活動限界
バイオエレクトロニクス研究所 会議室
「映像から、ケルベロスは異空間に飛び込んでいるように見えます。おそらく、逃げ込んだのではないかと。そして、それに引かれて2機のNCBMも入ってしまったのではないかと思われます」
会議用のモニターに映る篠原は、各自の前にある小型モニターに流れるドローンからの映像に説明を加えた。
「その異空間は全くどんなものかわからないのだな」
モニターの大川が聞いた。
それに答えたのは速水だった。
「未来、もしくは高次元の世界では簡単に説明がつくものかもしれませんが、残念ながらわたしたちの世界からではどんなものなのか全く判断がつきません。ただ、ケルベロスが存在できるということは、現時点では二人のNCBMも普通に活動できている可能性が高いのではないかと思います」
「現時点?」
速水の説明にすぐ大川が聞き返した。
「NCBMの活動の元となっている栄養パックは、高濃縮のものになっていますので、以前と比べれば活動限界は長いのですが、それでも48時間が限度です。活動開始からすでに30時間ほど経過しているのと、異空間に入る前の激しい戦闘での消費を考えるとすでに限界に達していると思われます」
「活動限界がきたら、コクピットの中はどうなる?」
さらに大川が聞いた。
「活動限界を超えた後の機体は動かなくなりますが、予備電源によってコクピットは待機モードとなります。これによってパイロットのための最低限の機能が12時間ほど維持されます。そのあとは・・・、その空間が人が生きていける場所かによります」
一見冷静に見える速水だったが、最後の声は少し震えていた。
「報瀬君は、なんて言っているんです?」
当然、報瀬は研究所のコクピットにいる。ならば状況がわかるはずだと思った篠原が、野嶋に問いかけた。
野嶋は少し考えたあと話し始めた。
「報瀬とは、全く話ができません。これはわたしの感覚的なものなのですが・・・、今は少なくともコクピットにはいないと思います」
モニターの大川も篠原もそして古川も、野嶋の言っている意味がわからなかった。
全員が報瀬の事情は知っていた。だからこそ、『コクピットにはいない』の意味が理解できなかった。
「報瀬がコクピットにいるのなら、たとえ体が向こうに行っていたとしても意思の疎通ができるはずです。だからこそ、機体だけを使って異空間に入り込む作戦を考えたのです。しかし、実際にはあいつはコクピットにはいなかった・・・」
野嶋は何度考えても説明がつかない答えを話すべきか迷ったが、やはり説明がつかなくてもそれが最もわかりやすいことだと話を続けた。
「・・・あくまでも想像ですが、体と一緒に異空間へ行ったのではないかと考えています」
「そんなことが起こりうるのか」
大川が問い詰めるように言った。
「意識は肉体から生まれます。報瀬の意識は、コクピットではなく体を求めたのかもしれません。あいつの脳はコクピットに収まるまでに複雑な過程を経ています。我々の想像もつかないことが起こっていても不思議ではありません」
全員が報瀬の姿を思い浮かべていた。確かにあの体には、そのまま意識が宿っているように思えた。
「だとすると、この世界のように2機で今もケルベロスを追っている可能性もあるのか・・・」
大川の言ったことに全員がその可能性を思った。そして、あのふたりなら本当にケルベロスを倒せるのではないか、とも。
「しかし、重要なのはそこではありません!」
突然声を出したのは古川だった。
「たとえ二人がケルベロスを倒してくれたとしても、この世界に戻る方法はあるのでしょうか。わたしには考えも及びません。何か方法があれば、教えてください」
ずっと焦る気持ちを抑えていた古川が、懇願するように言った。
古川に、活動限界が近づく機体でケルベロスと戦っている二人の姿が浮かんだ。
ケルベロスを倒し、ほっとするふたり。
しかし、元の世界に戻る方法がなく絶望するふたり。
そんな光景が、古川の頭で何度も何度も繰り返された。
古川は、その繰り返される光景を止めてくれる答えが出てくるのを待った。
しかし、誰からもその答えが出ることはなかった。
古川は意を決し、自分の考えを話し始めた。
「栄養パックや食料など、必要な物資を積んだ小型多用途支援機を使って自分がその空間に入ります。その間に、脱出する方法を見つけてください。ケルベロスが何度も異空間から出てきたことを考えると、必ずそこから出る方法は存在するはずです。空間の中でも3人でそれを探します。我々は独立遊撃部隊です。すぐにでも動けます。野嶋所長、許可を」
野嶋は目を閉じ考えていた。
その時、モニターの篠原が急に動いた。どうやら自分の携帯端末に呼び出しがかかった様子だった。
端末に出た篠原の表情が曇った。
そしてそのままの表情をカメラに向けた。
「トレースして追っていた穴が、突然消失したようです・・・」




