始末書
速水香織のマンション
大規模な作戦が無事に終わり、篠原は速水のマンションで久しぶりにゆったりとした二人の夜を過ごしていた。
リビングのテーブルには、簡単なツマミとグラスにはロックのウィスキーがある。
篠原はグラスを取ると、ゆっくりと味わうようにウィスキーを飲んだ。速水もグラスに口をつけた。
二人とも既に2杯目だった。
「作戦中にトラブルがあったと聞いたが」
「ああ、新しい整備の子がちょっとミスしたみたい。機体が動かなくなったんだって」
「で、パイロットは大丈夫だったのか」
「全然大丈夫。梅原君が臨機応変に対処したみたい。そういうところは大したものよね。あの部隊の本質を見るようだわ」
「作戦中に機体が動かないなんて、始末書だけじゃすまないな」
「ところが古川さんは始末書だけで、配置換えもしなかったって」
「寛大な処置だな」
「ミスするたびに謹慎だったりどこかに飛ばしたりしてたら、独立部隊に誰もいなくなっちゃいます、なんて李依ちゃんが言ってた」
速水はそう言って笑うと、またグラスを口に運んだ。
「あれは軍から切り離して良かったな」
「そうだね。だから自由な発想が出来たりする・・・。あ、そうだ」
速水は急に思い出したように話を続けた。
「学生組のみんなが暇な時間にケルベロスに関する考察をしたみたいで、それをまとめたのを李依ちゃんが送ってきたんだけど、興味深くてね」
「ケルベロスの考察?」
「そう。ところが、何故だか李依ちゃんがそのファイルを極秘扱いにしちゃってたから、研究所から持ち出せなくって。軍のアドレスになら大丈夫だから、明日にでもあなたのアドレスに送るね。読んでみて」
「わかった」
篠原は笑いながらグラスのウィスキーを飲み干した。
「魔法が効いてケルベロスが全滅して、このまま平和に戻るといいな・・・」
速水はそう言ってウィスキーのボトルを取ると、空になった篠原のグラスに注いだ。
NCBM独立遊撃部隊本部
「藤代です」
そう言ってドアをノックすると、すぐに中から、どうぞ、と上田の声がした。
「失礼します」
ドアを開け上田の自室に入った藤代は、閉めたドアの前で姿勢を正した。
「先日は大変申し訳ありませんでした。その始末書の提出に来ました」
そして頭を深く下げた。
「ご苦労様」
藤代が頭を上げると、上田は笑顔を見せていた。
「まぁ、座って。ちょうど休憩したかったから、お茶でも飲んでいきなよ」
そう言ってソファーを示すと、上田は奥の部屋へと入っていった。
しばらくして、コーヒーの匂いと共にカップののったトレーを持って上田が戻ってくると、藤代はまだ立ったままだった。
「何してるの。さぁ、座って」
上田はテーブルにそれぞれのコーヒーカップを置くと、ソファーに座った。
「あ、まず、これを」
藤代は手に持っていた始末書を上田に差し出しそれを上田が受け取ると、やっと安心したように腰を下ろした。
「後で確認して、古川さんに渡すね」
「お願いします」
上田は立ち上がると、自分の机に始末書をおいた。
「もう、事務の仕事って、肩凝っちゃって・・・」
ソファーに戻る途中で上田は肩やら首やらをぐりぐりと動かした。
「うちの機体は、思ったよりも大変でしょ」
ソファーに腰を下ろし、コーヒーを口に運ぶ。
「はい。正直、量産型が少し複雑になった程度だと考えていました。でも、思った以上に複雑でした。それを大森さんも水瀬さんも苦もなく扱ってる・・・」
「ああ、だってあの二人は機体と一緒に成長してきたようなものだから、機体のことがわかってて当然。量産型を整備しろって言われたら、きっと戸惑うんじゃないかな」
「成長、ですか?」
「そうだよ。うちの機体だって、もともとは量産型だったわけだから」
