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ケルベロスの追うモノ


独立遊撃部隊本部 訓練場を見渡せるバルコニー


 夜、報告書を書くことに飽きた報瀬は、いつものようにバルコニーでひんやりとする風に当たりながら星空を見ていた。

 「やっぱりいた・・・」

 声がして振り返ると市ノ瀬だった。

 「報瀬さんの部屋に行ったら返事がなかったので、ここにいるかなと思って」

 「あたしの行動は読まれているってことか」

 そう言って笑う報瀬の横で、市ノ瀬も手すりにつかまると空を見上げた。

 「今日もいっぱい星が見えますね」

 市ノ瀬は星空に向かって大きく体をのけぞらせた。

 「あたしに何か用だったの?」

 市ノ瀬はゆっくりとのけぞらせた体を元に戻すと、ちょっと恥ずかしそうに視線を下げた。

 「あの・・・、梅原君がちょっとだけ前よりも話してくれることが多くなったような気がして、向こうで何かあったのかなって思って」

 報瀬はそんなことに気づく市ノ瀬は本当に梅原のことをよくみているんだな、と感じた。

 「ああ、向こうで説教してやったんだ」

 「説教?」

 「そう。梅原君てさ、他人に気を遣ってか、自分を抑えてるようなとこがあるでしょ。だから、もっと自分を出せ、って言ってやったの。特に市ノ瀬さんにはね」

 そう言って報瀬は市ノ瀬に笑顔を向けた。

 「そうだったんですか・・・」

 俯き加減の市ノ瀬の顔はちょっと嬉しそうだった。

 そんな市ノ瀬の表情を見て、報瀬はおまじないのことがバレたら大変だと思った。梅原のことだから何も気にせずぽろっと言ってしまいそうだ。

 『しっかりと釘を刺しておかなくては・・・』

 報瀬はすぐにでも梅原に言いに行きたかった。

 「あ、そうだ。報瀬さんって料理が上手ですよね」

 市ノ瀬がはにかむような表情を報瀬に向けた。

 「上手ってほどじゃないよ。今でも香織ねえさんに教えてもらうことがあるし、まぁ、とうさんが食べられるくらいの普通の料理が出来るって感じかな」

 「あの、今度教えてもらえませんか?」

 「あたしでいいの」

 「お願いします」

 市ノ瀬はペコリと頭を下げた。

 「わかった。今度の作戦が終わったら教えてあげる。まずは何がいい?」

 「あ、まずは、おにぎりを・・・」

 「は?」

 報瀬の驚くような声に、市ノ瀬は口をぐっと閉じ俯いてしまった。

 「あ、ごめん。いいよ、まずはおにぎりから作ってみよう」

 「はい」

 市ノ瀬はすぐに嬉しそうな表情を報瀬に向けると、おやすみなさい、と頭を下げバルコニーを出て行った。

 「おにぎり、か・・・」

 一人になった報瀬は、報告書がまた途中だったことを思い出した。

 報告書には、あの空間での自分の行動をそのまま記せばよかった。しかしその中で、自分が感じたことをどこまで書いたらいいのか、判断に困っていた。



 空間の中で、ケルベロスはあたしに気付いた

 あたしの何に気付いたのだろう

 ケルベロスの記憶

 それは、かなり初期の記憶

 それは怒りに結びついたもの

 それがずっと受け継がれてきていたのだろうか

 怒りの記憶

 NCBMとの記憶

 怒りとNCBM

 それは不快なモノ

 ケルベロスの目的は、その不快なモノを排除すること・・・



 「あ、報瀬さん」

 突然声がして、報瀬は考えをやめた。

 振り向くと、電球を持った梅原の姿があった。

 「どうしたの?」

 「あ、市ノ瀬さんの部屋の電球を替えてたんですけど、途中でいなくなっちゃったんです」

 「なんだ。さっきまでここにいたよ」

 「えー」

 梅原はどうしてすれ違わなかったのだろう、と不思議な顔をしながら周りを見渡した。

 「きっと、もう部屋に戻ってるよ」

 「そうですね」

 「さて、あたしも戻ろうかな。報告書書かなきゃ」

 「報告書って、あの空間に入った時のですか?」

 「そう。報告書が出来たら梅原君も目を通して」

 「はい」

 「じゃぁね」

 「あの・・・」

 バルコニーを出ようとしていた報瀬を止めるように梅原が声をかけた。

 「何?」

 「あの空間を出る直前に、ケルベロスは僕の機体を狙っていましたよね」

 「そうだね」

 「すぐ横には報瀬さんの機体もあったのに・・・。つまり、僕の機体を狙ったということは、NCBMではなくその中の僕かもしくは報瀬さんを狙ったってことじゃないでしょうか」

 ヘンなことに気付くんだよな、梅原君は・・・。報瀬は梅原の観察力に呆れつつも感心した。

 「で、どっちだと思う?」

 「それなんですよね」

 梅原はそう言うと、腕を組んで考え込んだ。

 「今のケルベロスがNCBMではなくパイロットを狙っていると考えると、市ノ瀬さんの機体と出くわしたケルベロスはその途端に逃げたって聞きましたから、市ノ瀬さんは除外出来るんですけどね・・・」

 市ノ瀬に対する梅原の考えは的を得ていた。しかし、残る二人のどちらを狙ったかを考えるには、梅原にとって情報が少なすぎるだろうな、と報瀬は思った。

 「答え、教えてあげようか」

 報瀬は考え込む梅原の顔を覗き込むように言った。

 「え、わかるんですか?」

 「うん。ケルベロスの最終目標は、あたし。多分ね」

 梅原は少し驚きながらも、その答えを否定できなかった。自分自身がケルベロスの最終目標になる理由が思い浮かばなかったからだった。

 「ただ、今はまだそんな感じがするだけだから。もっとはっきりしたら、みんなにも話すよ」

 報瀬はそのままバルコニーを出ようとした。

 「ああ。重要なこと忘れてた」

 報瀬は急に振り返ると、周りを見渡した後梅原の耳元に口を寄せた。

 「この間のおまじないのことは絶対に口外禁止だからね」

 そう言って、笑いながら小走りにバルコニーを出て行った。

 梅原は報瀬の後ろ姿を追いながら、あの時の唇の感触とともに報瀬がケルベロスの最終目標になり得る理由を考えていた。

 


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