特別
大野から大目玉を喰らった夜。藤代は個別に皆のところを廻り、お詫び行脚を行った。
全員の部屋を廻り終えると、足の力が抜けたように廊下の隅でへたり込んでしまった。
全身が震えていた。
「みんな、無事でよかった・・・」
整備のミスでパイロットを危険な目に遭わすことは絶対にあってはならないことだった。
藤代は長野の基地でずっと自信を持って整備を行ってきた。
先の戦いで、藤代が担当したパイロットで戦死したものは誰ひとりいなかった。
軍が作成したマニュアルに沿って、それを確実に行うことでパイロットは無事に戻ってきた。
規定通りに行うことが、ミスをなくすことだと信じていた。
「ここは違うんだな・・・」
藤代は震える手を見つめた。
そしてその手を壁に当てると、よろよろと立ち上がった。
壁に手を当てたまま、廊下を歩く。
しばらくすると、落ち着いたのか手の支えなしに歩けるようになった。
格納庫の扉を開ける。誰もいない薄暗い中を、隅に置かれた作業台へと近づいた。その周囲は柵で囲まれている。
「わたしの規定通りって、こんなものだったってこと・・・」
藤代は柵を一つ一つ片付けた。
最後の1枚をしまうと、大きくため息をついて椅子代わりの脚立に腰を下ろした。
すると、作業台の隅の走り書きが目に入った。
もう随分と前のものだろうか。かすれて消えかかった文字をなんとか読んでみる。
『2番機、フットペダルの遊び コンマ1』
「誰の字かな? 2番機ってことは市ノ瀬さん? いや、水瀬さんかな・・・。でも、遊びがコンマ1なんて。規定じゃコンマ5以上なのに」
そこで藤代は再び大きくため息をついた。
「だから、ここは違うんだってば・・・。独立遊撃部隊ってそういうものなのかも」
そうつぶやきながら上を見ると、格納庫を見下ろす位置にあるコントロールルームの明かりがついていることに気づいた。
「あれ、こんな時間なのに、消し忘れかな」
藤代は立ち上がると上へと続く階段を登った。
コントロールルームの扉を開けると、操作パネルの隅で驚いたように大森が振り返った。
「藤代さん、どうしたの」
「あ、明かりがついていたので消し忘れかと思って。大森さんこそこんな遅くにどうされたんですか」
「あたしは、整備記録のまとめ。その日のうちにやらないとどんどん貯まっちゃうからね」
そう言って、整備記録のページが出ているモニターを指差した。するとその横に置いてある缶コーヒーが目に入り、大森は急に慌て出した。
「あ、あ、あ、ダメですよね。こんなところでコーヒー飲んじゃ」
「あ、いえ、そんな・・・」
藤代は申し訳なさそうに視線を下げた。
「まぁ、座りなよ」
気持ちを察した大森が言うと、藤代は素直に従った。
「そうだ、梅原君は何か言ってた? みんなのとこ行ったんでしょ」
「梅原さんは・・・、もっと早くシステムなしでも動かせる事に気付けば、みんなを慌てさせることもなかったのに、って言われてました。そして、これからも整備をお願いしますって・・・」
「まぁ、梅原君はそう言う子だからね。で、市ノ瀬さんは?」
「市ノ瀬さんは・・・、市ノ瀬さんにはひどく怒られました」
「だよね」
大森のは市ノ瀬の反応が分かっていたようだった。
「きっとね、市ノ瀬さんは自分の機体だったら、けろっとしてると思うよ。梅原君の機体だと、そうだろうね」
そう言って大森は笑った。
「わたしはここの部隊の活躍を知って、いつかはここで整備をしたいってずっと思っていました。そしてやっとそれが実現して・・・。わたしこれでもかなり自信を持っていたんですよ。でも、それ以上にここは、なんだか、とっても、わたしの手が届かないような、うまく言えませんが・・・、特別なような・・・、そんなこと感じました」
藤代は半分笑って半分泣き出しそうな情けない表情を向けた。
「そうだね。ここはちょっと、いや、かなり変わってるよね。それはすごく感じる。でもね、新しい人を受け入れないってところじゃないから、安心してね」
「でも、ここはあまりに特別過ぎて、だから、こんな特別な場所にわたしなんて・・・」
突然、大森はきつい表情を藤代に向けた。
「そうだよ、ここは特別だよ」
言葉も強かった。
「輸送機だって特注の専用機体。3機のNCBMも特殊機体。コクピットのシートだってそれぞれのパイロットに合わせた特注品。ただ単に握るだけの操作レバーでさえ、手から型取りした専用品。あらゆるものが特別。でもね、それはみんなが望んで手にしたものじゃない。梅原君にしたって、市ノ瀬さんにしたって、へぇ、そうなんだ、で済ますようなことなの。特別を求めてとか、特別だからってことで戦ってきたわけじゃないし、それで生き延びたわけでもない。特別って言うのは、みんなが必死に戦って、生き延びて、それで後からついてきたものなの。あなたはわたしたちのこの部隊のことをまだ全然知らない。知ってもいないのにそんな言い方しないで。特に4人のことはね。4人のことをもっと知れば、4人がなんのために戦ってきたがが分かるよ」
「4人・・・、ですか?」
パイロットの数にしても部隊全員の数にしても、4という数字が当てはまらない事に藤代は戸惑った。
「あ、そっか。慧ちゃんがパイロットしてたことは知らないんだ」
大森の表情はやさしいものに戻っていた。
「パイロット・・・、だったんですか?」
藤代は水瀬のあどけない姿を思い浮かべた。
「もともとは2番機のパイロットだったんだよ。そのあと市ノ瀬さんが来て、本人の希望で整備担当になったの。そうそう、最後の戦闘で3機のNCBMがケルベロスの巣に降下したけど、その時の3機目が慧ちゃん」
「あの、豆蔵が・・・」
巣に落ち神経の切れた市ノ瀬の機体を水瀬がその場で完全に治したことは、整備士の間では伝説のようになっていた。それだけでもすごいことなのに、パイロットもしていたなんて・・・、藤代は驚きを隠せなかった。
「慧ちゃんはパイロットも整備も経験してるわけだから、一度ゆっくり話してみるといいよ。ああ、でも、慧ちゃんはかなり人見知りだから、プリンで手懐けてからの方がいいかも」
大森は、あはは、と笑った。
「ズカズカと入り込むのはよくないけど、もっとみんなのことを知ってあげて。そうすれば、特別の本当の意味がわかるよ」
藤代は大森の話を聞いて、もっともだ、と思った。
自分はこの部隊のことを、ここのみんなのことを何も知らないのだ。なのに、最初っからこの部隊がこの状態で存在していたかのように思っていた。
何もわかっていない、そして何もわかろうとしなかった自分の浅はかさを恥じた。
「あの・・・」
藤代は言いにくそうに話を続けた。
「始末書って、どう書けばいいんでしょう」
そして恥ずかしそうに笑った。
「あ、書くの初めてなんだ。あとであたしが書いたのをいくつか見せてあげるよ」
そう言って笑う大森を見て藤代は、わたしはまだまだ経験不足なんだ、と感じていた。




