14.問いをかける
――そして、時間は現在に戻る。
ぬいぐるみで埋もれた部屋、小さな机を挟んでムァンとトキハは向かい合っている。
ようやく話に一段落がつき、ふっと息を吐く。
ちょうど、ドアがノックされた。
「はーい、開けていいよ」
トキハが返事をすると、すぐにドアは開けられる。
「しつれいしまーっす、そろそろお茶が必要かと思って持ってきました!」
やたらと威勢のいい声をあげながら入って来たのは、黒と白のクラシカルなメイド服をまとった女性。
結い上げた黒い髪。すらっとした肉体。一見すると大人っぽい姿なのに、語り口は妙に親し気であった。
「ありがとうナナミ」
「いえいえ、こちらこそ久方ぶりの逢瀬を邪魔してすまないっすよ」
などと冗談を飛ばしながらもテキパキと手を動かす。あっという間にティーセットを二人分用意すると、「そんじゃあごゆっくり」とさっさと出て行ったしまった。
「あの方は」
「ナナミ。うちのメイドを纏めてる」
「ああ、食事を用意してくれた方ですね」
「そうそう、よーく覚えてるじゃない」
トキハ嬉しそうに手を叩く。それだけで喜ぶことか、とムァンは思ったものの、目の前の笑顔を前にすると何も言えなかった。
◆◆◆
まだ温かい紅茶をそそぎ、急速にする。
お茶請けとして用意されたクッキーと一緒に、二人はティータイムを楽しむ。
「……おいしい」
今度は、ムァンも味を楽しむだけの余裕があった。
「そりゃあそうよ、まだ20半ばだけどあれでどのメイドよりも優秀な子だからね。前任者のお婆ちゃんが絶賛してただけあるわよ」
カラカラと楽しそうに笑いながら、身内の自慢話をする。
その姿は地球ではついぞ見られなかったもので、ムァンはどこか安心していた。
(それだけの余裕が、生まれるだけの時間と経験があったのですね)
コクピットでいつも震えていた少女は、もう居ない。
そう考えた時、ムァンの表情は自然と動いていた。
「……なに、なんでそんな慈愛に満ちた目をしてるわけ?」
「そうですか? 自然とそうなっていたのでしょうか」
「ま、銀髪ロリに慈愛に満ちた目を向けられるのも悪くないけどね……あ、すぐに表情変えないでよ」
呆れ、そして、次はクスクスと笑う。
「まったくもう……そんな人間らしい仕草をされると、前世がAIだなんて不思議に思っちゃうわよ」
そう言うトキハも笑っていた。
◆◆◆
二人、落ち着いたころ。ムァンは疑問の一つを切りだした。
「あのヴェスキュリアスは、どうしたのですか?」
ヴェスキュリアス――エテニアとともに爆散したはずの白金の巨人が何故存在しているのか。改めてムァンは問いかける。
じいっと銀色の視線を受け、トキハは僅かに考えこむ。
やがて、考えをまとめると口に出す。
「復元した。アタシたちは戦力として期待されてたからね」
それは当然の考えである。機械である以上、再現は可能である。
事実、瓜二つの姿で再現されているし、ムァンも一目でそれがヴェスキュリアスであると理解を出来た。
「当然最大の力を再現しようとした……けど」
だが、口にするトキハはどこか不満げであった。
「まったく同じものを作ったのに、動かなかった。グソウの爺ちゃんも首を傾げてたけど、事実としてウンともスンとも言わなかったのに」
再建造したヴェスキュリアスは、トキハの呼びかけに応えなかった。
操縦支援AIはもとより、自律起動プログラムすら動かず、ヴェスキュリアスはながらくの間、動くことすらなかった。
だが、つい先日、勝手に起動をしたかと思えば、パイロットも乗せずに東の空へと飛んでいってしまう。
そして、戻ってきた時には、ムァンをコクピットに連れていた。
「まさか、復元した者の一切動かなかったヴェスキュリアスが勝手に起動したかと思えば、前世がAIの子を乗せてくるなんてね」
何もかものが納得できない。口から、顔から、そんな感情が零れ落ちていた。
だが、すぐに切り替えると、顔を引き締める。
「まあいいわ。現象として既に起こっているのなら『事実である』と情報を上書きして受け入れるだけよ。
観測結果が確定してるのにアレコレケチをつけるのはただの現実逃避。どうして起こっているか理屈を見つけるのが研究者の仕事なんだもん」
そう、言い切る。
ムァンは頷くと、言葉をかけた。
「変わりましたね、トキハ」
「そりゃまあ、無駄に長生きしてるからね」
などと、少しだけおどけて見せた。
だけれども、その顔もすぐに切り替わる。
「……それと、謝っておく、世界の守護者だなんだ言ってるのに、結局アンタの街を守ることが出来なかった」
結局、あの日、勝手に動き出したヴェスキュリアスによってムァンは生きながらえた。
だが、彼女が住む街は無残にも焼かれてしまっている。
ムァンは即座に、それは違うと言おうとした。
「……一機動兵器で世界の全てを守るのは不可能です。システムそのものが――」
「いや、そのシステムを作ってるのがアタシなんだけど」
思わずムァンは押し黙る。
そう言われてしまうと何も言い返せなかった。
「もう、そんな顔しないのよ」
トキハは作り笑いを浮かべた。
それを前にした時、自然とムァンの口から言葉が出ていた。
「その、私も、協力できないでしょうか」
――トキハは、まだ戦っている。
――なら、その力になる。
「……うーん」
だが、トキハは考え込んでしまう。
何故か、ムァンは分からなかった。
自分がエテニアの転生先であり、ヴェスキュリアスを動かせる。なら、その戦力を使うのは当然である、と。
暫しの沈黙。
ムァンは不安げな瞳でトキハを見る。
やがて、トキハは口を開いた。
「それは、エテニアとしての意志? それとも、ムァンとしての意志?」
「それは……」
その問いに答えようとした時、ムァンは止まってしまう。
「そこに即答出来ないなら、まだ手伝わせるわけにはいかないかな」
トキハ表情を柔らかくすると、椅子から立ち上がる。
「大丈夫、ムァンがエテニアとしての記憶を持ってるのは認めてる。アタシにとっては、大切な友達であることは変わりない。
時間はあるから、ゆっくりと考えなさいな」
今のムァンに出来るのは、それに頷くだけであった。




