ラストダンス
『こちら戦闘爆撃隊隊長、野尻。まもなくケルベロス上空に到達。指示を願います』
ミサイルを全て撃ち尽くした独立遊撃部隊輸送機に、長野基地から飛び立った戦闘爆撃機から無線が入った。
「支援感謝します」
古川が即座に答える。
「現在ケルベロスは、0番機のみを狙っています。0番機から注意を逸らすようにケルベロスの後方からの爆撃をお願いします」
『タイミングはどうします?』
「そちらに任せます。パイロットは確実に避けます」
『了解しました。直ちにケルベロス後方より爆撃を開始します。爆撃後は帰投し、次に備えます。必要ならまた呼んでください』
「各パイロットへ。爆撃が開始されます。当たらないでね」
すぐに上田が4人に無線を送った。
輸送機からのミサイル攻撃によって、報瀬と水瀬はケルベロスからの距離を広げることが出来ていた。
「一気に爆撃すると思うから、ケルベロスを包んだ爆煙が消える直前がチャンスかも」
報瀬はそう言って空を見上げた。戦闘爆撃機がケルベロス後方より急降下を始めたところだった。
「来るよ」
4機の機体はバーニアを使ってケルベロスから大きく離れた。
戦闘爆撃機が次々と誘導弾を放つ。
誘導弾はケルベロスの背に吸い込まれるように命中し爆発を繰り返した。
凄まじい閃光と爆炎が広がる。
それに合わせて、コクピットの全周囲モニターは遮光モードに切り替わる。
「慧ちゃん、あそこから狙おう」
報瀬は山肌が大きく切り開かれた場所を示した。それは太陽光パネルを並べるために木々を伐採した場所だった。廃棄されたパネルの一部がまだ残っているが、遮蔽物がないのでケルベロスを狙うにはうってつけの場所だった。
「了解です」
水瀬はジャンプし報瀬を追った。
梅原と市ノ瀬もそれに気付いたようだった。
爆煙が大きく広がりケルベロスを徐々に包んでいった。そしてその姿を隠す。
ケルベロスからも4機の機体は見えないはずだ。
爆撃を終えた戦闘爆撃隊が離脱して行った。
その間に4機は狙撃場所に到着した。
ケルベロスを包む爆煙が風に流される。
「もう、チャージしていいかな?」
市ノ瀬が待ちきれないように聞いてきた。
「いいよ。チャージ開始」
報瀬の合図とともに、市ノ瀬は梅原から渡されたケーブルのコネクターをレールガンに繋いだ。
報瀬も水瀬からコネクターを受け取りチャージを始めた。
風が強まる。ケルベロスを隠していた爆煙が一気に薄まった。
「来るよ。エイム共有」
レールガンを持った2機に、お互いの照準の位置が表示された。
「チャージ完了とともに装填」
「りょーかーい」
あと数秒でチャージが終了すると言うタイミングで、アラートがそれぞれのコクピットに響いた。
索敵モニターだった。そこにはLOSTの文字が点滅していた。
「装填待って。上田さん、ケルベロス消えた。そっちは?」
報瀬がすぐに上田に確認をとった。
『こっちもLOSTしてる。再スキャンしても出ない』
「ひょっとして、爆撃でやっつけちゃった、とか」
市ノ瀬がちょっと残念そうな声を出した。
「そんなことないでしょ、さすがに」
「気を抜かない方がいいと思います」
梅原も水瀬もケルベロスが倒されたとは思っていない様子だった。
全周囲モニターに目をやると、爆煙は完全に消えていた。やはりそこにケルベロスの姿はなかった。
「やっぱり、倒したんじゃない?」
「そうなのかな」
梅原も市ノ瀬の意見に傾きかけていた。
それでもまだ信じられない水瀬は、索敵モニターに何度もスキャンをかけていた。
しかし、LOSTの文字は変わらなかった。
「いや、いる」
そう言ったのは報瀬だった。
「上田さん。今のうちにバッテリー落としてもらってください」
報瀬はまだ戦闘が続くことを感じていた。
レールガンにチャージしたエネルギーはすでに自然放電が始まっていた。弾体は2発残っているが、チャージはあと1回しかできない。
戦闘が続くならば、このタイミングでバッテリーを交換しておいた方がいい。
「無駄になっても、チャージしてから交換しましょう」
そう言って水瀬は機体をしゃがませると、背負ったバッテリーを地面に下ろした。
すぐに報瀬がケーブルを引っ張りコネクターをレールガンに接続した。
チャージが開始される。
同じように、市ノ瀬も梅原が下ろしたバッテリーからチャージを始めていた。
「大野さんから連絡。近くに落とすって。風で流れるかもしれない。当たらないでね」
