穴
独立遊撃部隊本部 ブリーフィングルーム
壁の大型モニターには、長野基地から少し離れた山間部の木々が生茂った景色が映っていた。
それは一見するとごく普通の風景だったが、注意して見るとその中央がややぼやけているように感じられた。
「これがケルベロスのいる異世界に通じる穴なんですか?」
市ノ瀬は、信じられないと言ったような聞き方をした。
「ここからほんの微量なんだけど、絶えず成れの果て物質が出てきてるんだって。だから間違いないだろう、って」
上田は統合軍本部から送られてきた資料を確認しながら説明した。
「入れるんですか?」
今度は梅原が聞いてきた。
「ドローンを突入させたんだけど」
「で、どうなったんですか?」
上田の説明が待ちきれないように市ノ瀬が急かした。
「ロストしました」
「ああ・・・」
市ノ瀬はガッカリのポーズをとった。
「リアルタイムの映像も送られてくるようになってたんだけど、突入直後にドローンは見えなくなり、さらに送られてくる映像も途絶えたと言うことです。つまり電波が届かない」
「それじゃぁ、中の様子は何もわからないし、一旦入ったら出られる保証もないってことですね」
梅原が冷静に言った。
「でも、あたしたちしかいないもんね。まぁ、なんでもありの空間だから・・・」
市ノ瀬はそう言って梅原と報瀬を見た。二人ともじっとモニターを見ていた。
「穴はずっとその場所にあるんですか?」
今度は報瀬が聞いた。
「絶えず移動してるんだけど、今のところは位置をトレースしているので、突然消えたりしない限りは追えると言うことです」
報瀬は何か考えている様子だった。そして口を開く。
「まぁ、中に入ってどうなるかは別として、どうやって生殖雌個体を倒す?」
「巣穴を持たないから、ひょっとしてまた硬いのかな?」
梅原が言うと。
「だったら、またレールガン持ってく? 前回はケルベロスには使わなかったけど、巣を覆う硬い岩はちょっと削れたよね」
すぐに市ノ瀬が答えた。
梅原と市ノ瀬が生殖雌個体の巣に降りた時に、レールガンで巣を覆う構造体をほんの一部だが破壊していた。その時にひび割れて分離した小さな破片を市ノ瀬はペンダントにして宝物にしている。
「でもレールガン、置いてきちゃったよ」
「あ、そうだったね」
「それは軍がやってくれるだろう」
ケルベロスに対抗できるのは独立遊撃部隊しか残っていなかった。これくらいのことは容易く聞いてくれるだろうと古川は思った。
「レールガンってバッテリーが必要だったと思うけど、一人で両方担ぐことってできるの?」
報瀬が梅原と市ノ瀬に聞いた。
「バッテリーを背負って、なおかつおっきなレールガンを持ってだと、移動が大変・・・、だよね」
市ノ瀬がその経験者の水瀬に聞いた。
「はい。素早くは動けないと思います」
「チャージして自然放電するまで3分だっけ?」
「はい」
報瀬の問いに梅原がすぐに答えた。
「担いで行って、ケルベロス発見でチャージして、チャージ後はレールガンだけってことなら・・・」
報瀬が独り言のように呟いた。そして。
「はい。じゃぁ、あたしが行きます!」
報瀬が大きく手を挙げながら言った。
「じゃぁ、あたしも行きます」
「僕も!」
市ノ瀬と梅原がすかさず手を挙げた。
「あなたたちはダメ!」
報瀬が二人を睨みつけるように言った。
「あなたたちは生身の人間なんだから、もしも帰って来れなかったらそれまでなんだよ。あたしはそんなんじゃないから・・・」
「でも、入った途端に動けなくなるってことだってあるんじゃないですか?」
市ノ瀬は報瀬の無接点神経接続が届かなくなることを心配した。
「まぁ、その時はその時で、替えはきくし・・・」
「そんな、物みたいに言わないでください!」
市ノ瀬が俯きながら怒るように言った。
そこでブリーフィングルームは静かになった。
「あ、いやいや、ごめんごめん。言葉足らずだった・・・」
報瀬が申し訳なさそうに話し出した。
「このあたしがコクピットにいなくても機体を動かすことは出来るから・・・。そう言うこと」
「あ、そっか」
市ノ瀬がほっとしたように言った。
ほっとしたのは他のみんなも同じだった。
「そうだな。今の時点ではそれが最もいい方法だな」
古川が言うと、全員がうなずいた。
「レールガンのことも含めて篠原大佐に提案してみる。その結果で詳しい作戦方法はまた後日話し合おう。今日はこれで解散だ」
古川は席を立つと、今の話を報告するために上田と一緒にブリーフィングルームを出て行った。
報瀬も立ち上がると、市ノ瀬に近寄った。
「心配してくれてありがと」
耳元で小さく言った。




