12.あの日から
白い光が見えた。
ムァンが記憶の旅から帰って来た時に、白い光が目の前にあるように感じられた。
けれど、それはすぐに彼方へと消えていく。
代わりにムァンの視界に入って来たのは、うっすらとした光に照らされた、古びた天井の染みであった。
「……ここは……」
意識が戻ってくると同時に、自分が横になっていることに気がついた。
ゆっくりと上体を起こすと、光が目に差し込む。
窓から差し込む柔らかな光が、世界を照らしていた。
「……誰の部屋、だろう」
ムァンが寝かされていたのが、大人も眠れる大きなサイズのベッドの上であった。
敷布団は柔らかく、少し体重を預けると体が沈む。
毛布は少女らしいピンク色のもので、これも柔らかく、日向の匂いがした。
部屋の中には沢山のぬいぐるみがあった。
ベッドの横にあるソファは大きなクマとウサギに占拠されており、小さな丸いテーブルの隣には猫や犬が大家族をつくっていた。
壁も、調度品も大人と言うよりも子供――それも、可愛いものが使うような、小さくて愛らしいデザインのものが揃っている。
「……起きれるでしょうか」
恐る恐るベッドから下りると、ムァンの心配は杞憂であることが分かった。
(あれだけ疲労していたのに、もう動けるようになる……弱いのだか、強いのだか、本当に人間の肉体は分からない)
裸足で床を踏みしめると、絨毯の柔らかさが伝わってくる。
花のフレームで飾られた姿見を見ると、見たこともないピンク色の寝間着を纏った自分の姿があった。
そうして落ち着くと、急速に空腹が襲ってきた。
(何か……ないかな)
見渡すと、部屋の中央に置かれたテーブルの上に、バスケットにいれられたパンと水差しがあった。
恐る恐る近づいてみると、メモが置いてある。
――起きて、落ち着いたら食べてください――
几帳面な文字で記されていた。
「……食べましょう」
ムァンに遠慮をする余裕は残っていなかった。
◆◆◆
急いで食べた食事は味わっている余裕も無かった。
栄養の補給が完了し、ようやく人心地がついたころ、ドアをノックする音が聞こえた。
ノックの主は、ムァンの返事を待たずに扉を開ける。
扉の先からズカズカと入って来たのは、トキハ=アマタであった。
「おはよう、もう大丈夫?」
「はい、おかげで。休息の用意も、食事もありがとうございます……おいしかった、と思います」
「そりゃそうよ、ナナミ――うちのメイド長に用意してもらったんだから」
自慢げに言う彼女の前に、ムァンは急いで食べたことを少し後悔した。
「改めて。もう知っているけれどアタシはトキハ=アマタ。
あなたの記憶の中にあるとおり、地球での最後の戦いを生き残った地球人よ」
トキはそう名乗ると、ムァンの銀色の瞳を覗き込む。
「もう一度、あなたの名前を教えてもらえる?」
「エテニア――いえ、ムァンです」
すると、通信越しで見せたような、何かを発締めるような視線がムァンに突き刺さる。
敵意があるわけではない。ただ、何かを試されているようなむず痒さがあった。
「それを証明する手段は?」
「――死にたくない、それがあなたの口癖でしたね」
すると、トキハ頷き、空いていた椅子に座る。
「……もう少し、詳しく聞かせてもらえる?」
ムァンは頷くと、自分の中にある前世の記憶を巡っていく。
最初は、暗い格納庫の中で出会った日のこと。
地球を巡る短くも長い戦い。
無限に出現するアンゲルスを前に、ヴェスキュリアスの手が届く範囲でひたすら戦い続けた日。
いくら奮闘しても敵は止まらず、人類は地球から居場所を失くし、やがて、宇宙にまで逃げ出したこと――そして、地球を捨てて逃げる決断をしたこと。
「あなたはいつも泣いていました。泣いて、死にたくないと嘆いて――それでも、明日を救うために戦い続けた」
コクピットの中で、いつも震えていた少女の姿を覚えている。
静かに話を聞いている女性は、髪も伸び、大人びた顔立ちになってはいるものの、あの日と同じ瞳をしている。
恐怖を受け入れても、そこから逃げない強い意志を宿した瞳が、銀色の少女を見守っている。
「そして、最後にオンリー・ワン・クラッシュを実行しました。その時に記録した、脱出艇に回収されるあなたが幻ではなかったことは、幸いです」
最後の日の話を語り終わった。
しばし、沈黙が二人の間を流れる。
「その時さ、エテニアがアタシに言った言葉、覚えてる?」
「もちろんです。では、よい旅――」
その言葉は、本心であった。生きて、その先も見て欲しいと言う言葉だった。
「――ですが、それに加えて……一つ追加を」
ムァンは、トキハの顔を見る。
トキハは、ただ続きの言葉を待っていた。
「本当は、謝罪をつけたしたかったのです。あなたが告げた、私が死んでしまえば意味がない。その言葉に背を向ける結果になってしまったことは、ずっと謝りたかった」
そうして、深々と頭を下げた。
「ちょ、ちょっと! あーもう! 確かに不満だし百年恨んだけど、それはもういいから」
そうして、慌ててムァンの顔を上げさせる。
「……はあ、信じたくないけど、少なくともあなたはエテニアとしての記憶を事細かに覚えていることは確定みたいね。
認めるわ、アンタは確かに、私の知っているエテニアを引き継いだ存在なんだと思う」
そう言う彼女は、どこか嬉しそうな顔をしていた。
ムァンは、その顔を見ていると安心できた。
――けれど、それだけで終わるわけにはいかなかった。
「一つ、こちらからも質問をいいですか?」
「ええ、かまわないけど」
「トキハは、どうしてここに?」
何故、トキハ=アマタがここに居るのか。それを聞かなければならない。
「うわあ、それ聞くかぁ……いや聞くよね」
そして、息を吐き出すと、遠い目をした。
「まあ、話すと長いんだけどね」
それは、本当に長い話のはじまりであった。