上田からの連絡と同時に、モニターに降下コンテナのマーカーが表示された。
「水瀬さん、行くよ」
「はい」
梅原と水瀬はコンテナの降下ポイントに向かった。
「分かるんですか? ケルベロスがまだいるって」
市ノ瀬が報瀬に聞いた。
「うん。なんとなくだけどね」
「でも、どうしてケルベロスは報瀬さんのことが嫌いなんですか?」
「ケルベロスは、ずっと記憶を受け継いでいるようなの。かなり初期からのをね。それはNCBMとの戦いの記憶と言ってもいいかもしれない。そんな中でケルベロスはNCBMと色々な感情を結びつけた記憶を伝えてきた。多分、怒りとか恐怖とか不安とかと一緒にね・・・」
チャージが終了し、自然放電までのカウントが始まる。
「だから、そんなイヤな感情と結びついたNCBMをとても嫌っていたんだと思う」
「でもそれなら、報瀬さんだけじゃないですよね」
「そうだね。でもね。ケルベロスにとって最も強く記憶に結びついたものは怒りなんだよね」
「怒り・・・」
「地球上で最も優位だったケルベロスは、日本の九州で始めてそれを覆すものと出会った。それはお互いが怒りをむき出しにした戦いだった。そして初めての敗北。それが記憶に残らないはずがないよね・・・」
報瀬は急に何かを感じ、反射的に機体の姿勢を下げた。それに反応して市ノ瀬の機体も緊張した。
「来る。下。避けて!」
報瀬が叫ぶと同時に、2機のNCBMはその機体を大きく横に流した。
すぐに2機がいた地面が盛り上がり、轟音とともに土砂を巻き上げながらケルベロスが地中から姿を現した。
飛び散る小さな石がいくつも機体にあたり、巨大な岩が装甲をかすめた。
「隠れてたとは、卑怯だぞ」
市ノ瀬が回避しながら空中でレールガンを構えた。
ケルベロスは報瀬に向かっていた。市ノ瀬のレールガンには気付いていない。
装填。正面にケルベロスの頚を捉える。
その時、アラームが鳴った。
「うそ・・・」
チャージが自然放電した警告音だった。
ケルべロスは右腕を大きく振り上げ、逃げる報瀬に振り下ろした。
報瀬はそれを軽く避けるが、巨大な爪が地面に突き刺さった衝撃で木や岩が飛び散り報瀬の機体にぶつかった。
「そのね、その怒りを最初にケルベロスにぶつけたのがあたしなの」
市ノ瀬も、そして梅原も水瀬も報瀬の言葉を聞いていた。3人は報瀬の言ったその怒りの意味がわからなかった。
「もう、しつこ過ぎ」
報瀬は吐き捨てるように言うと、レールガンを手放した。
「慧ちゃん、拾って。慧ちゃんが撃って!」
「あ、はい」
新しいバッテリーを背負った水瀬は、素早く報瀬の位置をマーキングするとすぐにレールガンの回収に向かった。
「あたしが囮になって慧ちゃんの位置にケルベロスの頚を向ける。慧ちゃんはレールガンとバッテリーで素早く動けないから、市ノ瀬さんと梅原君が動いて!」
「でも、囮なんて」
市ノ瀬が報瀬の行動を心配した。
「これはあたししか出来ないから」
報瀬は腰のスロットからライフルを持つと、手放したレールガンから距離を取るようにバーニアを使って大きくジャンプした。
すぐに水瀬がレールガンに取り付く。
「慧ちゃん、撃てる位置に移動して」
レールガンを回収した水瀬はシートから大きく体を乗り出し、全周囲モニターに映る地形を見渡した。
少し高い場所に、ケルベロスが木をなぎ倒し開けた空間があった。
水瀬は重くなった機体をその場所に向かわせた。
ケルベロスは報瀬との距離を詰めるように大きく飛び上がると、その巨体を地面に叩きつけるように着地した。
木や岩が飛び散る。
報瀬の機体は重いレールガンを手放したことにより身軽になっていたが、それでもバーニアを最大に使わなければケルベロスの攻撃を避けることは出来なかった。
すぐにケルベロスの爪が襲い掛かる。
何度か機体をジャンプさせ狙撃場所に到着した水瀬は、実際に狙撃可能か確かめるためにレールガンを動き回るケルベロスに向けた。この位置なら障害物は何もなかった。
「ここで撃てます」
「すぐ行く」
水瀬の言葉に反応して、梅原と市ノ瀬が水瀬の位置に機体を走らせた。
報瀬は水瀬の位置を確認しつつ、出来るだけ木々の低い場所を探った。
「あまり離れると狙いにくくなる」
報瀬はケルベロスと水瀬との距離を確認した。500メートルほどだった。
レールガンの射程距離は長く、これくらいの距離は全く問題なかった。しかし、動きの速いケルベロスのしかも1点に当てるのはこの距離が限界だった。
