15.慣れない服を着て
テーブルの上に小さな音が響く。
ムァンは飲みかけのカップをテーブルに降ろすと、静かに考えこむ。
――ムァンとしての意志か、エテニアとしての意志か。
そう問われた時に、即座に答えることが出来なかった。
(私の望み……)
その私は、何なのか。
(その望みは、エテニアとムァン、どちらのものか?)
書を手にした時に感じたこと。自分自身が上書きされてしまうような浸食。
母と父の声を聞き、ムァンと名前を呼ばれている間、その違和感から目を背けることが出来た。
ただ、復讐の炎に身を任せた時も、「戦う」と言うことだけを支えに逃げることが出来た。
けれど、今、自分は何だろう。
この戦う意志は何者であるか、問われた時に答えることが出来なかった。
自分自身の感情が何であるか、それが曖昧であるということは、戦う人間として致命的である。
(なるほど、こんな感情ではトキハが却下するのも無理はありませんね)
それが理解できたからこそ、ムァンも反論をせずに受け入れる。
「分かりました、トキハが納得できる答を出せるように努力します」
トキハは満足したように頷いた。
「はいはい。まあ、美少女一人養うくらいどってことないから、この屋敷でどーんと構えてなさい」
「屋敷?」
ムァンは改めて部屋を見渡す。
壁や天井には多少の年季は感じるが、造りはしっかりしている。
ムァンが今まで生きてきた中で、一番しっかりとした建物の中にいた。
(そう言えば、いつの間にかここに居たけれど……)
まるでムァンの心情を見透かしたかのように、トキハは言う。
「そっか、眠ったままだもんね。
ここはアタシの住んでる屋敷。というか、この島のことも分からないんだっけ」
屋敷、島、単語としては理解が出来るが、何処の屋敷であるか、何の島であるか。
――そして、何が起こっているのか、ムァンの中に一気に疑問があふれてくる。
その中で、最初に口から出たのは。
「そう言えば、ヴェスキュリアスは?」
一緒に戦った機体のことであった。
「うちの基地にきっちり待機してるわ」
「案内してください」
「いいけど……」
トキハの返事を聞くと、すぐにムァンは立ち上がる。
そのまま部屋の外に飛び出そうとするのを、トキハが肩を掴んで引き留める。
「待ちなさいよ、その寝巻のまま外に出るつもり?」
「あっ……」
言われて、自分がおおよそ外に出るような恰好であないことに気がついた。
「失念していました。私が来ていた服はどこにありますか?」
「ああ、今洗濯中。泥に煤、それに血の跡もあったでしょ」
「では、着替えは」
すると、トキハはニヤリと笑い、手を叩く。
「ふふっ、待ってました」
本当に待っていたかのように扉が開かれた。
扉から出てきたのはナナミ。その手には、ムァンが着るであろう服がある。
「は~い、ご要望通りの一着をお持ちしました!」
トキハが指を鳴らす。語るまでもなく、その顔は満面の笑顔であった。
◆◆◆
ゴシックロリータのドレスに身を包んだ、銀髪の少女が居た。
過剰な程のフリルが揺れ、艶やかな生地が黒く輝いている。
姿見に映し出されたその姿を見た時、ムァンは思わず息を漏らしていた。
それを聞かれていたのか、後ろの二人――トキハとナナミはニヤニヤとしていた。
「滅茶苦茶似合うじゃん!」
「でっしょー、絶対に似合うと思ったたんだ。
いやー、観賞用に持ってた服がまさか役にたつなんてねーっ」
盛り上がる二人を前にすると、ムァンは自然と頭が冷える。
「この服はなんですか?」
「アタシの趣味よ。いやー、やっぱり似合うじゃない。こーんなかわい子ちゃんが来てくれただけで万々歳よ」
早口で言い切るトキハを前に、ムァンは次の言葉が出なかった。
(外に出るだけには華美な服……とは言えない空気ですね)
その通り、トキハとナナミは興奮した様子でムァンを見ていた。
「ねえ~、他に着てみたい服はない? お姉さんがなーんでも用意しちゃうよ」
「あー、トキハ様、その言い方がいやらしいっす」
「あのねえ、カワイ子ちゃんの期待に応えたいなんて当たり前じゃない」
「いや、それが怪しいんすよ」
そんな二人を尻目に、ムァンは改めて姿見を見る。
鏡の中の少女は、困惑した様子をしつつも、不快な様子はない。
広く広がった袖を見る。まるで人形が着るような服。それが自分が着ている。
――少女としての自分は、悪くないと言っていた。
「私からトキハにお礼を言うべきなのでしょうか」
ふと、言葉が漏れていた。
「正直、この服も嫌いではないです」
素直にそう言うと、二人が黄色い悲鳴をあげる。
「うきゃあああああああああ!! 見たっすかトキハ様!」
「さいっこう!! 嫌いではないって素直じゃない言い方もポイント高いわ!!」
結局、二人が落ち着くまでは数十分の時間を要した。




