お見舞い
統合軍山梨病院 軍専用病棟
小さな花束と花瓶を抱えた報瀬が病室のドアをノックした。個室のプレートには『田沼』と記されている。
「どうぞ」
すぐに返事があった。
ドアを開け中に入る。
窓からの柔らかい日差しを受けるベッドに田沼が寝ていた。腕には点滴がつながっているが、顔色は良さそうだ。
「どうして君が・・・」
田沼は報瀬が来たことに少し驚いたようだった。
「どうしてって、田沼さんのお見舞いですよ。後片付けとかですぐに来れなくてごめんなさい」
報瀬はナースステーションで借りてきた花瓶に花束を入れると、花のバランスを整えてサイドテーブルの上においた。
「気を使わなくていいのに・・・」
田沼は少々困った顔をした。
「部隊の他の方はもう退院されたんですね」
「他の奴らはみんな若いからな」
田沼はそう言って上体を起こそうとした。
「ああ、気にせず寝ていてください」
「いや、少しでも体を動かさないと鈍ってしまう」
報瀬が体を起こすのを手伝うと、田沼はベッドに胡座をかくように座った。
「田沼さんが元気そうでよかった。相当激しかったですよね。あたしとの戦闘」
「確かに、キツかった。優秀なコクピットのおかげで助かったようなものだ。機体にあれだけの動きをさせたケルベロスもすごいが、それ以上にその相手をした君たちはもっとすごい。ああ、そうだ。第2小隊の浜田も言っていた。独立遊撃部隊のパイロットは化け物か、って。まぁ、これはあいつなりの褒め言葉だ」
報瀬は、『化け物』の単語に苦笑いをした。
「梅原君と市ノ瀬さんに伝えておきますね。第2小隊の隊長さんが褒めてたって」
田沼は笑いながら頷くと、すぐに表情を固くした。
「基地の後片付けは大変だったんだろうな。手間をかけさせてしまった」
「整備やパイロットの人たちが、半ベソで死んでしまった機体を処理してました。悲しいですよね。まぁ、あたしたちがそうしちゃったんですけど」
報瀬は基地内に横たわるNCBMを思い出した。そのほとんどが手足を切られ倒れていた。最終的に還流液のポンプを破壊されていたので、循環の途絶えた生体パーツはすでに死んでいた。
「もう、機体は作れないだろうな・・・」
田沼が寂しそうに言った。
「そうですね。あんなことされたら、今までのシステムでは無理でしょうね」
「次の手は打ってあるのか? もし差し支えなければ教えてくれないか」
「成れの果て物質での測定で、ケルベロスの親玉のいる場所を探すようです」
「そんなことができるのか?」
「ええ、わずかに成れの果て物質が噴き出ているような場所があるみたいなんです。絶えず移動しているので、まだはっきりと特定出来ていないんですけど」
「そうか。それがわかれば、生殖個体をやっと叩けるということか」
「まぁ、残ったのはあたしたちだけなんで、頑張ります」
報瀬はそう言って田沼に笑顔を向けた。
「あ、そうだ・・・」
田沼は思い出したように話し始めた。
「乗っ取られた機体のコクピットの中で君と戦っている時、わたしは怒りを感じた。初めは機体を乗っ取られた自分自身の悔しさから生じる怒りなのかと思ったんだが、今思うと少々違うような気がするのだ」
『怒り』・・・。それは報瀬にとって、いくつも思い当たるところがあった。
「もしも、もしもだが、それがケルベロスから発したものなら、ケルベロスは感情を持っているのだろうか」
田沼の表情は真剣そのものだった。
田沼がコクピットの中で感じたものは、そこまで考えさせるほど強いものだったに違いない。
「軍の人たちには笑われちゃうと思うんですけど、今のケルベロスがいる空間はなんでもありの世界じゃないかってあたしたちは思っているんです」
「なんでもあり・・・」
「最初は当てずっぽうな変異を繰り返していたケルベロスですが、やがて徐々に的を得るようになりました。きっとケルベロス自身が賢くなって、自分で考えていると思うんですよね。そんなことがこんな短時間にできるのは、なんでもありの世界だからこそなんです。だから、もしかすると感情も獲得しているかもしれませんね」
報瀬は笑っていたが、田沼は真剣な表情を変えなかった。
「君たちは・・・、独立遊撃部隊は、とても不思議だな」
「確かに、まともな集団ではないかも・・・」
報瀬は照れるようにまた笑った。
その笑顔は、優しくも力強くもあった。
この子たちなら、また世界を救ってくれるだろう・・・
田沼は笑う報瀬を見て、そう感じていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。しばしの休息後、まだまだ続きます。Kei




