再現
バイオエレクトロニクス研究所 会議室
3日間にわたって長野基地から運ばれたNCBMの精査が行われたが、機体に異常は見られなかった。しかし、システムには前回に見つかったのと同様なノイズのようなものが残っていた。
「問題のノイズですが、前回チェックプログラムが1行空いていたということで発見されたノイズと同様なものでした。しかし、今回のものは前回のような弱いものではなく、かなりはっきりとした神経への刺激といえるほどのものです」
説明する山内の目の下にはクマがうっすらと見えた。また徹夜をしたのだろう。
「システム側は問題なく作動していますが、侵入した神経刺激の方が強いためにパイロットの入力が負けたと言っていいでしょう」
野嶋、速水、井桁、上田、そして報瀬、全員が頷きながら山内の話を聞いていた。
みんなにはこの暴走の原因がわかっているようだった。
「どうします?」
山内の説明が終わったところで、速水が野嶋に意見を求めた。それは、暴走の原因をどうやって軍に伝えるかという意味のものだった。
「そうだな、説明だけじゃ、わからんかも知れんな」
「だったら、実際にそのパイロットに乗ってもらったら? 再現したらはっきりするんじゃない」
発言したのは報瀬だった。
「それが最もわかりやすいか」
野嶋は同意した。
「でも、ここでライフル撃つわけにはいかないですよね」
「じゃぁ、行こうよ。長野まで」
考え込む速水に報瀬が言うと、速水は野嶋に、よろしいですか、と聞いた。
そして野嶋が最後に井桁に意見を求めると。
「わたしもそれが一番いい方法だと思います。パイロットの疑惑もそれできっちりと晴れるでしょうから」
これで決定した。
「よし、篠原大佐に連絡をとる。あとは長野に向かう準備をしてくれ」
そう言って野嶋は席を立った。
「徹夜のとこ申し訳ないけど、山内君も一緒にきてリアルタイムのデータをとってね」
「はーい」
優しく微笑みながら言う速水に、山内が眠そうな返事をした。
その後、再び輸送機にNCBMを積み込むと、野嶋たちを乗せて長野の基地へと飛び立った。途中、統合軍本部を経由して篠原を乗せた。
機内で篠原は野嶋から機体の調査結果と事故の原因を聞かされた。篠原はかつて、野嶋が大学にいた時の研究室で研究生として無接点神経接続の実験に携わったことがあったが、それがなければ野嶋の説明の意味が全く理解できなかっただろう。しかし、それでも簡単に信じられることではなかった。
まぁ、実際に見てもらえば、わかりますよ・・・。
篠原の気持ちを察した野嶋は笑いながらそう言った。
長野基地に着いたのは昼をかなり過ぎた頃だった。
すぐに輸送機から自走式ストレッチャーに乗った機体が下され、訓練場へと運ばれた。
篠原、野嶋、速水、井桁、上田、山内、そして報瀬は訓練場の管制室へと向かった。
管制室から見える訓練場には、大型の二つの標的が30メートルほどの距離を離して設置してあった。これはあらかじめ篠原が指示したものだった。
そして、すぐ下を見ると、ストレッチャーに横たわるNCBMの横に、笹村に連れられた浅野斗真の姿があった。浅野はパイロットスーツを着て手にはヘルメットを持っていた。
「じゃぁ、行こうか」
ヘッドセットを手にした速水が報瀬に言うと、一緒に管制室を出た。
しばらくして二人は笹村たちの前に現れた。
「初めまして。バイオエレクトロニクス研究所の速水です」
「野嶋報瀬です」
「笹村です。ご足労いただき感謝いたします」
速水と報瀬の挨拶に笹村は笑顔で答えた。
「あ、浅野斗真です」
浅野は緊張した様子で深く頭を下げた。
「浅野さん、そんなに緊張しないでください。わたしたちは浅野さんのことを少しも疑っていませんし、疑いをきっちりと晴らすためにやってきたんですから」
速水は浅野に笑顔で話しかけた。その横で、報瀬も微笑んでいる。
「その代わり、ちょっとやっていただくことがあります」
「はい」
浅野は神妙な表情で答えた。
「では、始めます。山内君、準備はいい?」
『オッケイでーす』
速水がヘッドセットのマイクに言うと、山内の眠そうな声が帰ってきた。
次に報瀬に声をかける。
「立ったままで大丈夫?」
「全然大丈夫。一瞬だし、単純な動きだから」
報瀬は軽く返した。
「では、いつものように機体に乗ってください」
速水が不安そうな浅野に優しく言った。
浅野は、本当に乗っていいのですか、と笹村を見た。
