ずっと一緒に・・・
最後のケルベロスの戦いから2年後。
神奈川県 市ノ瀬育海のマンション
キッチンのシンクで、市ノ瀬は夕ご飯の後の洗い物をしていた。その横では市ノ瀬の洗った食器を梅原がタオルで拭いている。
「ねぇ、今夜は一緒にレポート書こうよ」
市ノ瀬は最後のお皿に残った泡を洗い流すと梅原に渡した。
「あ、レポート、下宿に置いて来ちゃった」
「なんだぁ。忘れるなよぉ」
市ノ瀬は不機嫌そうな表情を梅原に向けた。
「ねぇ、もう一緒に住まない? その方が絶対に便利」
「え~、そんなことしたら、市ノ瀬さんのご両親に怒られちゃうよ」
「何言ってるの。もう、うちのみんなは梅原くんがいつも泊まってるの知ってるし。ねぇ、今度部屋見に行こ。新しい部屋はもっとキッチンが広いのがいいな」
市ノ瀬は嬉しそうだ。
「あ、そうだ。おじいちゃんが、梅原くんは今度いつ来るんだ?って首を長ーくしてたよ。よほど梅原くんのことを気に入ってるみたい。なんだか笑える」
梅原にとっても、家族がたくさんいる市ノ瀬の実家に行くことは楽しかった。
「レポート、とってこようかな」
「うん、そうしなよ。そうだ、一緒に行くから帰りにコンビニに寄って夜食買ってこよう」
市ノ瀬はエプロンを脱ぐと、冷蔵庫の横に貼り付けてあるフックに引っ掛けた。
冷蔵庫の扉にはフォトフレームが貼り付けてあった。そこにはキッチンには不似合いなパイロットスーツ姿の報瀬が写っていた。
それは0番機の調整の時に上田が撮ったもので、後で見てみたら報瀬の周囲に余分なものが写っていたのでトリミングしようとしたのだが、報瀬はそのままでいいと言いデータでみんなに配ったものだった。
梅原は、どうしてここに貼ってあるのか何度も市ノ瀬に聞いた。
しかし、市ノ瀬はただ笑うだけでその理由は何も言わなかった。
「さぁ、行くよ」
市ノ瀬は梅原に急かすように言うと、手を引いて玄関に向かった。
「そういえば、次はいつ来るって言ってたっけ?」
「いつ来るなんて言ってないよ。あの人、気まぐれだから」
「確かに・・・」
玄関を出た二人の笑い声が遠ざかっていった。
長野県 軍関係者専用マンション 水瀬の部屋
「てっきり慧ちゃんは大浜大学に行くと思ってたよ。推薦とか使えたんでしょ。学費とかだって」
隣に住む島村京子は、軍の事務の仕事が終わった夕方、水瀬の部屋に寄っていた。
「でも、お父さんの行ってた大学に行きたかったから」
水瀬はケージの中の豆太にひまわりの種を一つ渡した。豆太は両手に持ったひまわりの種の皮を器用に剥くと頬袋に押し込んだ。
「まぁ、慧ちゃんがここにいてくれた方がわたしは嬉しいけどね。ここから通えるんでしょ」
「うん。ここにはずっと住めるし、学費も出してもらえるみたい」
「すごいね。よかった」
「でも、就職先が既に決まったようなものだけど」
「それだけ慧ちゃんは軍に必要な人ってことだよ」
水瀬は照れ臭そうな表情をすると、豆太にもう一つひまわりの種を渡した。
「じゃぁ、わたしは夕ご飯の買い物に行くから、戻って来たら一緒に作って食べよ。そうだ、今日は豪華にしよう。入学祝いも兼ねてさ」
「ウインナーもお願いします」
「入学式には呼んでよね。一緒に行くから」
「そんな、いいですよ」
「写真撮るからさ。晴れ姿をお父さんに見せてあげなきゃ」
島村はそう言って机の上にある水瀬吾郎の写真を見た。その横にはきれいな一輪の花が置いてあった。
「慧ちゃんは偉いね。いつも枯らさずにちゃんとお花が供えてある」
水瀬は一瞬戸惑った。
「じゃぁね」
島村は水瀬の戸惑いに気づくことなく手を振りながら部屋を出て行った。
しんとなった部屋に、カタカタと豆太の回し車の音だけがしていた。
父親の写真の横の花に目を向けると、去年の命日にお墓参りに行った時のことを思い出した。
水瀬は、毎年命日に父親のお墓に行っていた。
到着する時間によってはすでに花が供えてあることもあり、それが野嶋所長だと分かっていた。
その日は、いつもよりも早い時間だった。
父親のお墓の前に行くと、すでに花が供えてあった。
供えてあると言うよりは、1輪だけ置いてあったと言う表現の方が正しいかもしれない。
水瀬が初めて見るその花は、特に水に刺してあるわけではないのに、妙に瑞々しかった。
自分で持って来た花に混ぜるには不似合いで、かと言ってそのまま置いておいたら枯れてしまいそうで、水瀬は家に持ち帰ることにした。
その時の花が、今でも変わらない姿で父親の横にある。
「リアルなんでもありの世界・・・」
水瀬はその花にそっと触れると、微笑みを向けた。
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