18.推しは存在しているだけで素晴らしい
——その日の夕食
いつものように家族が食卓を囲んでいた。
けれど、少し前までとは違うことが一つある。
「姉様、今日も隣いいですか?」
レオン様が、当然のようにアリシア様の隣の椅子を指した。
アリシア様は少し眉を寄せる。
「…最近、毎日そこじゃない?」
「そうでしたっけ?」
「そうよ」
「では今日も同じで問題ありませんね」
「どういう理屈なの」
言いながらも、アリシア様は「向こうへ行きなさい」とは言わなかった。
レオン様は嬉しそうに腰掛ける。
(今日も仲がよろしい…)
少し離れたところで控えながら、私はそっと二人を眺めた。
最近のレオン様は、とにかくアリシア様の近くにいる。庭へ行くと聞けば一緒について行き、図書室へ行けば同じ机で本を読む。
食事になれば当然隣へ座る。
アリシア様はそのたびに、
『なぜついてくるの』
『少し静かにしなさい』
『近くない?』
などとおっしゃるけれど、レオン様が本当に離れると、今度はアリシア様の方から話しかけている。
そのことをレオン様も、もう知っている。
だから全くめげない所か、むしろ嬉しそうだ。
まるで——
(大きな犬のよう…)
もちろん、口には出さない。
食事が始まりしばらくして、レオン様の皿に苦手な野菜が残っていることにアリシア様が気付いた。
「レオン」
「はい?」
「また残してる」
「…あとで食べます」
「その顔は食べない顔でしょう」
「食べますよ」
「では食べなさい」
「…はい」
レオン様が渋々フォークを持つ。
一口。
そして、なんとも言えない顔になった。
アリシア様はそれを見て、小さく息を吐く。
「…半分だけこちらへ寄越しなさい」
「え?」
「全部残すよりはましでしょう」
「でも姉様は?」
「私は食べられるわ」
レオン様の顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます、姉様!」
「声が大きい」
「はい!」
「返事も大きい」
伯爵夫人が口元を押さえて笑っている。
伯爵様も、ほんの少しだけ表情を緩めていた。
レオン様は野菜を半分アリシア様の皿へ移す。
そして
「姉様って本当に優しいですよね」
アリシア様の手が止まった。
「…普通よ」
「普通じゃないです」
「普通です」
「僕は優しいと思います」
「……好きに思っていなさい」
そう言ってアリシア様は視線を逸らす。
私は見逃さなかった。
耳がほんの少し赤い。
(……!)
思わず両手を握りしめる。
レオン様も気付いたらしい。
一瞬こちらを見た。
目が合うとレオン様がほんの少しだけ笑う。
私も小さく頷いた。
同志。
言葉はいらない。
その時伯爵夫人が、隣に座る伯爵様へ少しだけ身を寄せた。
「そういえば」
「なんだ」
小さな声だった。
「“父”の書き込みが、また増えていたわね」
「っ……!」
伯爵様が小さくむせた。
「あなた、大丈夫?」
アリシア様がすぐに顔を向ける。
「水、お飲みになりますか?」
「あ、ああ」
私は水を用意しようとしたけれど、その前にアリシア様が近くの水差しを手に取り、伯爵様のグラスへ注いだ。
「どうぞ」
「……ありがとう」
「いえ…」
伯爵様は一瞬、娘を見ると少しだけ笑った。
「そうか」
アリシア様は不思議そうに首を傾げる。
伯爵夫人は何食わぬ顔で紅茶を飲んでいた。
けれどその口元が少し笑っている。
「父上、何かあったんですか?」
レオン様が尋ねる。
「何もない」
「そうですか?」
「ああ」
「でも母上笑ってますよ」
「気のせいよ」
「そうでしょうか」
「そうよ」
伯爵夫人まで何となく楽しそうだ。
それを見ている伯爵様も、少し困ったような顔をしている。
そしてそんな両親を眺めていたアリシア様の口元も、ほんの少しだけ緩んだ。
私は、その光景を静かに見つめていた。
少し前までこの食卓は、もっと静かだった。
アリシア様は必要なことしか話さず、レオン様はどこか遠慮していた。
旦那様と奥様も、それぞれ娘を気に掛けながらも、どう接すればいいのか分からないように見えた。
けれど今はレオン様は遠慮なく隣に座り。
奥様は楽しそうにアリシア様を見つめ。
旦那様まで、誰もいないうちに『本日のアリシア様』へ書き込んでいる。
そしてアリシア様は相変わらず少しぶっきらぼうで、相変わらず言葉は足りなくて、相変わらず「別に」とか「ええ」としか言わないことが多いけれど、
皆さん、それをもう以前とは少し違う目で見ている。
「姉様」
「今度は何?」
「明日も庭へ行きますか?」
「行くけれど」
「僕も行きます」
「まだ連れて行くとは言ってないわ」
「行っていいですか?」
「……好きにしなさい」
「はい!」
また大きな返事。
アリシア様は呆れたように額へ手を当てた。
けれど、やっぱり少し笑っている。
(……お可愛い)
胸の奥が、じんわり温かくなる。
何だろう、とても幸せだ。
ただアリシア様が今日もそこにいて、少し笑っていて、あたたかなご家族に囲まれて…。
皆さんがアリシア様のことを見ている。
それだけのことがこんなにも嬉しい。
——夕食を終えたあと。
私はいつものように厨房へ向かった。
棚には、『本日のアリシア様』が並んでいる。
一冊目。
二冊目。
そして。
その隣には、新しいノートが一冊。
表紙には、
『本日のアリシア様3』
と書かれていた。
私はそれを開き、今日の出来事を書き込む。
『本日の夕食。レオン様に「優しい」と言われ、アリシア様の耳が少し赤くなっていた。——メアリ』
少し考えてもう一行。
『その後、レオン様が明日も庭へついて行きたいと申し出たところ、「好きにしなさい」とお答えになった。少しだけ笑っていらした。——メアリ』
書き終える。
「……よし」
満足してノートを閉じた。
すると後ろから声がする。
「メアリ」
振り返ると、エマがいた。
「今日も書いてるの?」
「はい」
「本当に好きねえ」
「はい」
迷わず答えるとエマは笑った。
「最初はメアリだけだったのにね」
「?」
「今じゃ、みんな書いてる」
エマは棚の三冊を見た。
「奥様も、旦那様も、レオン様まで」
私は並んだノートを見る。
確かにいつの間にか、こんなに増えていた。
「……そうですね」
なんだか嬉しくなって、笑う。
エマも笑った。
「アリシア様、人気者ね」
「はい」
私は大きく頷いた。
「アリシア様は、最高ですから」
「はいはい」
エマが楽しそうに笑う。
私はもう一度、三冊のノートを見る。
そして思った。
前世でも、私は推しが元気に過ごし、笑っているだけで幸せだった。
今も、それは変わらない。
ただ、今は少しだけ違う。
私が「素敵だな」と思っていた人を、同じように素敵だと思ってくれる人が、こんなにたくさんいる。
それは思っていた以上に嬉しいことだった。
私は厨房を出る前に、もう一度だけノートを振り返った。
明日はどんなアリシア様が見られるだろう。
どんなことが書き加えられるだろう。
考えるだけで、少し楽しみになる。
明日もきっと、私はアリシア様を見て、嬉しくなる。
そして、その魅力を誰かに話したくなるのだろう。
だって、今日も、明日も、きっとこれからも、
アリシア様は、どう見ても最高なのだから。
おしまい٩( ᐛ )و
読んでいただきありがとうございました!




