フレームナンバー 2
バイオエレクトロニクス研究所 地下2階培養室
厳重な管理下に置かれた培養室には、NCBMのコクピット部分だけが置かれている。
そのフレームには『2』と刻印があった。
コクピットにはいくつものチューブやコードが接続され、その生体組織を維持していた。つまりコクピットは生きているのだ。
コクピットのシートには野嶋が座っている。そして外から覗き込むように速水が野嶋の様子を見ていた。
「ダメだな。全く答えてくれない」
「循環も栄養も問題ないので、強制的にスリープモードに入っているとも考えにくいのですが」
「もう一度、コクピットの環境を確認してもらえるか」
「はい」
速水は端末タブレットのケーブルをコクピットのコネクターに差し込むと、再びコクピットの状態を確認し始めた。
「・・・ハードに関するエラーはありません。あ、でも・・・」
速水は端末を操作して、さらに詳しく確認を行なった。
「酸素消費量。栄養パックの消費量。循環量。すべて安静時のものですね」
「やはり眠っているのだろうか」
「もしも向こうの世界で戦闘中とかであれば、脳の活動量だって増えるはずですから安静時の消費量ってことは考えられません・・・」
「逆に、体が動かないような状況でも、ここでは何か反応があるはずだしな」
たとえ報瀬の体がどうなろうと、報瀬の脳はコクピットにある。なぜ、そのコクピットが反応しないのか、二人には全くわからなかった。
「あれ?」
端末を見る速水は、何かに気づいたようだった。
「これ見てください」
速水は端末を野嶋に見せた。野嶋の表情が驚くものに変わった。
「これはいつからだ?」
速水が端末を操作する。
「もう、数ヶ月前から・・・」
端末タブレットの画面には、酸素、栄養パックなどのコクピットでの使用量が時間毎のグラフで表示されていた。
コクピットの脳の活動によってその消費量は刻々と変化するはずである。しかし、少なくとも数ヶ月前からそのグラフは変化を見せず、安静時に必要な最低レベルを維持していた。
「酸素も栄養パックもエラーがなければそのまま自動で供給されるので、このような安定した状態の警告は想定していませんでした」
「この間には、いくつかの戦闘もあったはずだ。それなのに安静時の消費量とは考えられん」
「過去に遡って、記録を確認してみます」
「いったい、どうなっているのだ・・・」
野嶋は考え込むように目を閉じた。それは、心の中で報瀬に話しかけているようにも見えた。
速水は、精査のためにコクピットのデータのコピーを始めた。
少しして、野嶋が諦めたように目を開けた。
「やはり全く反応がない。しんとして、まるでここにはいないみたいだ」
「ここに、いない・・・」
速水は野嶋のその言葉が頭に引っ掛かった。
そしてハッとして動きを止めた。
「どうした?」
速水の変化に気づいた野嶋が声をかけた。
「どうして、気づかなかったんだろう。どうしてあの時・・・」
速水は動きを止めたまま、遠くを見つめるように何かを思い出し考えていた。
少しして、ゆっくりと野嶋に視線を向けた。
「報瀬ちゃんの姿があまりに当たり前になっていたので、重大なことに気付きませんでした」
速水の声は少し震えていた。
「重大なこと?」
「イータ波の逆探知システムの確認をしている時、山内君はこのコクピットではなく報瀬ちゃんの場所を探知していたんです。きっと山内君もわたしと同じだったと思います。あまりに当たり前に報瀬ちゃんがいるので、本来の報瀬ちゃんであるコクピットの存在が全く頭になかったんです」
「このコクピットではなく、報瀬の体からイータ波が出ていたというのか?」
野嶋は驚いた表情で言った。
「そう考えれば、コクピットからの距離が離れていてもなにも問題が起こらなかったことへの説明がつきます。それと・・・」
「それが、コクピットが活動していないことへも繋がるのか」
野嶋は速水の話を遮るように言うと、そのまま考え込んだ。
『こんなことがあり得るのか? いやあり得るはずがない。報瀬は間違いなくコクピットにいる。報瀬の脳細胞はここにあるのだ』
『・・・しかし、言い換えれば、細胞があるだけ・・・、とも言える・・・。細胞だけ・・・・』
野嶋の頭は混乱していた。
落ち着け、落ち着け・・・。野嶋は正しい判断ができるように、そう何度も自分に言い聞かせた。




