出番
NCBM部隊指揮管制機
「ケルベロス、レーダーで捕捉。まもなく目視可能」
和歌山上空の10機のNCBM輸送機は海岸線に出ようとしていた。
「1から4番は徳島へ向かっているケルベロスを叩け。指揮は田沼中尉に任せる。5、6番は海岸線で着陸後、NCBMを展開させ待機。7から10番は海上のケルベロスを発見次第、上空より狙撃を行う」
輸送機群の先を行く指揮管制機からNCBM部隊総司令笹村信幸少佐が指示を出した。
しばらくして、ゆっくりと和歌山の海岸へと向かうケルベロスの群れが確認できた。わずかな波を立てるだけでスムーズに泳ぐケルベロスは、海での行動に慣れているようにも見えた。
「海上のケルベロスはどのような攻撃をしてくるか不明だ。注意を怠るな。7から10番、狙撃態勢に入れ」
笹村の命令が飛んだ。
滋賀県山間部 NCBM独立遊撃部隊本部
独立遊撃部隊の狭いブリーフィングルームには、正面の壁に大きなモニター、その左右に作戦伝達者用の椅子、そしてそれらに向かい合うように隊員用の椅子が配置されている。
その部屋に、独立遊撃部隊隊長古川徹大尉、指揮輸送機パイロット遠藤稔少佐、指揮オペレーター上田李依、そして先ほど到着したばかりの整備主任大森久実子、0番機パイロット野嶋報瀬が揃って着席していた。
「それでは現在の状況の確認を行う」
モニター横に座る古川が話を始めたところで、報瀬が首を伸ばすように周囲を見渡した。
「あれ。梅原君たちは来ていないんですか?」
「ああ、高校生は学業優先」
上田がすぐに答えると。
「一応緊急招集がかかったが、今の状況では我々が出ることはまずないだろうからな」
軍のNCBM部隊の機動性が上がったことを知っている古川は、落ち着いた様子で言った。
「では、あたしから現在の状況の説明をします。先ほど政府は緊急事態宣言を発令し、中部以西での太平洋側海岸線への進入を禁止しました。で、本題です」
上田は正面の大型モニターにドローンからの記録映像を流した。
「これはケルベロス発見直後のものです」
上空からの引きの映像は、濃紺の海面に無数に浮かぶケルベロスの頭部を映していた。その中央に転覆した漁船の一部が見えた。
「かなりの数だな」
遠藤が驚くように言った。
「レーダー上のカウントで1200ほどだそうです。そのうち、約800は和歌山に上陸するコースを、残りは徳島に向かっています」
上田は映像を切り替えた。
「これはNCBM部隊からのリアルタイム映像です」
モニターにはいくつかに分割された映像が映った。それは笹村の乗る指揮管制機の数台のカメラからのものだった。
輸送機の左右の開いたゲートから、NCBMが海上のケルベロスを狙撃していた。
ケルベロスはかなりのスピードで移動しているものの、ライフルの銃弾を避け得る速度には到底及ばなかった。
ケルベロスは海の中で何も抵抗することなくライフルの弾を受け消滅していった。
「泳ぐのは上手そうだけど、海上からの反撃はできないってことですか」
モニターを見つめる報瀬が言った。
「これなら、本当にあたしたちは必要なさそうですね」
上田がほっとした表情を見せた。そして、モニターの一部に索敵マーカーの映像を加えた。時間と共に確実にケルベロスのマーカーは減っていった。
軍のNCBM部隊の能力の上昇を除外しても、明らかにケルベロスは弱かった。
「なんのために出てきたんでしょうね。在庫処分でもないだろうし・・・」
報瀬の問いの答えは誰にも見つからず、皆がモニターをただ見つめていた。
何の抵抗もできないケルベロスは撃たれ続けた。
次々とマーカーの表示が減ってゆく。
これなら、予定通りみんなで海に行けるかな・・・。残りが半分ほどになったマーカーを見ながら、報瀬はそんなことを思っていた。
神奈川県 市ノ瀬育海自宅
正午前に発令された緊急事態宣言を受け、高校から自宅に戻った市ノ瀬育海は落ち着かない様子だった。
何度も携帯端末を見る。しかし、なにも変化はない。
キッチンで育海のために昼ごはんを用意している母親の信子に聞いてみる。
「お母さん、何かあたしへの連絡忘れてない?」
「忘れてない」
キャベツを切る信子はあっさりと答えた。
「ケルベロスが出たっていうのに、どうして緊急招集がかからないの!」
育海は誰になく怒りをぶつけた。
「今は報瀬さんだっているんでしょ。あなたがいなくてもいいんじゃないの? また心配するのは嫌だから、ここにいてくれた方がおかあさんは安心だよ」
母親の言葉になにも言い返せない市ノ瀬は、キッチンを離れ2階の自分の部屋へ行くと、端末に梅原賢太郎の連絡先を表示させた。
「まさか、報瀬さんと一緒に招集されてるってことはないよね・・・」
回線を開く。呼び出し音が聞こえる。
少しして、梅原が出た。
「あ、市ノ瀬です。梅原君、今どこ?」
『今、寮に戻ったとこ』
とりあえず梅原が寮にいることに市ノ瀬はほっとした。
『なんだか、また出たみたいだね』
梅原は落ち着いた様子で言った。
「そう、それ! 梅原君は呼び出しかかった?」
『どこから?』
「速水さんとか、上田さんとかから」
『なにもないけど・・・』
「ケルベロスが出たのに、どうしてあたしたちにお呼びがかからないのかな」
『さぁ・・・。だったら水瀬さんは?』
「そっか、慧ちゃんにも聞いてみよう。このまま呼んでみるね」
市ノ瀬は梅原との回線が繋がったまま水瀬慧を呼び出した。
『はい。水瀬です』
1回の呼び出し音で水瀬はすぐに出た。
「市ノ瀬です。今なにしてる?」
市ノ瀬はまた唐突に聞いた。
『今ですね。え~と、緊急事態宣言が出たので、コンビニで好きなお菓子を買い占めて家に帰るところです』
「ってことは、慧ちゃんも速水さんとかから呼び出しかかってないってこと」
『ああ、ケルベロスのことですか? 呼び出しなんてないですよ』
「あたしたちを呼ばないなんて、どうしてだと思う?」
『え~、まだ必要ないからなんじゃないですか。梅原君には聞きました?』
「うん、今一緒に繋がってる」
『こんにちは、水瀬さん。僕のとこも呼び出しなんてないよ』
『梅原君お久しぶりです。そうですよね、あたしたちは最後の砦ですから』
水瀬はそう言って、あははと笑った。
「そっか、そーいうことか・・・」
市ノ瀬は水瀬の言葉に少し納得した様子だった。
そして、その日の陽が落ちる遥か前、ケルベロスの殲滅とともに作戦終了の報告が独立遊撃部隊本部に入った。
結局、独立遊撃部隊の出番はなかった。
統合本部は、ケルベロスが現れた海域で水中ドローンを使って探査を行なったが、巣穴などのケルベロスが出現した痕跡は何も発見できなかった。