笹村は大きく頷いた。
笹村は訓練場にターゲットをあらかじめ用意するようにと篠原からの連絡を受けてはいたが、実験をすると言うだけでその詳しい内容までは聞かされていなかった。しかし、これで浅野の疑いが晴れると付け加えていたので、浅野には素直に指示に従って欲しかった。
「機乗します」
浅野はそう言ってヘルメットをかぶると、駆け足でNCBMのコクピットへと向かった。
そしてストレッチャーの梯子を登りコクピットへと入った。
「浅野さん、聞こえますか?」
速水が浅野に声をかけた。
『はい、聞こえます』
「一応、コクピットの様子はカメラでモニターしています。記録用ですから気にしないでくださいね」
『はい』
「では、起動してください」
浅野はコクピットのハッチを閉めると、いつものようにNCBMのシステムを起動させた。
もう2度とこれに乗ることはないだろうと思っていた浅野は、全周囲モニターに囲まれたこの場所がものすごく過去のものに感じられた。
『起動完了。システムに異常ありません』
「では、立ち上がってください」
速水の言葉に反応して、管制室からストレッチャーの固定ロックが解除された。
NCBMはゆっくりと上体を起こすとまず左足を地面につき、体をひねるようにストレッチャーから立ち上がった。
「武器コンテナからライフルをとって、訓練場に出てください」
浅野は武器コンテナのライフルを見た。それは実弾表示のマークがしてあるものだった。
『実弾ですが、いいのですか』
「大丈夫ですよ」
速水はあっさりと答えた。
浅野はコンテナからライフルを取ると、格納庫から訓練場へと出た。
「標的が二つ確認できますね」
『はい』
浅野の機体から30メートルほど先に、篠原の指示で用意された高さが10メートルほどの標的があった。
速水は横の報瀬を見た。報瀬が頷く。
「では、左の1と書かれた標的を撃ってください」
浅野は躊躇した。もしもまた機体が自分の意思とは別の動きをしたら・・・。万が一振り返って格納庫にライフルを向けてしまったら・・・。
「心配しないで」
浅野の気持ちを察した速水が声をかけた。
『はい』
浅野は大きく深呼吸をすると、覚悟を決めたようにライフルを1と書かれた標的に向けた。
『!』
浅野がトリガーを引こうとした瞬間に自分の意思とは別に機体が動いた。
ライフルの照準は2と書かれた標的の中心を捉え、そして銃弾が放たれた。
銃弾を受けた標的は、その中央に大きく穴が開いた。
『ど、どうして・・・』
「浅野さん、落ち着いて。大丈夫ですから」
軽くパニック状態になっている浅野に速水が優しく声をかけた。
「山内君、どうだった?」
『バッチリ記録は取れました。ちょっと待ってくださいね』
野嶋と何かやりとりをしている声が微かに聞こえた。
『前に記録されたノイズと比べて報瀬さんのが強すぎるんですけど、所長にも確認しましたがパターンはほぼ同じです』
「これで、原因ははっきりしました。じゃぁ、撤収しましょう」
「あ、あ、あの!」
報瀬が慌てて速水のヘッドセットを奪い取ると、マイクに口を寄せた。
「あの、一言言わせてください。だからと言って、あたしが犯人ではないですよ!」
「わかってるわよ」
笑いながら言う速水に、報瀬はヘッドセットを返した。
その横で、笹村は何が起こったのか全く理解できず、ただ呆然と立っているだけだった。
「これで、浅野さんの疑いはきれいさっぱりなくなりましたよ。あ、そうだ。せっかくなので1の標的をもう一度撃ってもらえますか」
浅野も何が起こっているのかわからなかった。ただ、疑いが晴れたと言う言葉を信じたかった。
だったら、出来るはずだ・・・。
浅野は震える手でレバーを操作し、言われるままに標的に照準を合わすとトリガーを引いた。
ライフルから放たれた銃弾は、正確に1の標的を貫いた。
「ね、大丈夫でしょ。お疲れ様でした。機体を戻してください」
この実験を行う前、篠原は速水に相談していた。自信をなくしたパイロットに自信を取り戻させてやりたいと。
実際に機体に乗せ、実弾を使ったのはそのためでもあった。
「では、あとはお願いします」
速水は呆然とする笹村に頭を下げると、報瀬と一緒に管制室へと向かった。
「今度はあたしが疑われるってことないよね」
「そんなこと、みんなわかってるから大丈夫だよ。多分・・・」
「多分じゃ、ダメでしょ」
遠ざかる二人の声が聞こえた。