藤代には、どんなことをしたら量産型が特殊な機体になるのか想像もできなかった。ひょっとして、これが大森が言った『もっとこの部隊のことを知ってほしい』の意味なのかと思った。
「でもそのきっかけは、梅原君、市ノ瀬さんそして水瀬さんがいたからかな」
上田は思い出すように話を続けた。
「NCBMの基本となってる無接点神経接続。理論上は可能とされてたけど、実用までには苦労したんだよね」
上田はもとは研究所にいたと聞いていた。藤代は、やっぱりここは変わった部隊だ、と思った。
「きっとその3人がいなかったら、特殊機体も報瀬ちゃんの最初の1機で終わっていたと思う」
最初の1機。それは九州に初めてケルベロスが現れた時に、圧倒的な戦果をあげた機体だった。
「その後、梅原君たちが現れて、報瀬ちゃんが目覚めて、梅原君と市ノ瀬さんが報瀬ちゃんと一緒に機体を育てて、それの世話をしたのが大森さんと水瀬さん・・・、って感じかな。例えば、全周囲モニターの表示で使用するたくさんのカメラって、量産型だと電気配線だけだよね。でも、うちの機体はそんなとこにも神経の走行がある。これって、組織の培養の時に神経の再構築で作ったものじゃないんだよ。3機とも知らないうちに勝手に伸ばしてた。不思議でしょ。その他にも勝手に神経を伸ばしてる箇所が山ほど。これは機体とパイロットのお互いのフィードバックの結果。こうしてパイロットも機体も育ってきた。よっぽど相性がよかったんだろうね。そんな関係ができるなんて。そんなだから、みんな機体のことを機械だとは思っていない。梅原君、市ノ瀬さん、水瀬さんは友達かな。大森さんはもしかしたら患者さんって思って接してるかも」
藤代は上田の話を聞くうちに、この部隊の機体がどんな経緯でここまでのものになったのかもっと詳しく知りたくなった。
しかし、今の自分からそれを聞き出すのは何か厚かましいような気がして、その思いを留めた。
きっと、自分がこの部隊に馴染めるようになれば自ずとわかることなのだから。
「あの、上田さんは、どうしてこの部隊に来たのですか?」
藤代は、これくらいは聞いてもいいかな、と思い聞いてみた。
「ああ、どうしてだろうね」
上田は本当にわからないと言った様子で頭を傾けた。
「あたしは大学でちょっとだけ野嶋所長や速水先輩たちの研究の手伝いをしてて、その関係でバイオエレクトロニクス研究所に引っ張ってもらったんだよね。もともと研究職だから、まさかこんな戦闘部隊に入るなんて思いもしなかった」
そう言いながら上田はちょっと顔をひきつらせるように笑った。
「梅原君たちが研究所に来たのと、あたしが研究所に就職したのってほぼ同じ時期なんだよね。あたしは就職に困ってたくらいなのにいきなりこんなすごいところにやってきて、最初は自分に何ができるのか、何をしたらいいのか分からずものすごく不安だった。だから、知らない場所にやってきて、わけのわからないテストや実験をさせられてるあの子たちの不安な気持ちが自分のことのように感じられてね。それでずっと面倒を見てるような状態だった。そんなわけで3人がここにやって来る時、その延長で一緒に決まったのかな、なんて」
上田は懐かしい過去を思い出してるような優しい表情をしていた。
「まぁ、結果オーライだと思ってる。もし、あたしが3人と一緒に来なかったら、あの3人のことだからずっと殻にこもってたと思うから。特に梅原君と水瀬さん。だから、一緒にここに来てよかった」
上田は、えっへん、と胸を張るポーズを見せた。
「なんだか、すごいですね」
「え? 何が」
「いや、すべてが・・・、です」
藤代は、この部隊のことをもっともっとたくさん知りたいと思った。




