と言う名の、実践を。
「……」
ムァンは瞳を鋭くして皆を見る。
今は穏やかに話しているが、彼女たちもまた、幾つもの死を見てきたのだと――
「本当に、ありがとうございます」
そう、自然と口から漏れていた。
「私も、ムァン感謝してるっすよ」
ナナミは、あえて軽く言った。
「ムァンさんが来てから、トキハ様がいつも以上に元気になってますから」
遠く、タブレットを片手に周囲を探っているトキハが居た。
顔は真剣そのもので、屋敷で見た物とは違う。
何度も戦ってきた人間のものであった。
「これからどうなるか分からないっすけど。トキハ様の傍にいてくれないですかね」
「ええ、そのつもりです」
当然、ムァンはそう答える。
「よかった」
ナナミもまた、笑顔でそう応えた。




