整備
「大変申し訳ありませんでした」
NCBM回収後、全員の揃った独立遊撃部隊輸送機のコクピットで藤代加代は隊員の皆に深く頭を下げた。
「慣れない環境じゃ、最初はそんなものです。みんな同じような経験をしてますから」
そう言った大森の周囲でみんなが、そうそう、とうなずいていた。
ただ一人を除いて・・・。
輸送機が独立遊撃部隊本部に戻ると、藤代には大野の大目玉が待っていた。
大野は藤代を連れて古川のもとに行き、二人で頭を下げた。
大野は再び担当の交代を申し出たが、古川は『それは認めません』と、始末書の提出を指示しただけだった。
藤代はそれなりの自信を持っていたので、落ち込みはかなりのものだった。しかし、それでも機体の整備をしなくてはいけなかった。
格納庫に戻ると、他のみんなはすでに各機体で作業を始めていた。
「しっかりしろ!」
大野に背中を押され、藤代は1番機のコクピットに登った。
0番機のコクピットでは、古手川厚がシステムに接続した整備用端末を見ながら首を傾げていた。
「どうしたの?」
それに気付いた大森が声をかけた。
「あ、この機体、今は起動していないのに活動中ほどの割合で栄養パックを消費しているんですけど」
「今もやってるんだ・・・」
大森はそれがわかっているかのように、古手川から端末を受け取ると画面表示を変えた。
「やっぱりそうだ。見て」
そう言って端末を古手川に見せた。
画面には機体全体の神経走行が表示されていた。そしてその末梢の所々で細かな光が点滅していた。
「これは?」
古手川は端末から大森に視線を向けた。
「えーと、機体が休憩中に神経構築を広げてるって感じかな」
古手川は大森の言ったことが理解できず、ぽかんとしていた。
「量産型だとこんなことは絶対にないけど、ここの機体はみんなパイロットの要求に合わせて、こうして神経を伸ばしているの。量産型では戦闘記録によってシステムが学習して次の戦闘にフィードバックさせてるけど、そんなのが必要ないうちの機体は戦闘時の経験から神経に学習させてるわけ。こうすることによって、パイロットは周囲の認識が上がってさらに戦いやすくなる」
「すごい・・・」
古手川は驚きの声を出し、光が点滅を続ける端末に再び目を向けた。
「ホントは必要のない戦闘記録のバックアップをとってるのは、実はその中に神経走行のデータが入ってるからなの。緊急で部位置換を行う場合は仕方ないけど、予備の部位はその都度最新のバックアップから創り直してるんだよ。そうすれば過去に引いた神経を再び引き直す必要がないでしょ」
古手川は顔を上げると、引きつった表情で大森を見た。
「じゃぁ、この神経走行をすべて覚えないと、まともな整備が出来ないですよね・・・」
「そうだね」
大森は軽く言うと、笑顔を返した。
2番機では、城山学が機体の各関節部の消耗状態を確認していた。
「膝関節の軟骨残量100ミリ、股関節105ミリです」
横でシステムデータのバックアップを行なっている水瀬に報告し、そのまま次の関節の確認に移ろうとした。
「それでは、両関節に修復剤を20ミリずつ注入してください」
十分な残量があると思っていた城山が、え?、と言う表情で水瀬を見た。
目が合った水瀬は、城山の疑うような表情に戸惑った。そして突然の緊張でどう話したらいいのかわからず、ただ口をモゴモゴさせた。
「あ、ごめんなさい。そんなつもりでは・・・」
城山も口をモゴモゴさせ、その次の言葉をなくした。
水瀬は人見知りだと聞いていた。なので、最初はほとんど会話もなく、ただ整備の指示を簡単にするだけだった。それでも少しずつひとつの会話が長くなり、冗談を言えるほどではないが普通に会話ができるくらいにはなっていた。
それをまたリセットしてしまったか・・・。城山は、気持ちがつい顔に出てしまう自分を呪った。
すると突然、水瀬は顔をあげた。
以前の水瀬なら、このまままた殻にこもっていたかもしれない。しかし、みんなと一緒にここでの仕事を行うには、それではいけないと分かるようになっていた。意見があればちゃんと話して、しっかりと意思の疎通を行わないと思わぬ事故につながる。
「えっと、あの、あのですね。市ノ瀬さんって、突然すごい動きを機体に要求するんです。別に雑に扱っているわけじゃなくって、戦闘を有利にするために、一瞬限界以上に動かすって感じで。だから2番機は余裕を持って整備してあげてください」
そう一気に言うと大きく息を吸った。
そうか、そう言うことか・・・、城山は納得した。そして、わかりました、と水瀬に笑顔を向けた。
「お願いします・・・」
水瀬は照れ臭そうに言った。
そんな水瀬を見て、この子はこの子なりに気を使っているんだと、城山は感じた。
城山には妹がいた。いたと言うのは、4年前の九州戦で実家が襲われ、両親共々亡くしていたからだった。
生きていたら、これくらいの歳か・・・。
「あと、肩と肘の関節も確認をお願いします。前回の時、残量は十分でしたが、関節面にわずかな傷が見られましたから」
水瀬の緊張が取れたようだった。
「分かりました」
城山は水瀬が普通に戻ってくれたことに安心した。
「そういえば、食堂でよくプリンを食べてるのを見かけますが、お好きなんですか」
もう少し話すきっかけを作ろうと、城山はなんとか話題を持ち出した。
プリンという単語に水瀬はすぐに反応した。
「あの、それは・・・、プリンを奢っていただけると言うことでしょうか?」
すごい発想だ、と城山は思ったが、反応してくれたことが嬉しかった。
「そうですよ」
水瀬の顔が綻んだ。
「どこのプリンがいいですか」
「食堂のがいいです」
「食堂ですか?」
「はい。ここの食堂のプリンは美味しいんです」
嬉しそうに話す水瀬を見て、プリンの話題を持ち出した自分を褒めたくなった。
「じゃぁ、夕食のあと、プリンを奢ります」
水瀬は2度ほど大きく頷くと、笑顔のまま作業に戻った。




