記憶
独立遊撃部隊本部 訓練場を見渡せるバルコニー
秋も深まり、陽が沈んだ後の流れる風は少々冷たく感じられた。
風に乗った虫の鳴く声が聞こえる。
報瀬はバルコニーの手すりに背をもたれかかるように座り、携帯端末を手にしていた。会話の相手は速水だった。
『つまり、学生組の結論はこう言うことね。田沼さんの感じた怒りはケルベロスがNCBMに向けたもので、ケルベロスはNCBMに対して怒っている。だから、ケルベロスは知恵を絞って対抗する方法を考え、そしてNCBMを破壊した』
「そうだけど、香織ねえさんはどう思う?」
『まぁ、それなりに筋は通ってると思うけど。報瀬はそうは思わないの?』
「最初はあたしもそう思ったんだけど、よく考えてみるとちょっと違うような気がしてきたんだよね」
『どう違うの?』
「まず、ケルベロスはその怒りをいつ感じ取ったのかってこと。少なくとも今回出てくるよりも前だと思うんだよね」
『そうだね。今回の出現時にはすでに怒りがあったと考えるべきね』
「だとすると、その怒りはケルベロスの間をずっと伝わったことになるけど、怒りって感情だよね。感情って受け継がれるものなのかなぁ。受け継がれるのは記憶だと思うんだけど」
『感情はそれぞれ感じ方の違いがあるから、そのまま受け継ぐってことは無理だろうね。でも、記憶っていろいろなものと結びついたりするから、記憶と一緒になら伝わるかもね』
「そっか、記憶が最初ってことか」
『ケルベロスにとってNCBMは絶えず戦闘の中に存在した。そんなNCBMと感情とを結びつけた記憶が受け継がれたっておかしくないでしょ』
「怒りの他にも、恐怖心や不安もあるかもしれないね。それがNCBMと結びついていたら、NCBMを嫌うはずだ」
報瀬はそこで疑問が浮かんだ。
「今回、軍のNCBMが全てなくなったことで、ケルベロスは満足したのかな? それともあたしたちの機体がなくなるまで、怒りは続くのかな?」
『ずっと受け継がれるくらいの記憶だから、簡単には消えないよ』
「だね。まだ戦闘は続くか・・・」
『あ、そうだ。レールガンは篠原さんがなんとかするって言ってたけど、でも、ほんとにあっちでも機体を動かせそうなの?』
「まぁ、やってみないと分からないけど、そんな気がするんだよね」
『報瀬が言ったことって、全て当たってるものね。予知能力でも獲得したの?』
速水はそこで笑った。
「予知じゃないな。先のことなんて分からないよ。そんなんじゃなくって、なんて言うか、周囲のことが全て自分の手の届く範囲にある・・・、みたいな?」
報瀬も笑った。
「香織ねえさんも、すぐ隣にいるような感じだよ」
そこで速水が笑いを止めたことが報瀬には分かった。
「あはは、冗談だよ」
『報瀬って、何かすごい能力を隠していない?』
速水は報瀬が少しずつ変わってきているような気がしていた。
「えー、そんな隠すようなものはないよ」
『そのうち、神にでもなったりしてね』
「神様ならいいけど、今は差し当たり怪物だね」
『何、それ』
「ケルベロスと戦う女子大生を纏った怪物ってこと」
『ああ、また学生組で何か話したのね』
「そうそう」
報瀬は話がそれたことに安心した。
『近々、作戦の説明があると思うから、その時はよろしくね』
「分かった」
『じゃぁね』
「うん。篠原さんによろしくぅ」
『バーカ』
そこで通信が切れた。
報瀬は通信が切れた後も、手に持った端末を見ていた。
あれから、高井真琴から連絡はなかった。
「この体で、乗っていってもいいんだけどな・・・」
あの時の真琴の言葉。
それが報瀬の中から消えることはなかった。




