フェイクワン
1番機のコクピットの中で、田沼は想像を絶する機体の動きに必死に堪えていた。どうやら残った3番機の大下はすでに気を失っている様子だった。
「自分の機体が乗っ取られ味方を攻撃することが、こんなにも悔しく情けないことだとは・・・」
なす術もないこの状況の中で、田沼は怒りを感じていた。
この怒りは、当然のことながら田沼自身からのはずだった。しかし、なぜかそれは自分の中から湧き上がっているのではなく、どこからか伝わってきているようにも思えた。
全周囲モニターに大きく報瀬の機体が映る。武器をなくした報瀬に田沼の機体は何度も刀剣を振り下ろしていた。さらに3番機がライフルで追撃を行う。
何か少しでも報瀬に有利になることはできないか、田沼は薄れそうな意識の中で考えた。しかし、機体のコントロールを全て奪われた状態では何も出来ることはなかった。
報瀬君、動力を狙っても構わん・・・、朦朧とした意識の中で、田沼は何度も声なく叫んでいた。
「めちゃくちゃ速い動きになってる。あんな動きじゃ機体がもたないような気もするけど、でもそれを待っていたらあたしが先にやられる・・・」
3番機がリロードするのが見えた。背後からは田沼の機体が刀剣を突き刺す。それを避けるとすぐに3番機はライフルを撃ち始めた。
「5、6、7・・・」
報瀬は攻撃を避けるために細かくジャンプを繰り返しながら、3番機の射撃の数を数えていた。
報瀬が射線を外す方向に田沼が刀剣を向ける。バーニアを使って急旋回をかける。機体が軋む。コクピットのアームが大きく振れて報瀬の目の前に全周囲モニターが大きく迫った。
「20、21・・・」
報瀬は刀剣の攻撃が外れた田沼の機体を蹴飛ばすと、3番機に向けて加速した。
「29、30。届くか・・・」
ライフルの弾倉は30発だった。
すぐに3番機はリロードを始めた。空になった弾倉を捨て、腕のスロットから新しい弾倉を外しライフルに装着する。
そのタイミングで報瀬は3番機に取り付いた。
すかさずライフルを持つ3番機の腕を左手で固定する。
すぐに背後から田沼の機体が刀剣の先を向けながら突進してきた。
「動きが速すぎ」
『・・・3番機の腰だ』
突然、田沼の絞り出すような声が聞こえた。
咄嗟に3番機の背後に回り込む、そこには腰のスロットに嵌め込まれた刀剣があった。
右手で刀剣を剥ぎ取る。
しかし、3番機が体をひねり報瀬の機体を田沼に向けた。
田沼の刀剣が報瀬のコクピットに迫る。
「2機同時にやれるか?」
報瀬は自分の機体を回避させつつ、一瞬だけ田沼の機体の操作を試みた。
「動け!」
報瀬でも2機同時に動かすことは困難だった。
それでも田沼の刀剣を突き刺す方向がわずかに変わり、コクピットから外れた。
バシッ・・・
コクピットをそれた刀剣は、報瀬の右腕を突き刺していた。
田沼の機体は刀剣を引き抜きながら動きを止めることなく報瀬から離脱した。
腕から還流液が噴き出す。しかし報瀬はそれを止めなかった。
「大丈夫、まだ動く」
報瀬は手にした刀剣を瞬時に3番機の腹部に突き刺すと、力の抜けた手からライフルを奪った。
そして、3番機を踏み台にし大きくジャンプすると、体勢を立て直し報瀬に向け加速を始めた田沼の機体の足に向けてライフルを撃った。
田沼の機体の右足が飛ぶ。バランスを崩した機体は弾けるように地面を転がった。
田沼のコクピットのアームが作動限界を超えて、シートが全周囲モニターにぶつかる。モニターにヒビが広がりコクピット内に破片が飛び散った。
ありがとう・・・。
そこで田沼は意識を失った。
「あと少し動いて」
報瀬は着地の途中でやっと右腕の還流液の漏出を止めた。右腕がだらりと力を失い持っていたライフルが落ちた。循環圧力低下のアラームがコクピットに鳴り響いている。
田沼の機体のすぐ横に着地すると、刀剣を持った手がまだ動いていた。
報瀬はその腕を思いっきり踏みつけると、動く左手で刀剣を奪い取り腹部に突き刺した。
還流液が噴き出す。やがて手の動きが止まった。
