11.戦友
ヴェスキュリアスが空から徐々に降下する。六機の白い巨人に導かれるように、ゆっくりと降りていく。
針路の先にあるのは絶海の孤島。緑に覆われた島は、東西に延びる楕円に近い形をしている。
東部は湾になっており、陸地に入り込む海を取り囲むように街が広がっていた。
西部は南方に大きく張り出しており、丘陵となっている。北東部はほぼ山林で埋め尽くされて、人家は見られない。
ただ、そのような外界について気をまわしている余裕は、ムァンにはなかった。
コクピットの中で静かに思考する。
(何故、トキハ=アマタがここに居るのか……)
通信越しに見た顔は、トキハ=アマタそのものであった。
髪は伸び、顔立ちも大人びていたものの、身に纏う空気と強い意志の宿った瞳はトキハそのものであった。
なにより、そう問いかけた本人がさっさと認めたうえで――
――ま、話すことは沢山あるけど、まずは顔を合わせましょ。
と言って、さっさと通信を切ってしまったのだから。
質問の一つを口にする前に一方的に打ち切られた邂逅。結局、疑問だけがムァンの頭の中に残った。
(私は地球最後の日に確かに見た、トキハが地球脱出艇に回収されたことを)
自らが自爆する前にトキハは確かに地球脱出艇に回収されていた。だからこそ、エテニアもまた躊躇なく自爆と言う手段をとることが出来た。
その彼女がなぜ、この世界にいるのか。
地球脱出艇はどうなったのか? 今、自分を先導している機体は何なのか? そして、ヴェスキュリアスは――
疑問は尽きぬまま、ムァンは流されるままにいた。
悩みながらも、ムァンはヴェスキュリアスを機動させる。
白い機体に追従して島の西側へ。ちょうど湾とは正反対となる箇所に、断崖絶壁があった。
そこの半ば――自然物に人工物が混ざる。
断崖絶壁が機械の壁に塗り替わる。人工物のデッキが幾つも海へと向かって伸びていた。
その内の1基、もっとも上部に六期の機体は着陸する。左右に三機ずつ別れ、その中央に来るようにと誘導されているようであった。
ムァンはその誘導に従い、ヴェスキュリアスを着陸させる。
そのままセスキュリアスは跪くように身をかがめると、胸部のコクピットを解放した。
潮風がコクピットに流れ込んでくる。
波の音が遠くに聞こえた。
「……ふう」
ムァンは、自然と息を吐いていた。ずっと張り詰めていた糸がようやく緩んだ。
◆◆◆
コクピットのすぐ外には、ヴェスキュリアスの手があった。
掌に乗ると、ゆっくりと床へと向かって降りていく。
ムァンが床に降りると、こつん、と硬い音が響いた。
(街にあった石とも木とも違う……明らかな人工の素材)
それが、目の前に広がっている。
デッキの先には格納庫があり、先導してきた白い機体の同型機がいくつか見える。
(このような設備があるなんて……)
明らかなオーバーテクノロジー。その数々を前にして、ムァンの中で様々な疑問が浮かび上がる。
だが、思考を遮るように足音が聞こえてくる。
早足で、床を蹴る音が響いて来る――
――すさまじい勢いで――
(な、なんでしょう。たんたん、たんたんではんく……ドンドンダンダンガガガガガと)
言い知れない恐怖を感じながらも、音の鳴る方へと振り返す。
そこで、見た。
女性が――トキハ=アマタが凄まじい勢いでこちらに向かってくるのを。
肩にマントのようにかけた白衣を翻し、肩まで伸ばした黒い髪を揺らし、メガネの奥の黒い瞳でムァンを見つめる≪ロックオン≫しながら早足で駆け寄ってくる。
本能的に危険を察知したムァンであるが、逃げる隙はなかった。
いつの間にか目の前まで迫っていたトキハは、ムァンの前で両手を広げると。
「さいっこう!!」
がばっと抱き上げた。
「サイズ感も抜群じゃないの!」
興奮した様子で頬に顔を近づけてくる。息までかかりそうな距離で、体温も伝わってくる。
何故か、今日に熱かった。
「あの、すみません……トキハ……ですよね」
「うん。アタシはトキハ。トキハ=アマタ。あなたが言った通りよ。
ムァン、それとも……エテニアと呼ぶべきかしら。」
「いえ、それは……そうです……が」
話を聞いている内に、ムァンは徐々に意識が薄れていく。
「どしたの?」
「すみません……たぶん、げんかい、で、す」
緊張の糸が解けたからか。
抱きしめられて、体温が伝わったからか。
それとも――かつての戦友と再会したからか。
ムァンは安心から、意識を手放していた。、
◆◆◆
夢を見た。
遠い遠い、夢を見た。
地球での記憶――その中でも、一番古いもの。
極東の研究所。その地下格納庫。
白金の巨人の前に、小さな少女が居た。その後ろには白髪と白衣の老人が控えている。
老人の片足は無かった。杖を突いて、立っているのも辛そうと言った様子であった。
それでも、毅然とした声で言う。
「これがヴェスキュリアス。この機体とお前さんが、地球の最後の希望だ」
まるで狂人の絵空事。けれども、少女はそれを否定しない。
実際に、地球が終わり駆けていることを知っていたから。
風変わりな博士が生み出した白銀の巨人。
――エーゲ海にある古代遺跡から発見された預言書は、宇宙からの敵の存在を予言していた――
そんな妄言を本気で信じて生み出されたヴェスキュリアス。その存在は、予言の成就とともに世界の希望になる。
白銀の巨人は機械による自動操作でもアンゲルスに対抗することが出来た。だが、その性能はパイロット――機体に内蔵された炉心と脳波によってリンク出来るパイロットが居て、本来の性能が引き出せる。
既にアンゲルスによって大半が制圧された地球において、パイロットが見つかったことは人類にとって幸運であり――少女にとっては、不幸でもあった。
地球、極東の日本で生まれ、ごく普通に育って少女はアンゲルスによって自分の世界を壊され――そして、博士によって研究所へと連れこられた。
何も知らない只の少女――トキハ=アマタはただ降りかかる理不尽を前に、震えていた。
自分自身が、世界を守れるのだと聞かされても、泣いていた。
「死にたくない――」
「そう、そうやって多くの人が死んで来た……だが、君には戦う力がある。
ただ死ぬか、戦って死を回避するか、選ぶことが出来るのだ」
老人の声はそう問いかける。
少女は震えながらも、一歩踏み出す。
「わかってる。わかってる……死にたくないから、戦う――」
そして、コクピットが開放される。
シートは新品同然でパイロットを待っており、コンソールに火が入る。
『こちら、ヴェスキュリアスのパイロット操縦支援AIエテニア。これよりトキハ=アマタのサポートを行います』
そうして、長き戦いは始まった。
トキハとヴェスキュリアスの戦いは、地球圏を脱出した日に終わった――その筈であった。