どうやら市ノ瀬と梅原もその場所に到着した様子だった。
目の前に飛び上がったケルベロスが迫る。報瀬は連続でバーニアを使い水瀬との距離を縮める方向に回避した。
その直後、ケルベロスは着地と同時に大きく尾を振り回した。
再びバーニアを最大に吹かし回避行動をとる。
尾を振り回した範囲の木がきれいになぎ倒され、ポッカリとした空間が出来上がっていた。
コクピットのモニターに警告が出る。
『バーニアがオーバーヒートしてる・・・』
ケルベロスの爪が迫る。
その動きにはバーニアを使った回避しか間に合わない。報瀬はバーニアのクールタイムを取ることが出来ずにいた。
「報瀬さん、背中が発熱してます」
報瀬の機体のバックパックの色の異常に気付いた水瀬が無線を送った。
「分かってる」
「リミッター解除してるから無理は効くけど、無理しないで」
大森もオーバーヒートには気付いていたが、だからと言って止めることは出来なかった。
「仕掛ける。チャージして!」
「りょーかい」
「はい」
市ノ瀬と水瀬はコネクターをレールガンに繋ぎ、チャージを開始した。
「水瀬さん、チャージが終わったらバッテリー外して。もし移動するようなことになったら、僕が持つ」
「はい」
ケルベロスが報瀬に殴りかかる。報瀬はケルベロスが作ったこの開けた空間を戦場にすべく、その中で回避を繰り返した。
バーニアの閃光が交差するように何度も伸びた。
攻撃と回避が絶妙のタイミングで繰り返される。
イレギュラーな動きさえもお互いが息を合わせているようで、それはまるで相手の動きを知り尽くしたモノが、ステージの上で踊っているようだった。
バックパックがさらに発熱し、色が白く変わり光を放ち出した。コクピット内にアラームが鳴り響く。
『出力が落ちている・・・』
それでも、休めることは出来なかった。
チャージまでの時間がとても長く感じる。
ケルベロスは再び尾を振り回した。木や岩が飛び落ちり、土煙が視界を塞ぐ。
それでも報瀬は確実にケルベロスを捉え、バーニアの使用を最小限に抑えその攻撃を回避した。
「チャージ完了」
「撃てます」
水瀬は背中のスロットからバッテリーを落とした。
「行くよ!」
報瀬は2機の方向をもう一度確認すると、やや左から回り込むようにケルベロスの足元に向け機体を滑らせた。
報瀬の攻撃を警戒したケルベロスは右腕を振り上げながらバックステップで距離を取ると、そのまま報瀬に向けて腕を振り下ろした。
ケルベロスの動きを予測したように報瀬が回避すると、土を吹き飛ばしながら爪が地面に突き刺さった。すかさず報瀬はその腕を足場にし、上へと大きくジャンプした。そしてバーニアを最大出力で吹かす。
コクピットの全周囲モニターにケルベロスの顔が大きく映った。
確実にケルベロスと目が合った。
バーニアを伸ばし飛び上がる報瀬の機体に合わせてケルベロスが立ち上がった。そして口を大きく開けると報瀬の機体に向けた。
「このまま、ケルベロスを飛び越える」
その時、ケルベロスの首が伸びた。
「慧ちゃん!」
「了解です」
二人のエイムマーカーがケルベロスの伸びた頚に重なった。
トリガーを引く。
レールガンがプラズマを放ち、周囲への放電が始まった。
バシッ・・・
報瀬の機体が衝撃でバランスを崩し、上昇が止まった。
バックパックが発熱に耐えきれず爆発したのだった。
そして、スローモーションのような動きで報瀬の機体が降下を始めた。
その機体の動きに合わすようにケルベロスの口が大きく開く。
「間に合って!」
弾体が弾き出された。しかし同時に、ケルベロスは落ちる報瀬の機体の両足をくわえ込んでいた。
その直後、市ノ瀬の放った弾体がケルベロスの頚に当たり、さらに水瀬の特殊弾体が同じ位置を貫通した。
ケルベロスは頚に大きく開いた穴から大量の紫色の煙を吹き出しながら、報瀬をくわえたまま大きくのけぞった。
ケルベロスの口に引っ張られるように報瀬の機体が高く上がる。
その高さは軽く100メートルを超えていた。
その最も高く上がった位置から、ケルベロスはのけぞった反動を使い報瀬の機体を地面に叩きつけた。
岩が砕け飛び散り、仰向けの状態で地面にめり込む機体。腰のフレームが大きく曲がり、神経と筋肉がちぎれ、裂けた皮膚から還流液が噴き出した。
コクピットの衝撃吸収アームはその限界を超え、報瀬の座るシートごと全周囲モニターの後部に激突した。