「フェイクワン、戦闘終了。パイロットの救護を」
報瀬はすぐに連絡を送った。
『報瀬さん!』
市ノ瀬の声がヘルメットに響いた。
振り向くと市ノ瀬の機体があった。
「来てくれたんだ。ありがとう。終わったよ。あれ、梅原君は?」
『ああ、向こうで倒れてます』
市ノ瀬の笑うような言い方に、梅原が無事だと報瀬は思った。
「帰ろうか」
そう言って報瀬は念のため周囲を見渡した。
戦闘によって周囲の多くの建物が形をなくしていた。
瓦礫の中に壊れ落ちた看板を、飛び散ったNCBMの還流液と筋肉の肉片が汚していた。
その看板に微かに定食屋という文字が読み取れた。
すると、瓦礫の隙間に人の気配を感じた。
まさか、と思い近づいた。
「真琴・・・」
瓦礫の影で隠れるようにして震える高井真琴が見えた。
報瀬はコクピットを近づけると、ハッチを開き、さらにヘルメットも外した。
真琴は驚くような顔を向けた。
「真琴、大丈夫!」
「し、報瀬なの? どうして、そんなこと・・・」
真琴には理解できない状況だった。
「怪我はない?」
「うん。大丈夫」
状況はなんであれ、目の前に報瀬がいることに真琴は安心した様子だった。
「家族の人は?」
「わたしだけ忘れ物をとりに戻ったの、そしたら急にロボットがやって来て・・・、てか、機械じゃないのあれ! 液体や肉片みたいなのが飛び散るし、気持ち悪いったらなかったよ」
真琴は汚らわしいものでも見るような表情だった。
それは報瀬を動揺させた。
気持ち悪い・・・、か
『報瀬さん、どうしたんですか』
外したヘルメットから市ノ瀬の心配する声が小さく聞こえた。
「真琴、すぐに救助に来させるから、そこを動かないで」
報瀬はヘルメットをかぶるとコクピットを閉めた。
そして民間人の救護要請を本部に送ると、待っている市ノ瀬に向かって機体を進めた。
そうだよね、気持ち悪いよね・・・。
『報瀬さん、腕大丈夫ですか?』
市ノ瀬が動かなくなった0番機の腕に気付いた。
「うん、大丈夫」
『なんだか、結局あたしたちの機体だけになっちゃいましたね』
「そうだね」
『ケルベロスは、これがやりたかったのかな?』
「機体を減らすことに関しては、そうかもね」
『じゃぁ、最後の目標は、あたしたち、ってことですよね』
「そうだね・・・」
しかし、報瀬は自分の答えたことに違和感を覚えていた。
独立遊撃部隊輸送機格納庫
輸送機の格納庫では1番機を仰向けにした状態で損傷部位の置換が行われていた。
「右腕上腕、近位1番で切断完了。慧ちゃん、移動させて」
大森が言うと、水瀬が切断された右腕に向けてクレーンを操作した。
大森は解凍されたパーツの接合準備にかかった。
「僕も何か手伝いましょうか?」
梅原が大森に声をかけた。
「邪魔だから、梅原君はしっかりと休んでて」
大森が笑いながら言った。
「右脚、大腿遠位5番で切断。水瀬さん、その後こっちも移動をお願いします」
藤代が機体の足の間から顔を出して水瀬に言った。
「了解です」
「置換パーツの準備にかかります」
藤代も解凍された脚に移動した。
処置は順調に進んでいた。
そこに上田がやってきた。
「ご苦労様。戦闘が終わったよ」
皆が一斉に安堵の表情を上田に向けた。
「さぁ、このままじゃかわいそうだから、最後までやっちゃうよ」
大森が水瀬と藤代に声をかけた。
基地に戻ればスタッフもいて置換は簡単に終わるだろう。しかし、腕と脚のないままにしておくのは機体に申し訳ないと、大森も水瀬もそして藤代もそう感じていた。
「あの僕は・・・」
それでも何か手伝える事はないかと梅原が聞いた。
「報瀬さんと市ノ瀬さんを迎えに行ってあげたらいいよ。何か飲み物でも持ってさ。もうすぐ戻ってくるんじゃない」
大森が言った。
「ああ、そうですね。そうします」
梅原はちょっと嬉しそうに格納庫の隅にある冷蔵庫へと向かった。
第1小隊、第2小隊のパイロットは、全員無事に救出された。
その中で、田沼が一番重傷だった。




