その存在
バイオエレクトロニクス研究所 所長室
12月に入ったばかりだというのに、その日は朝から雪が降っていた。
寒波の影響もあり、冷やされた空間に落ちる雪は溶けること知らず、徐々に周囲を白く染めていった。
すっかり葉を落としたサクラの木も、やがて雪に覆われた。
「昨日、長野から戻られたのは遅かったのでしょう?」
速水はソファーに座る野嶋の前に、トレーからコーヒーを差し出した。そしてテーブルをはさんで向かい合うように座ると、自分のカップもテーブルに置いた。
「新しいNCBM部隊の編成に関する会議だったからな。日を跨いだよ」
野嶋はカップを手に取ると、味わうようにゆっくりと口に運んだ。
速水は、やはり野嶋は疲れているのだろうな、と思った。いつも見ている顔だったが、ここ数週間で少し歳を取ったようにも感じていた。
「あれからずっと慌ただしい毎日でしたから、少し休まれてはどうですか? NCBMの再設計ならわたしたちでやれますよ」
「心配してくれてありがとう。体は大丈夫だ。まぁ、それなりに歳を取ってくるのは仕方ないことだからな」
野嶋は苦笑した。
「そうだ。報瀬の夢を見たよ」
野嶋は嬉しそうに言った。
「どんな夢です?」
「ずっとどこかを回っていたって言ってたな。そして、自分の居場所を見つけた、とも・・・。なんだかすごく楽しそうだった」
普通なら、そんな野嶋の夢の話を聞けば、野嶋のメンタルを心配することだろう。しかし、速水はその話をにこやかな様子で聞いていた。
「また、そのうちに来るね、とかも言ってた。そんな夢だったよ」
「それ、夢じゃないですよ」
速水が自信ありげに言うと、野嶋は不思議そうな顔を速水に向けた。
「だって、わたしのところにもやって来て、同じことを言ってましたから」
野嶋の表情が穏やかなものになった。野嶋もこれを夢とは思っていなかった。ただ夢とでも言わなければ、速水に笑われると思ったのだ。
「あの時、所長のおっしゃったことは本当だったのですね」
意識は人の肉体に宿る
しかし、幾つもの体を乗り継いだ報瀬にとって、意識はもうすでに肉体を必要としなくなっているのかもしれない・・・
「もしも、意識が肉体から完全に離れることが出来たなら、おそらくその存続には何も必要としなくなるだろう。きっとあいつは永遠に存在し続けるよ」
野嶋は報瀬への想いを馳せるように天井に目をやった。
「あ、そうだ。報瀬ちゃんが来た時、もう一度体を作ろうかって聞いたんですよ」
野嶋はその答えを期待して、すぐの速水に視線を向けた。
「いらない!って即答されました」
速水は呆れたように笑った。
それに合わせるように野嶋も笑った。少し寂しそうに。
そして立ち上がると、外が見える窓に向かった。そこには降りしきる雪の中で、積もった雪の重みに耐えるサクラの木があった。
「わたしは報瀬にずっとつらい想いをさせて来てしまったのだろうか」
そう言って野嶋は軽くため息をついた。
「確かに、病気の時はつらそうでしたね。でも、そのあとは本当に楽しそうでしたよ。そんなふうに思わないでください」
「あいつはわたしにはなかなか本音を言わないところがある。今度機会があったら聞いてみてくれるか」
「はい。聞いてみます。でもその返事は直接言いなさい、って言いますからね。きっとまた突然やって来ますよ」
野嶋も速水も、報瀬の体がなくなった悲しみはつらかったが、その一方で報瀬の存在を感じられることが何よりも嬉しかった。




