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知恵比べ


長野県 NCBM基地から少し離れた住宅地


 「もう、夕ご飯だからお家に帰るよ」

 陽が少し傾きかけた公園で、母親が滑り台で遊ぶ子供に声をかけた。

 子供は急いで母親のもとに走ると、手を繋いだ。

 「さっきね。なんか、ちっちゃいのがいたよ」

 子供が母親の顔を見上げて言った。

 「ネコさんでもいたの? パパがアレルギーじゃなかったらうちでも飼えるのにね」

 母親はそう言って笑うと子供の手を引いて公園を出た。





長野県 統合軍NCBM部隊長野基地


 長野基地にはNCBM部隊用の大きな格納庫が5つあり、それぞれに二つの小隊の機体が入っていた。

 陽が沈み周囲は暗くなり、その日の作業を終えた格納庫は次々と照明が落とされていった。

 その中の一つである第3格納庫。そこには第5、第6小隊の機体が5機ずつハンガーに固定されていた。

 暗い格納庫に生体パーツ維持用の外部循環装置のポンプが低い音を響かせている。

 突然、ポンプの作動音がわずかに高くなった。これはNCBMのシステムが起動したときの反応だった。

 格納庫には誰もいない。

 全ての機体のコクピットは閉じられている。

 ポンプの高い作動音はしばらく続いた。

 しかし、やがてあきらめたかのように作動音はもとに戻っていった。



 


速水香織のマンション


 ダイニングキッチンのテーブルには、豚の生姜焼き、ナスの煮浸し、野菜のサラダ、味噌汁、ご飯が二人分並んでいた。

 篠原は久しぶりに速水の手作りの夕食を味わっていた。

 「うちの所長はケルベロスの仕業だって断定したけど、そっちはどうなの?」

 味噌汁の器を手にした速水が言った。

 「まぁ、立場上、他国の攻撃を完全に否定はできないからな。大川さんの中では野嶋所長と同じだと思うよ」

 そう言って篠原は煮浸しに手を伸ばした。

 「報瀬が言ってたんだけど、ケルベロスは何か目的を持ってるんじゃないか、って」

 「目的?」

 「そう。最初は意味もなく変異を繰り返してたけど、いつの間にか考えて変異してるような気がするでしょ」

 「確かに、そうだな。でも、その目的ってなんだ?」

 「流石にそれはケルベロスに直接聞いてみないとね」

 「できるのか、そんなこと」

 「無理でしょ。ただ、機体を乗っ取ろうとしているくらいだから、ひょっとしたらどこかで接点ができるかも。そうなったら大変なことだけど」

 「乗っ取りに関しては、山内君のフィルターで解決したんだよな」

 「え、まだ完全には解決してないよ」

 「どういうことだ」

 「そんなに単純なことじゃないんだよね。ケルベロスが素直にNCBMのシステムから侵入してくれれば山内君の勝ちだけど、そうじゃなかったら、打つ手がないの」

 「そうじゃなかったら?」

 「そう。未来の人が動かしたケルベロスに、きっとシステムなんてものは存在しなかったと思うから」

 速水の言葉に、篠原は煮浸しにのばした箸の動きを止めた。

 「システムを通さず動かせるということか」

 「うん。残念だけどそうだよ。だから、やっぱり乗っ取ったケルベロスを探すことが最も確実」

 「索敵がなんとかなればいいのだが」

 篠原はやっと煮浸しを口に運んだ。

 「所長と山内君が既に考えてる」

 「隠れたケルベロスを見つけられるのか」

 速水は箸を置くと説明を始めた。

 「無接点神経接続に使われる脳からの信号、つまりBrain waveは、通常の脳波のガンマ波よりもさらに周波数の高いイータ波と言われるものを使って脳と機械との相互通信を行っているの。このイータ波は指向性の高いもので、周囲に広がるのではなく特定の目標に向かって飛んでいく。つまり、NCBMが外部からのイータ波を受けた時に逆探知すれば発信場所が分かるってこと。でも、その時点で機体は乗っ取られているわけだから、そのデータを基地とかで受け取らないといけないけどね」

 「軍は、成れの果て物質でケルベロスの出現を予測できないか考えている。少しずつだが、ケルベロスを追い込めるかもしれないな」

 いったいケルベロスはどれだけ賢いのだろう・・・、篠原はケルベロスと人類が、まるで知恵比べでもしているように感じていた。

 

 

 

 

統合軍環境化学部門 測定室


 「長野基地北東の観測地点3211で、一瞬ですが成れの果て物質を確認しました」

 測定室のスタッフが主任の佐藤に告げた。

 「本部に連絡」

 すぐにスタッフに指示を出す。

 『これでもしもこの観測地点にケルベロスが出現すれば、新たな索敵の指標に使える』

 リアルタイムで送られてくる成れの果て物質の計測値が表示されるモニターを見つめながら佐藤はそう呟いた。


 



神奈川県 国防省統合軍本部作戦司令室


 「見つからないか?」

 『索敵のレンジを変えて何度もスキャンしているのですが、全く反応はありません』

 環境化学部門の佐藤からの連絡を受け、本部の篠原は長野基地の笹村とやりとりをしていた。

 「前回の時はケルベロスを見たとの通報があったが、結局見つからなかった。ひょっとすると、体がさらに小さくなっているかもしれん。学習データの更新をしたほうがいいな」

 『了解しました。大きさのレベルを少しずつ下げてみます』

 「それと、隊員を街に送り出し見回りの強化だ」

 『わかりました』

 笹村との通信を終えた篠原は、先日の乗っ取りに関する速水の言葉を思い出していた。

 ・・・まだ完全には解決してないよ・・・

 もしもケルベロスが直接NCBMの神経に侵入したら打つ手がない。そうなれば、機体を乗っ取ったケルベロスを探し出すしかないのだ。


 しかし、今回もケルベロスの発見には至らなかった。

 もともと成れの果て物質の測定結果からの出現予測だったので、その関連自体を考え直す必要があるのではないか、との意見も出た。

 


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