報瀬の体は凄まじい力でシート背面に押しつけられ、臓器が潰れ骨の砕ける音がコクピット内に響いた。
さらに衝撃吸収アームは振り子のように跳ね返ると、今度は全周囲モニターの前面にシートをめり込ませた。
シートベルトで固定された報瀬の体の四肢の関節は、その可動範囲を無視したように折れ曲がった。
モニターに刺さるようにぶつかったヘルメットからは粉々になったバイザーの破片が飛び散り、吐き出した血液とともに報瀬の顔に降りかかった。
衝撃吸収アームの跳ね返りを繰り返すシートで、報瀬の体はシートベルトに固定されたまま意思を持たない人形のように何度も踊っていた。
「まだ、やれる!」
報瀬は使い物にならなくなった自分の体を捨てた。
そして、0番機に入った。
しかし、機体の下半身は動かない。
大きくひび割れ途切れ途切れの映像になった全周囲モニターには、勝ち誇ったように0番機を見下ろすケルベロスが映っていた。
「腕は使える・・・」
報瀬はライフルをケルベロスに向けトリガーを引いた。
0番機の腕が動いたことで報瀬が無事だと判断した市ノ瀬は、冷静にすぐに次の行動を起こした。
「慧ちゃん、チャージ!」
市ノ瀬と水瀬が2発目を撃つためにチャージを始めた。
梅原は背負ったバッテリーを落とすと、報瀬に向けて機体を大きくジャンプさせた。
ライフルで抵抗する報瀬の機体に向け、ケルベロスは頚から大きく煙を噴出させながらも右腕を振り上げた。
報瀬はケルベロスの頚の傷に向けてライフルを撃ち続ける。弾倉を交換しさらに撃つ。しかし、ケルベロスにはもはやなんの意味もなかった。
「早く!」
チャージの終了を待つ市ノ瀬の焦る声が聞こえた。
ケルベロスの頚から噴き出す煙の量が徐々に減ってきた。
「あと少しで、動きが止まる」
水瀬が祈った。
今まさにケルベロスの右腕が振り下ろされようとしていた。それは0番機のコクピットを確実に狙っていた。
その時、報瀬の視野に突進してくる梅原の機体が映った。
「だめ、来るな!」
梅原が体当たりをすると感じた報瀬は、咄嗟にライフルを梅原に向けるとトリガーを引いた。
放たれた銃弾は梅原の機体の膝に当たり両足を吹き飛ばした。バランスを崩した1番機は地面を転がり、体当たりのタイミングを逃した。
「どうして!」
一瞬、報瀬の唇が浮かんだ。
自分の行動を拒絶された梅原は、目の前のモニターに拳を叩きつけた。
振り下ろされたケルベロスの大きな爪が、力無くゆっくりと0番機に迫る。
市ノ瀬と水瀬にチャージ完了の表示が出る。
二人は表示と同時にトリガーを引いた。
「うそ・・・」
3人の動きが止まった。
その時巨大な爪が報瀬のコクピットを直撃していた。
すでにケルベロスの頚から噴き出す煙はなくなっていた。
薄れていくケルベロスの腕をふたつの弾体が通り抜けて行った。
コクピットに深く突き刺さったケルベロスの爪は、体が霧になっても最後まで実体を残していた。
それもやがて霧となった。
爪が消えたコクピットからは火花が飛び、還流液が吹き出した。いくつも破裂音が響く。
やがて、もう抑えきれなくなったようにコクピットから閃光が伸びた。
その閃光は一気に周囲に広がる。
ああ、君か・・・
あたしが最初にぶつけた怒りが、ここまで君たちの中を伝わって来てしまったんだね・・・
ごめんね・・・
でも、もう、これで許してくれないかな・・・
コクピットの中のあたしも消えたし・・・
体もなくなったよ・・・
そうだ、一緒に怒りをぶつけたあの人ももういない・・・
世界が変わるからね・・・
もう、いいよね
だから・・・
君は君の本来の場所に戻ろうよ・・・
もう君が排除しなくてはいけないものは何もないのだから・・・
眩しい光の中で、0番機が一瞬のけぞった。その直後大きな爆発が起こった。
動力源の誘爆だった。
爆発の衝撃波は爆風とともに周囲に広がり、霧となったケルベロスを完全に消し去った。
吹き飛ばされた土砂は、倒れ込んだ梅原の機体を覆い隠した。
巻き上がった砂塵は、動きを止めた市ノ瀬と水瀬の機体の装甲に音を立てて降りかかった。
赤黒い巨大な煙が空に上がった。
0番機の爆発。それは3人のパイロットにとって、とても衝撃的な光景だった。
「報瀬さん、大丈夫だよね。体が消えただけだよね。大丈夫だよね・・・」
梅原も市ノ瀬も水瀬も、コクピットの中で呆然としながら誰にでもなく同じことを繰り返し呟いていた。




