ノイズ
長野県 統合軍NCBM部隊長野基地
愛知県での作戦終了後、長野基地に戻った各NCBMは格納庫内で機体の整備を受けていた。
今回の戦闘に出撃したNCBMは、抵抗しないケルベロスにただ刀剣を突き刺すだけだったので、損傷、消耗している機体は全くなかった。
機体の整備が終わり担当整備士が格納庫を離れる中、第3格納庫の1機だけコクピットの中での作業がまだ続いていた。
第5小隊3番機整備担当野村元は、システムにつなげた端末で3度目のスキャンをかけていた。
画面にはチェック項目が目に追えないほどの高速で流れていく。その流れは見慣れたものだったが、野村は画面の流れに違和感を感じていたのだった。
2度スキャンをかけても、エラーを示す異常表示は出ていなかった。
少しして、3度目の完了の表示が出た。しかし、同じようにエラー箇所は一つもなかった。
「気のせいか・・・」
野村は作業を終えるために端末のコネクタを抜こうと手をかけたところで動きを止めた。
「もう一回スキャンしてみるか・・・」
再度プログラムを走らせた。
画面を流れる表示に目を凝らす。
できるだけ瞬きをしないようにする。すると、目が乾いてくる。
やっぱり、もういいか、と諦めかけたところでそれは映った。
「ここだ」
強制的にプログラムを終了させ、画面の表示を戻す。
「どうしてこうなっている?」
それはチェック項目の間が1行空いているだけだったが、通常ではあり得ないものだった。
その1行空いた前後の項目を表示させる。
「筋肉と神経伝達・・・」
エラー表示が出なければ、機体の運用に支障はないはずだった。しかし、異常の前兆と考えられなくもない。
「どうした?」
突然の声に驚き振り返ると、長野基地整備主任井桁靖志が心配そうにコクピットを覗き込んでいた。
「何か異常でも見つかったのか?」
「ちょっとこれを見ていただけますか?」
野村はチェック項目が1行空いた画面を井桁に見せた。
すると、井桁は少し考えたのち。
「エラーの表示がないとなると、これは何かノイズを拾った痕跡だ」
井桁の的確な指摘に野村は驚いた。
「しかし、よく気付いたな」
井桁は端末を受け取ると、その原因を探るために画面を何度か操作した。
しばらくして、これだな、と井桁は動きを止めた。
「これを見てみろ。一瞬だがシステムとは違う信号が神経に流れて筋肉に到達している」
それは左親指に向かう神経で、システムから流れる綺麗な電気信号にノイズのような波が一瞬重なっていた。
「この僅かな信号ではエラーとはならないが、今までこんなことはなかったな」
井桁は少し考え込んだ。
「他の機体も調べてみよう。何か大きなエラーに繋がったら大ごとだ」
井桁は腰に付けていたヘッドセットを取ると、整備士全員に招集をかけた。
山梨県 バイオエレクトロニクス研究所
奥の実験棟を隠すように建つ研究棟の5階の廊下の突き当たりに、通称山内部屋と言われる6畳ほどの部屋がある。
その中の壁全体は天井までの大きな棚にこれでもかと言うくらいのパソコンが押し込められ、処理能力を上げるために山内独自の並列接続がしてあった。そして中央の僅かなスペースに置かれたテーブルからは、アームによって取り付けられたいくつものモニターが枝につく葉のように並んでいた。
この部屋はパソコンの排熱のために真冬でも暖房の必要がなく、それ以外のほとんどの季節は冷房を強く効かせないとその中にはいられないほどだった。
その部屋で、山内亮太は長野基地から送られてきたNCBMのシステムデータを解析していた。
最終的に、出撃した30機のNCBMのうち5機でノイズが確認されていたのだ。
「山内君、入るよ」
ノックとともに速水の声がした。
「開いてます。どーぞ」
山内が答えるとすぐにドアが開き、トレーを持った速水が入ってきた。
「また、徹夜でしょ。コーヒー持ってきたよ」
速水はそう言ってテーブルの隅にコーヒーを置いた。
「ありがとうございます・・・」
山内は目の下にクマを作った顔を速水に向けると、すぐにコーヒーに手を伸ばした。
そして一口飲むと、体の力を抜くように大きく息を吐いた。
「何かわかった?」
速水は部屋の隅にあった椅子を引っ張り出すとそこに座った。
「何かがNCBMのシステムに侵入したような痕跡があるんです」
「それって、ウイルス?」
「いや、ウイルスのような間接的なものじゃなくって、もっとこう直接的な」
「誰がそんなこと」
「NCBMのシステムには厳重な防護壁が何重にもありますから、接続することすら不可能なんですけどね」
「どこかの国がうちの技術を狙っていてもおかしくないよね」
「まぁ、それはそうですけど・・・。侵入者が特定できるような痕跡を今探しているんですけど、これだけのデータじゃ無理っぽいです」
山内は一気にコーヒーを飲み干した。
「また侵入しようとした時のために、何か対応はできる?」
「今のシステムで問題ないです。中を覗かれたり乗っ取られるようなことはないですから。逆に相手を特定できるようにトラップを仕掛けようかと思っています」
山内は、ニヤリと笑った。
「もう一杯飲む?」
速水が聞くと、山内は『お願いします』とカップを差し出した。
「それにしても暑い部屋・・・」
そう言って速水は、カップを持ってドアを開けた。
神奈川県 国防省統合軍本部本部長室
本部長室の窓から、大川は夕陽に照らされオレンジ色に染まる景色を見ていた。
木々の葉は徐々に秋の色に変わりつつあった。
「こうなっては、やはり巣を探すしかないな」
大川は外を見たまま後ろに立つ篠原に言った。
「環境化学部門の佐藤主任に、成れの果て物質を使ってケルベロス出現の予測ができないか提案しました」
大川は篠原を振り返った。
「独立部隊から送られてきたレポートか」
それは独立遊撃部隊の学生組が話し合い、上田がまとめたケルベロスに関する考察レポートのことだった。
「はい。ケルベロスの存在する空間に未来とのつながりがあるなら、その出口が開くときにその空間にある成れの果て物質が放出される可能性があります」
「そうだな」
魔法攻撃の一件から、大川は若いものたちの意見は聞くべきものだと感じていた。




