無接点神経接続
統合軍本部本部長室
「つまり、何者かがパイロットよりも強い信号を直接神経に送り、機体を乗っ取ったと」
ソファーに座る大川は、信じられないと言うような表情を向かい合って座る篠原に向けた。
「自分も野嶋所長から話を聞いたときは、頭では理解出来てもにわかに信じ難いものでした。しかし、実際にそれを見てみると十分に納得の出来るものでした」
「それは、報瀬君以外でも可能なのか?」
「速水研究主任に聞いたところ、おそらく梅原君や市ノ瀬さん、ひょっとすると水瀬さんも距離を詰めれば程度の差はあれ可能なのではないかとのことでした。しかし、流石にあれだけの遠隔では報瀬君だけだと」
「報瀬君に匹敵する何者かがいると言うことか?」
「そう考えるべきです」
「これはもう情報を盗むと言った段階ではないな。もしもどこかの国が攻撃を仕掛けているのなら、とんでもないことになる」
大川は表情を固くした。
「野嶋所長に伺ったところ、現時点で他国がそこまでの技術を獲得していることはあり得ないと」
「だとすると・・・」
大川もその犯人を思い浮かべたが、それはそれで信じられるようなものではなかった。
バイオエレクトロニクス研究所会議室
長野の基地から戻った上田と報瀬はそのまま研究所に残り、野嶋と速水とともに機体の乗っ取りに関して意見を交わしていた。
「どこかの国が仕掛けた可能性はないってことでいいんだよね」
報瀬が野嶋に確認するように聞いた。
「それはない」
野嶋は断言するようにそれを否定し、そして続けた。
「まぁ、報瀬がもう一人いれば別だが、それはあり得ない」
『報瀬』は、生まれ変わったのち時間をかけて成長してきたようなものだ。その過程には偶然や奇跡と呼べる要素もあったはずだ。つまりどんな技術があっても同じ『報瀬』作る事は確率的にも不可能なのだ。それはこの場にいる全員がわかっていた。
「だったら、残る犯人はケルベロスしかないよね」
報瀬の言葉に皆が頷いた。
「でも、これは明らかに無接点神経接続ですよね。ケルベロスがこの理論を使うなんてちょっと信じられない」
上田が首を傾げた。
「例の未来の人が絡んでいるってことはない? 絶対に未来にこの理論は伝わってるはずだから、ケルベロスを動かしたのもこの理論を使っている可能性がある」
速水が報瀬に意見を求めた。
「確かに、未来の人はケルベロスに意識を挿入してるとか言ってた。でも、あの人たちがいた時は、なんてゆーか、その人たちの出す波みたいな・・・、まぁ、気配なんだけど、そんなのを耐えず頭の隅に感じていたような気がするんだよね。でも、今は全く感じない。だから、やっぱり未来の人とは関係ないと思うな」
「今回のケルベロスは、戦闘での効果的な能力を次の変異でさらに高めて伝えている。また、過去の戦闘ではその時の経験を別の個体に伝えることもあった。これは明らかにケルベロスが『記憶』を有していると言うことだ。未来の人が無接点神経接続のさらに進化した理論を使ってケルベロスを動かしていたとすると、自分の神経や中枢が使われたと言う記憶が後のケルベロスに伝わっていたとしてもおかしくはない」
野嶋の話に、皆はすでに結論が出たと思った。
「小さくなって、動かないケルベロス 。NCBMを乗っ取って使うなら、自分自身の大きさも力もさらに俊敏さも必要ないってこと。いや、小さくなるってことは、見つけられにくくなる。思った以上にケルベロスは賢いってことかな」
速水が感心するように言った。
「それって、次に現れるケルベロスはとんでもなく厄介なものってことですよね」
上田が顔を歪めながら言った。
「ゲームチェンジャーになるかも。あたしたちにとって、ちょー不利な」
報瀬の不安を全員が同じように感じ取った。
すると突然、会議室のドアが開いた。入ってきたのは山内だった。
「ご苦労様、出来た?」
