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ナスの煮びたし


神奈川県大型商業施設


 休日のショッピングモールはあふれんばかりの人で賑わっており、陽はすでに傾きかけているのにその数は減ることを知らず、むしろ続々と押し寄せるように増えていた。

 フードコートでは、買い物を終えた女子大生4人組が冷たいジュースで喉を潤していた。

 「まさか、水着を買うだけでこんなにも時間がかかるとは思わなかった・・・」

 グレーに染めたショートカットの大西順子が、ハンカチで顔を仰ぎながら疲れた表情をみんなに向けた。

 「たくさんありすぎて決めるのが大変だったよね」

 ストレートロングの井澤佐知子はグラスに残ったオレンジジュースをストローでズスっと飲み干した。

 「でも、全員気に入ったのが買えてよかったじゃん」

 ストレートボブに赤のメッシュを入れた高井真琴が満足そうな表情で言った。

 「あたしって、本当にワンピースでよかったのかなぁ」

 髪を後ろで軽く縛った報瀬が、グラスに半分ほど残ったレモンスカッシュをストローで混ぜながら不安そうに俯いた。

 「え?なんで。絶対にこれがいい!って買ってたじゃん」

 「でも、帰るときに店員さんが他の人と話してるのが聞こえて、ビキニに比べるとワンピースの方がボディラインがはっきり出ますよ、なんて言ってた」

 「ああ、確かにビキニの方がお腹がぼやけるかもね」

 「報瀬はお腹出ていないから大丈夫だよ。ちゃんと似合ってたよ」

 「わたしはお腹をもう少し引っ込めるために、今日からダイエットだぁ」

 「てか、もう間に合わないでしょ」

 「いや、間に合わせる」

 「報瀬は入院が長かったから、不安に感じるだけなんじゃない。もっと自信持ちなよ」

 「そうだ。そうだ」

 「あはは。ありがと」

 報瀬は少し照れながらストローをくわえた。

 「!」

 その時急に報瀬の周囲の景色が消えた。

 

 いつもの夢に出てくる世界・・・

 何も存在しない世界

 え?でも、あたし今夢見てるの?


 「報瀬?」

 名前を呼ぶ声が聞こえると同時に、周囲は賑やかな風景に戻っていた。

 「どうした? いい男でもいた?」

 「あ・・・、ああ。そうかなって思ったけど、全然良くなかった」

 報瀬は咄嗟にがっかりした様子を見せると、ごまかすように口にしていたストローからレモンスカッシュを一気に吸い込んだ。

 「報瀬が固まるくらいの視線を向けるほどだから、よっぽどいい男に見えたんだろうね。そりゃ、外れた時のショックも大きいわ」

 みんなが笑った。

 「どうする? これから」

 真琴の言葉に反応してみんなが一斉に腕時計を見た。

 「ああ、もうバイトの時間だ」

 「わたしもだ」

 順子と佐知子が同時に慌て出した。

 「報瀬は?」

 「今日はとうさんが家にいるから、夕ご飯作んなきゃ」

 「そっか、じゃぁ、これで解散とするか」

 真琴がちょっと残念そうに立ち上がると、まだ暑いなぁと、陽が沈みかけややオレンジがかった空を見上げた。

 みんなも立ち上がる。

 「あ、どこの海に行くか、それぞれ候補を挙げてね」

 空から視線を落とした真琴が言うと、りょーかーいと、皆が応えた。

 「じゃぁ、ここで解散」

 「また明日大学で」

 「またね」

 「またねー」



 報瀬が自宅に戻る頃には西の空にやや明るさが残るだけで、太陽はすっかりと沈んでいた。

 急いでリビングに行くと、野嶋はソファーに座りタブレット端末で論文を読んでいた。

 「ごめんね、遅くなっちゃった。すぐご飯作るね」

 「わたしのことなど気にせず、もっと遊んでくればいいのに」

 野嶋はタブレットをテーブルに置くと、軽く背伸びをして体を伸ばした。

 「今日はちゃんと作るって決めてたから」

 報瀬は手に持っていた荷物をソファーの横に置くと、キッチンに向かった。

 手を洗う水道の音がした。

 キッチンを動き回るスリッパの音。

 冷蔵庫を開け閉めする音。

 包丁とまな板の音。

 鍋に蓋が当たる音。

 野嶋は目を閉じ、キッチンから聞こえる音を楽しむように聞いていた。

 報瀬は、その事情を知らない人から見たらごく普通の生活を送っていた。いや、事情を知っている人からしても過去の出来事を疑うくらいありふれた暮らしぶりだった。

 野嶋はこのありふれた生活が嬉しかった。

 ずっと昔に、忘れてしまっていた生活。

 もう諦めていた生活。

 しかし、不安もあった。

 報瀬は以前にふざけて言ったことがあった。

 『あたしって世界で一番お金のかかっている女子大生なのに、こんな普通の生活していていいのかな』と。

 その時野嶋は、『お前は世界を救ったんだからいいんだよ』と口から出る寸前で、その言葉を飲み込んだ。

 普通の女子大生に、そんなことは関係ない。もう、そんなことはどうでもいいんだと。

 野嶋は報瀬に、この今の生活を存分に味わってもらいたかった。

 それと同時にその普通の生活はいつまで続けられるのだろうか・・・、という思いが必ず浮かぶ。

 これがその不安だった。


 現在の技術で体はいくらでも造れる。しかし、再構築を行ったオリジナルの脳の細胞の変化は未知だ。

 何十年かわからないその先まで、今の状態を維持することができるのだろうか。また、維持させてもらえるだろうか。

 自分が生きている間であれば、なんとしても維持する。

 研究所の速水香織も同じ考えだろう。

 きっと、統合軍本部長大川平蔵もそうしてくれるだろう。

 そして、その後を継ぐであろう篠原大輔も。

 いざとなれば、報瀬は誰よりも的確にNCBMを操れる。

 戦争には行って欲しくないが、これがあるからこそ、感情論をなしにしても、報瀬は軍にとって色々な意味で必要な存在だ。

 だから、守ってもらえる。

 それでも不安は消えない。

 今のこの生活を楽しんでいる報瀬にいつか訪れるであろう生物としての死。

 生物には必ず死がやってくる。それは死するものの責任ではない。

 報瀬にもいつか死が訪れるだろう。

 どんな死だろう。

 それはだれが決めるのだろう。

 絶望の中から生まれた『生』。

 わたしがわたしの責任で創った『生』。

 ならば・・・。

 わたしはその行先を見届けなくてはいけない。



 「とうさん、ご飯できたよ」

 報瀬の声で野嶋は目を開けた。眠っていたのだろうか。何故か胸の奥に、切なく悲しい気持ちが残っていた。

 野嶋はゆっくりとソファーから立ち上がるとキッチンへと向かった。

 出汁のいい香りがした。

 テーブルにはワカメと豆腐の味噌汁、ポテトサラダ、そしてメインのナスの煮びたしがあった。

 出汁に包まれしんなりとしたナスの横にはししとうと大根おろしものっている。

 「煮びたしじゃないか、こんなのも作れるのか」

 野嶋は嬉しそうに言いながら椅子に腰掛けると、すぐに箸を手にした。

 「とうさん好きだって言ってたでしょ。香織ねえさんに教わったんだよ」

 「うん、いいじゃないか」

 ナスを口に運んだ野嶋は満足そうな声を出した。

 



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