動かないケルベロス
神奈川県 国防省統合軍本部本部長室
「環境化学部門の佐藤主任から、成れの果て物質調査の途中経過が届きました」
篠原は先ほど受け取った報告書の説明のために、本部長室を訪れていた。
大川はソファーに座るよう促すと、自分も向かい合うように座った。
篠原は報告書が表示されたタブレット端末を大川に渡すと、説明を始めた。
「まず、成れの果て物質の探査感度がかなり上がったようで、ほぼ100%見つけることが可能になりました。それによる分布調査で、ケルベロスとの関連性が示唆されています。というのも、ケルベロスの出現後その場所で物質の濃度が高くなっているようなのです」
大川は篠原の説明を聞きながら、その内容を確認するようにタブレットの画面を何度もフリックさせた。
「今後、探査機器の小型化によって、リアルタイムで追えるようにするそうです」
「成れの果て物質の発生源と毒性に関しては・・・」
大川はそう言いながらさらに画面をフリックさせた。
「残念ながら、発生源は不明です。また、毒性に関してはまず動物での実験を行うそうです」
「まだ、まだ、かかりそうだな」
そこで大川はタブレットをテーブルに置いた。
「あ・・・」
篠原が慌てる様子で胸ポケットから携帯端末を取り出した。それは大きく振動していた。
篠原は、失礼します、と立ち上がり回線を繋いだ。
用件だけの通信はすぐに切れた。
そして、篠原は硬い表情で大川を見た。
「やはりケルベロスが出現しました。指令室に戻ります」
大川が頷くと、篠原は頭を下げすぐに部屋を出た。
報瀬君の言った通りだ・・・。
二人は同じことを思った。
Magic Attack作戦終了後、ひと月近く経ってもケルベロスは現れなかった。それは、今までのケルベロスの出現サイクルを大きく超えていた。
誰もが、ウイルスの感染によって生殖雌個体を死滅させたと考えた。そして、今回の戦いも終わったと安堵した。
そこへ突然、古川から連絡が入った。
ケルベロスがまだ生きている、と。
最初は何を言っているんだと思った。しかし、話の出所が報瀬ということを聞いて、簡単に否定することはできなかった。
それには、報瀬の報告にあった成れの果て物質らしきものが見つかったことが大きく影響していた。
ケルベロスの出現がなかったと言うことは、ウイルスを感染させたケルベロスはその病原性で死滅させることが出来たと考えていいだろう。その効果は十分にあった。感染を起こしたケルベロスは巣で発症しさらに感染を広げた。しかし、感染の拡大はそこまでだった。つまり、生殖個体は通常個体とは離れた場所におり、接触することはなかったのだ。病原性を発症した通常個体との間で接触がなければウイルスによって生殖個体を倒すことはできない。
大川は、変な疑いが報瀬にかけられないように配慮し、表立った動きを見せずケルベロスの出現に備えるよう篠原に命じていた。
しかし、実際にケルベロスが出現すると、生殖個体を倒せなかったことへの落胆は大きかった。
司令室ではオペレーターが情報を集めていた。
指令席に座って指揮をとっていた作戦参謀が、篠原に気付き席を譲った。
「状況は?」
「はい。場所は愛知県小牧市内、東小牧基地の近くです。ただ、出現したとの情報だけで、詳しい内容は収集中です」
「市内か。厄介だな」
街の中にケルベロスが出現したとなれば、被害は甚大だと考えられた。
「笹村少佐には出撃命令を出しました。また、東小牧基地からは市民の避難誘導のために高機動車を出しています」
「状況によっては基地を開放してもいい」
壁の索敵モニターに視線を移した篠原は、いつもと違うことに気づいた。
「索敵はどうなっている。ケルベロスのマーカーが映っていないが」
通常であれば現場の地図に重なるように、ケルベロスを示すマーカーがあるはずだった。
「どうやら、今までのケルベロスのデータからでは索敵出来ないようなのです」
レーダーや索敵は、ケルベロスの形態、動き、体温などをAIに学習させることによって、ケルベロスを正確に追うことが出来た。しかし、今回はそれが出来ていなかった。
「ドローンがケルベロスを見つけました。映像来ます」
オペレーターが篠原に振り返りながら言った。
大型モニターに、住宅地の道路にうずくまるケルベロスの姿が映った。
それを見た篠原は、少しして違和感を感じた。
「かなり小さいな」
ケルベロスは横のワンボックスの車とほぼ同じ大きさだった。
その時、街路樹が風に揺れた。
「これは動画か。何故ケルベロスはじっとしている?」
誰もがじっとしているケルベロスを見たことがなかった。
「AIの学習完了しました。索敵可能です」
オペレーターが言うと、地図上にケルベロスのマーカーが表示された。
「数は20。どれも1カ所に留まったまま動いていません」
「今度は、何を企んでいるんだ・・・」
モニターに映るケルベロスはドローンが近づいても何も反応することなく、ただじっとうずくまっていた。
「笹村少佐より通信です。そちらに繋ぎます」
篠原の席の小型モニターに笹村の顔が映った。
『まもなく現場上空に到着します』
「全機、東小牧基地に着陸させろ。このままケルベロスに動きがなければ避難を優先。その上で周囲に影響のない場所にいるケルベロスにまず攻撃を仕掛け、反応を見る。NCBMの操作には気を使え。あちこち建物を壊すとクレームの処理が厄介だ」
『了解しました』
通信を終えた篠原は、再びモニターのケルベロスを見た。相変わらずじっとしていた。
それは、このままドローンをぶつければ倒せそうにも思えた。
滋賀県 独立遊撃部隊本部
ブリーフィングルームには部隊員全員が集まって、統合本部から送られてくる愛知県に出現したケルベロスの映像を見ていた。
整備スタッフが4人増えたことによって、以前よりも部屋が狭く感じられた。
「寝てるんですかね」
「一向に動きませんね」
「死んでるとか」
「いや、死んでたら、消えるでしょ」
「何か考えてるようにも見える」
「何を・・・」
「さぁ・・・」
「念仏を唱えてるようにも見えます」
「魔法攻撃の詠唱だったり」
「魔法攻撃を覚えたの」
「それはまずいな」
モニターに映る動かないケルベロスを見ながら、みんなが勝手なことを口にしていた。
「あ、攻撃が開始されたようです」
上田がモニターの表示を変えた。作戦中のNCBMのカメラからの映像だった。
NCBMが周囲の建物に気を使いながら動かないケルベロスに近づく。そして刀剣を突き刺した。
刀剣は軽く体に入り、ケルベロスは何も抵抗することなく霧となった。
別のNCBMのカメラに変わる。
道路脇の街路樹の影に隠れているようにうずくまるケルベロスに同じように刀剣を刺すと、心配した魔法攻撃で反撃することもなくすぐに消えた。
画面がさらに変わる。次々と刀剣によってケルベロスは消されたいった。
「どうして刀剣使ってるんですか?」
全くライフルを使用しないことを不思議に思った市ノ瀬が聞いた。
「ライフルで派手に撃つと、建物を壊したりでかえって被害が出るからじゃないか。軍も気を使っているんだよ」
モニターを見ながら古川が答えた。
「でも、なんて言うか、なんなんだろ。今回のケルベロスは・・・。なんだか哀れにも感じる」
ボーッと画面に目を向ける報瀬が言った。
「・・・でも、かえって不気味・・・」
そして、そう小さく付け加えた。
攻撃開始から、ものの数分でケルベロスは全て消滅した。




