忘れていた感覚
NCBM独立遊撃部隊本部 食堂
梅原、市ノ瀬そして水瀬は、食堂の片隅でいつものように昼食後のおしゃべりを楽しんでいた。
そこへ報瀬がやって来た。
「なんだ、ここにいたのか」
「探してたんですか?」
市ノ瀬が聞くと、報瀬は水瀬の隣に座った。
「上田さんが、学生組見つけたらちゃんと勉強してるかしっかりと確認して、なんて言ってたから」
ずっと以前から、学生たちにとって任務のないこの時間は勉強の時間だった。
「ああ、なんだか現実に戻されるって感じ・・・」
市ノ瀬は力が抜けたように天井を見上げた。
「でも、このままケルベロスが出ないと、緊急事態宣言が解除されますからまた学校が始まりますね」
「まじか・・・」
水瀬の言葉に、市ノ瀬は天井を見たまま口をだらりと開けた。
「魔法作戦が成功したのは喜ばしいことだけどね」
梅原も力の抜けたように言った。
「いつの間にか夏休みどころか、夏も終わったって感じだよね」
報瀬は夏休み前に買った水着がまだ袋に入ったままだったことを思い出した。
「夏、ケルベロスと共に去りぬ・・・」
水瀬がポツリと言った。
「そうだ。またみんなそれぞれの場所に帰る事になるんだから、最後にパーッとバーベキューでもやらない?」
市ノ瀬が嬉々とした表情でみんなを見た。
「どこでやるの?」
と、梅原が聞くと。
「訓練場の隅にいい場所があるから。上田さんに許可とってみる」
すぐに市ノ瀬が答えた。市ノ瀬の頭にはすでにバーベキューの光景が映ってるようだった。
「報瀬さんもいいですよね?」
「え、あたしもいいの?」
「どして?」
報瀬の問いかけに市ノ瀬が聞き返した。
「だって、いつも3人だったじゃない。ケルベロスのお墓作ったり・・・」
「え、そんなの見てたんですか?」
市ノ瀬が驚いた声を出した。
「見てたっていうか、感じてたっていうか・・・」
報瀬はどう説明していいか困った顔をした。
「あたしたちの行動が筒抜けだった、とか・・・」
水瀬が疑いの目を向けた。
「そうだよ。例えば、慧ちゃんが格納庫の隅でこっそりプリン食べてたり・・・」
水瀬が固まった。
「市ノ瀬さんと梅原君が密会してたり・・・」
市ノ瀬と梅原が固まった。
「何、当たってた? あはは、ごめんね。適当にやっててそうなことを言っただけ。ストーカーじゃないんだから、そんなことしないよ。そうか、そうだったんだ。あはは」
報瀬の言ったことが冗談だとわかり、3人は引きつった表情でちょっと安心したように笑った。
「じゃぁ、4人ということで・・・」
市ノ瀬がごまかすように話を進めた。
「必要なものをリストアップして買い出しに行こう」
「え? ひょっとして、こんな山奥から歩いていくの・・・」
きっと荷物持ちをさせられるであろう梅原が絶望の声を出した。高校生に移動の足はない。
「あ、大丈夫だよ。あたしが運転するから。ここあったよね、車」
報瀬の言葉に梅原は安堵の表情を浮かべた。
「それじゃぁ、買い出しはあたしと・・・。そうだ、荷物持ちで梅原君ついて来て。いいよね、市ノ瀬さん?」
「どうしてあたしに聞くんですか?」
「え? ダメなの」
「いえ、いいですけど・・・、って、どうしてあたしが答えるんですか」
「何着て行こうかな・・・」
「買い出しに行くのに、服を選ばないでください」
「街に行くんだよ。ちょっとくらいおめかししたっていいでしょ」
「てか、4人で行きましょう。4人で!」
市ノ瀬が報瀬に迫る。
「わかったよ。仕方ない。4人で行くか」
「やったぁ」
市ノ瀬が喜びの声を出した。
そんな報瀬と市ノ瀬の掛け合いの横で、梅原は、やっぱり荷物持ちか、と自分の置かれた立場を確認し、水瀬は買い物リストの一番最初にウインナーと書いていた。
「じゃぁ、いつ行くか決めてね。それとあたしが今から上田さんに許可とっておくよ。君たちはあくまでも勉強の時間」
報瀬はそう念を押すと立ち上がった。
「車も確認しておかないと・・・、ってどこにあったけ」
そうぶつぶつ言いながら、報瀬は食堂を出ていった。
食堂を出ると、廊下はそのまま宿泊棟に続く。そこには個人別の部屋がある。報瀬はバーベキューの許可をもらうために、まずは上田の自室に行こうと思った。
廊下の窓からは少し傾きかけた西日が差し込んでいた。その日差しはまだ夏の名残を含んで暑かった。
「あ・・・」
突然、報瀬の周囲があの世界になった。
「またか・・・」
その世界に自分が置かれることに、驚きはなくなってきていた。
相変わらず、澄んだ世界。
何もないけど遠くまで見ることができる世界。
「あれ、ひょっとして広くなった?」
何も基準になるものがないはずなのに、その世界は以前よりも広がった気がした。
その時、急に気配を感じた。
「何かがいる・・・」
しかし、どこまでも見通せるようなクリアな世界に何もいるはずがない。
「でも、感じる。なんだろ・・・」
何もない世界を、それでも報瀬は見渡した。
「下だ・・・」
視線を下げた報瀬は、そこに見えたものを疑った。
「どうしてこんなところにケルベロスが」
それはこのクリアな世界に不釣り合いのように不鮮明だったが、明らかにケルベロスの繁殖個体だった。
クリアではないのは、こことは別の空間だからなのだろうか。
その空間で巨大な生殖個体は新たなケルベロスを生み出しているように見えた。
「今まで、こんなのいなかったのに」
報瀬はしっかりと確かめるために先に進もうとした。しかし、いつものように見えない壁のせいで動き出すことはできなかった。
「でも、どうしてケルベロスが見えるんだろう・・・、え? この感覚、どこかで・・・」
すぐにそれは思い出された。
「あの時、みんなを見ていた感覚・・・。そうだ。そのあと、自由に動けるようになったからこんな感覚忘れていた・・・。思い出した。これでみんなを感じていたんだ。そう、だからこれはあたしが実際に見ているもの。だったら・・・」
報瀬は差し込む西日の中にいた。首筋に汗が流れた。
「ケルベロスはいる。それも襲撃の準備をして・・・。魔法攻撃でも死んでなんかいない。言わなきゃ。古川さんに教えなきゃ」
そのまま古川の自室に向かった。
「でも、こんなこと、信じてもらえるかな」
廊下を走った。
「きっと信じてくれる。みんななら信じてくれる」
廊下がT字状に別れる。左に行けば突き当たりが古川の部屋だ。
しかし、報瀬はそこを右に曲がった。
すると、その先に古川の後ろ姿が見えた。
「古川さーん!」
報瀬は大きな声で古川を呼び止めた。
ここでちょっと休憩、後半へ続く・・・。
ありがとうございました。




