異常
バイオエレクトロニクス研究所
作戦当日。
空気が澄んできた秋の朝に、いつものように陽が登る。
太陽から伸びる光は、所長室から見えるサクラの木の葉を優しく照らしていた。
葉は徐々に色を変え始めており、吹く風によって様々な色を反射させた。
すると、十分な秋の色に変化した1枚の葉が、風とともに枝を離れていった。
午前9時。
培養室のある地下2階フロアに、突然アラームが鳴り響いた。
研究所スタッフが廊下を走り、培養室隣の制御室へ駆け込んだ。
アラームは、報瀬のコクピットの異常を示すものだった。
端末に送られて来た警報で異常を知った速水も慌てた表情ですぐにやって来た。
「酸素飽和度の急激な低下です。80を切っています」
速水に気付いたスタッフが、すぐに異常箇所を告げた。
「制御をオートからマニュアルに変更。酸素20%追加。循環量30%アップして」
「はい。酸素20、循環30」
速水の指示にスタッフが復唱し、すぐに操作を始めた。
「原因は?」
「まだわかりません」
速水は制御装置の中央の席に座ると、自らも原因を探るためにキーパネルを叩き始めた。
「どうだ?」
後ろで野嶋の声がした。少し息が荒い。野嶋も慌ててやって来たのだろう。
「飽和度の低下ですが、原因はまだ不明です」
「酸素飽和度上がりません。さらに低下」
「酸素さらに50%追加。栄養パックの点滴30%増量。循環50%アップ。細胞安定剤の微量点滴、50マイクロ」
この時点で酸素飽和度は、75を示していた。
このまま低下が続けば、コクピット内の報瀬の脳細胞は壊死が始まってしまう。
制御室にタッチパネルを叩く音が響く。
スタッフ全員が必死にその原因を探っていた。
独立遊撃部隊本部
4機のNCBMを乗せた輸送機は滑走路に向けタキシングを始めていた。
その時、輸送機のコクピットで各パイロットの状況を確認している上田に緊急通信が入った。普段は滅多に無いバイオエレクトロニクス研究所からだった。
「上田です」
『速水です。報瀬のコクピットに異常発生。緊急で報瀬につないで』
速水のいつになく慌てている様子に、上田は大きな胸騒ぎを感じた。
「報瀬さん、速水先輩から緊急通信」
上田はすぐに報瀬へと個別回線をつないだ。
0番機コクピット
「報瀬です。どうしたの?」
『あなたのコクピットで異常が発生。酸素飽和度が急速に低下している。緊急処置を行なって原因を探っているんだけど、まだわからない。このままじゃ細胞が壊死してしまう』
「そうなんだ・・・」
速水の慌てている様子に反して報瀬は冷静だった。
『このまま酸素飽和度が低下するようなら、強制スリープをかける。そうなれば報瀬も動けなくなるから、0番機は動かさないで』
「そんなこと出来ないよ。もう輸送機が離陸するから」
『こっちは今手いっぱいだから、ゆっくり話すことができない。とにかく作戦から0番機を外すように古川さんに伝えて』
速水の声の後ろで、スタッフの慌ただしい声が聞こえる。酸素飽和度は下がり続けている様子だった。
『0番機から降りてね』
そこで速水は回線を切った。
回線が終了したことを確認して、上田がすぐに報瀬に回線を繋いだ。
『大丈夫? あくまでもこちらのペースで作戦を行えるから、コクピットが落ち着くまで一旦中止してもらおうか』
『報瀬君と特殊弾体を持った0番機がこの作戦の要だ。今なら中止も可能だ』
古川も個別回線を使用して小声で話した。
「やれます。問題ありません。ただし、コクピットが異常なことは他のみんなには言わないでください」
報瀬はすでにヘルメットをかぶりバイザーを下げていた。ヘルメット内の声は横で機体のチェックをしている大森には聞こえなかった。
機体が一瞬揺れた。
輸送機が滑走路を離れた振動だった。
そのまま入笠山へと進路を取る。
そして、その後を軍の大型輸送機が続けて離陸した。




