~報瀬編2~ 創造
2087年5月23日 バイオエレクトロニクス研究所 地下2階無菌培養実験フロア
新設されたクラス9のクリーンルームには、周囲の壁を覆うように組織培養に関する機器が置かれていた。これらはNCBMの各パーツを培養するものと同じだった。しかし、部屋の中央には人がすっぽりと入る大きさのインキュベーターがあり、それが従来のNCBMものとは大きく異なっていた。
クリーンルーム横の制御室では数名のスタッフが機械の最終確認をしていた。
「NCBMの培養って全て自動なんですね」
作業中のスタッフの中央の席で、培養プログラムの確認をしている速水が横に立つ野嶋に言った。
「まぁ、プログラムが動き出せば、人がやることはひとつもないからな。しかし、やり始めた頃は大変だったろうな」
「これも水瀬先生の功績ですね」
「そうだな」
「インキュベーターの確認、終了しました」
「培養液の循環ライン、問題ありません」
「緊急時のサブ電源、確認終了しました」
「システムのバックアップ、問題ありません」
スタッフが次々と最終確認の終了を告げた。
「培養プログラムも問題ありません」
速水も確認を終えた。
「それでは、データの入力を」
野嶋の声に速水が頷くと、緊張した表情で3つのメモリーチップをポートに差し込んだ。
メモリーチップには培養に必要な報瀬のゲノムが入っていた。しかし、それだけでは遺伝子がただ同じなだけの体しかできない。皆の記憶にある報瀬の体になるには、それには含まれない後天的な情報が必要である。水瀬の残した報瀬のカルテにはそれが詳細に残されていた。
ここで最も重要なことは、そのデータをひとつの間違いもなく培養プログラムに入力することだった。
もしもデータの入力に間違いがあれば、全く別の報瀬になってしまう可能性がある。そのため、データの入力間違いを避けるために速水、山内、そして上田がそれぞれにその膨大なデータの入力を行なっていたのだった。
3人の入力したデータは間違いがなければ全く同じもののはずである。データを照らし合わせた時、もしも間違いがあれば容易に確認できると考えた。
データの照会が始まった。
しばらくして、『エラー 0』と表示された。
速水の緊張が解けた。
プログラムに入力開始の指示を出す。
読み込みが始まった。
速水は報瀬のデータの入力に何度も確認しながら行なったために数日かかっていた。しかし、読み込みはほんの数分で終了した。
速水は野嶋を見た。
野嶋は頷いた。
「それでは、培養を開始します」
速水はタッチパネル上のスイッチに触れた。
すぐにプログラム開始の表示が現れた。あとは全て自動で行われる。ひと月ほどで人の体が出来上がるのだ。
こんなただスイッチを押すだけの簡単な行為で人が造れるなんて・・・。
速水は何とも不思議な思いを感じていた。
それは野嶋も、そしてその場にいるスタッフ全員が感じていた。
「それでは、あとはよろしくお願いします」
そう言ってスタッフ全員が制御室を出て行った。
野嶋は培養が開始されたら、それが完了するまで制御室とクリーンルームへの入室制限を行うとしていた。
これ以降、制御室の入室は生体認証によって野嶋と速水のみとなる。
「クリーンルームは頼んだよ」
「え?」
クリーンルームには当然野嶋も入室するものだと思っていた速水が驚いた声を出した。
「まぁ、いくら親とはいえ、晒し者になるのは嫌だろうからな」
速水はすぐに野嶋の気持ちを察した。
「分かりました」
二人はモニターに表示される培養の進行状況を見た。
そこには、まだ0%の表示しかなかった。