気付いた速水がすぐに声をかけた。
「はい、出来ましたぁ」
目の下にクマを作った山内は、眠そうな声で言うと崩れるように椅子に座った。
「コーヒー入れますね」
上田は立ち上がると奥の部屋に向かった。そしてすでにドリップしてあったコーヒーを持ってすぐに戻ってきた。
「お疲れ様です」
「ありがとう」
山内は上田の差し出すコーヒーを嬉しそうに手に取ると、熱さを気にせず一気に飲んだ。
そして、コーヒーの熱さで覚醒した山内は、山内部屋にこもって掴んだ結果を説明し始めた。
「皆さん知っての通り、NCBMのシステムに入るには二つの方法があります。ひとつは通常のネットを使う方法。もうひとつは無接点神経接続です。まず、ネットを介するようなシステムへの侵入がなかったのか確認しました。確実に侵入の痕跡が残るようなトラップを仕掛けておいたのですが、これには全く反応がありませんでした。となると、無接点神経接続を使って侵入したことになります。これにまず間違いないでしょう。そこで、機体が乗っ取られた時のノイズのレベルを、無接点神経接続の信号に換算してみました。すると、システムの補正以前のパイロットの接続率が80%以下だと確実に乗っ取りの信号の方が勝ってしまいます」
「補正前80%以下って、軍のパイロットはほぼ全員じゃないの」
速水が驚きの声を出した。
NCBMを動かすためには、無接点神経接続の接続率が100%でなければならない。いくら訓練を積んだパイロットでも、通常は機体との接続率が80%を超えることはなかった。その不足分をシステムが補正しているに過ぎない。
「それじゃぁ、確実に軍のNCBMは乗っ取られるってことですよね。じゃぁ、あたしたちは?」
報瀬が確認するように聞いた。
「接続率が300%を超える独立遊撃部隊のパイロットは大丈夫ですよ」
山内が笑って答えると、報瀬は『ですよね』と納得した。
「で、対処法が出来たんでしょ」
速水が急かすように言う。すると、山内はポケットからメモリーカードを取り出しテーブルにおいた。
「NCBMのコクピットに座ったパイロットの信号だけをシステムに通過させるフィルターのプログラムを組んでみました」
「すごい。よくやった」
速水が山内に労いの声をかけ、メモリーカードを手にした。
「でも、ひょっとしたら、これは報瀬さんには効かないかもしれない・・・」
「え、どう言うことですか?」
残念そうな表情の山内に、報瀬が聞いた。他の皆も山内の次の言葉を待った。
「システム上のことはこのアップデートでなんとかなるんですけど、もしもシステムをスルーして神経に侵入したらお手上げです」
「確かにそうだな。システムはあくまでも信号の増幅だ。もともとの無接点神経接続にその概念はなかった」
野嶋は腕を組むと天井を見上げ考え込んだ。
会議室がしんとした。
こんな場面では普段なら寝てしまう山内も考え込んでいた。
「だったら、やっぱり乗っ取ったケルベロスを探してやっつけるのが確実ってことなんじゃない?」
報瀬が言った。
「そうだな・・・」
報瀬の言葉に、野嶋が何か思いついたように続けた。
「無接点神経接続に使われるBrain waveのイータ波は指向性が高い。機体側から逆探知はできないだろうか?」
「あ、それいいですね」
山内がすぐに反応した。
「その手があったね」
報瀬と速水が同時に声を出した。
「早速、やってみます」
山内は立ち上がり、部屋を出ようとしたところで振り返った。
「そうだ、報瀬さんにも手伝ってもらいますよ」
「了解」
報瀬はその意味がわかっているように頷いた。
「とりあえず、まずはこれを長野に送ります」
速水は立ち上がると、プログラムを送るために会議室を出ていった。
長野基地では、山内の作った対策用プログラムが直ちにNCBMのシステムにインストールされ、外部からの侵入への対策を行なった。




