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急降下


 魔法攻撃作戦の会議から7日後 早朝。


 島根県にケルベロスが出現したことにより、独立遊撃部隊に緊急出動要請が来た。

 軍のNCBM部隊は魔法攻撃の準備に手間取っていたのだ。


 「ケルベロスの数は5。現在穴道湖北側から東に向かっています」

 基地を飛び立った独立遊撃部隊輸送機コクピットで、上田が状況を伝える。

 輸送機格納庫では各NCBMの発進準備が行われていた。

 それぞれの機体の背には予備の弾倉のついたバックパックが装着されていた。

 「バックパックを背負っていると言うことは、降下スラスターなしで降りるんですか?」

 今回、1番機の担当として機乗している大野潤一がコクピットに座る梅原に聞いた。

 「そうですよ。前回もなしで降りましたから。遠藤さんが高度をかなり下げてくれるんです」

 軍の輸送機やNCBMではありえないことに、大野は驚いた。

 「宍道湖上空に到達。降下準備に入ってください」

 上田の次の指示が聞こえた。

 「では、わたしは離れます。気を付けて」

 「ありがとうございます」

 大野はコクピットを出るとリフトに乗った。

 0番機からは大森が、2番機からは水瀬が機体を離れた。

 突然、輸送機が揺れた。大野は思わずリフトの手すりにしがみついた。

 軍のNCBM部隊での機体の整備は地上の格納庫のみで、輸送機内で行うことはなかった。

 大野の整備の技術は熟練したものだったが、輸送機内での整備は初めての経験だった。

 『ここではこんな不安定な状態で整備をしてきたのか。どうりで工具類がしっかり固定されてるわけだ・・・』

 大野は下に降りたリフトの手すりにつかまったまま格納庫内を見渡していた。

 「大野さん、急いでください。ゲートが開いたら、飛ばされますよ」

 大森が大きく手招きをした。

 大野は揺れる機内の中を、慌てて輸送機のコクピットへと続く扉へ走った。


 「後部及び左右のゲート開きます」

 格納庫から戻った3人が着席したことを確認して、上田がゲート開放のスイッチを押した。

 「大野さん、ベルトを締めたほうがいいですよ」

 大野の隣に座る水瀬が座席からベルトを引っ張り出しながら言った。その向こうでは大森もベルトをつけているところだった。

 その時の大野は、輸送機で戦闘をするわけではないのでシートベルトは規則上のもの程度に思っていた。

 「ケルベロス目視可能距離に入ります」

 「ケルベロスの集団の後方より進入。降下開始。0番機より自分のタイミングで出ろ」

 古川が降下の指示を出した。

 大野は一瞬自分の体が浮いたように感じた。ベルトが体に食い込む。

 輸送機が一気に高度を下げ始めたのだ。

 コクピットの前面シールドに地面が迫った。それでも輸送機はまだ高度を下げ続けた。

 このまま墜落してしまうのではないかと恐怖を感じた大野は、横の水瀬に目をやった。水瀬は平然と目の前のモニターを見ていた。

 さらに高度が下がる。

 胃がキュンと締め付けられた。

 ひょっとして、とんでもないところに俺はきてしまったのだろうか・・・、そう思う大野の足は震えていた。



 「0番機、フェイクワン、降下」

 報瀬が後部ゲートから飛び出した。

 『梅干、出ます』

 『ハグミミ、いっきまーす』

 続けて1番機、2番機も輸送機から飛び降りた。

 バーニアを吹かし減速。そのまま着地した。

 「また3機で同時に狙おう」

 『了解』

 『りょーかーい』

 3機はケルベロスの集団に向けて、その後方より加速した。

 『これって、付けたままじゃ手が届かないけど下ろしちゃっていいのかな』

 機体を走らせながら、背中の予備の弾倉の付いたバックパックを触ろうと手を動かす市ノ瀬が聞いてきた。

 「ダメだよ、下ろしちゃ。また取りに来なきゃいけなくなるから」

 『え? じゃぁ、どうやって弾倉を撮ればいいの?』

 『背中を向けた相手のを取ればいいよ』

 『あ、そっか』

 「とりあえず、機体のスロットの弾倉でどれだけやれるかって感じで・・・」

 報瀬は最初の獲物にライフルを向けた。

 「いくよ」

 気付いたケルベロスが振り返り報瀬の射線を避けるように飛び上がった。

 それを予測してトリガーを引く。

 少し遅れて梅原がトリガーを引いた。続けて市ノ瀬も銃弾を放った。

 ケルベロスは銃撃を避けようと空中で体をひねるが、3機のライフルはその動きを正確に追い続けた。

 弾切れの報瀬が素早くリロードする。すぐにトリガーを引く。

 続けて梅原がリロード、さらに市ノ瀬も。

 撃つタイミングをずらしたことで、銃弾は途切れることなくケルベロスに当たり続けた。

 2度目のリロード。ケルベロスはまだ存在し続けた。

 報瀬が3度目のリロード。そこでケルベロスはやっと霧となった。

 「弾倉3つってとこだね。3人で9個か」

 次のケルベロスに向かう報瀬が言った。

 『あ~、なんだか焦ったい!』

 市ノ瀬が報瀬を追いながら不満を言った。

 残りのケルベロス4体が広がるように3機に向かってきた。

 『ケルベロスが硬いのって、皮膚?それとも毛?』

 『毛だと思うよ』

 『だったら・・・』

 市ノ瀬はケルベロスを超えるように機体を大きくジャンプさせた。

 『こいつ狙って』

 市ノ瀬の合図に、報瀬と梅原がすぐに反応しライフルを放った。

 予期せぬ方向からの銃弾を受けたケルベロスの動きが一瞬止まった。すかさずケルベロスの後方に着地した市ノ瀬は腰から刀剣を取ると、ケルベロスの背中の毛の流れに逆らうように刀剣を突き刺した。

 間髪を入れず、ケルベロスは破裂するように霧散した。

 『やったぁ。これ使える!』

 『すごいね、市ノ瀬さん』

 「ちょ、ちょ、ちょ。その方法使ったら、絶対残りを倒さなきゃいけないじゃない」

 報瀬の言った意味を一瞬考えた梅原と市ノ瀬だったが、すぐに気付いたように慌て出した。

 『あ~、そうだった。このまま逃したら、次には効かないかも』

 『あと3匹、時間はまだ45分くらいあるから、倒せるよ』

 確かに3人にとっての時間は十分にあるように思えた。

 「じゃぁ、市ノ瀬さんの作戦で行こう。先導して」

 『りょーかーい』

 市ノ瀬の元気な声がヘルメットに届くのと同時だった。索敵モニターにLOSTの文字が表示された。

 「え?なんで・・・」

 報瀬は索敵の範囲を変えながらケルベロスを探した。しかし、どこにもケルベロスのマーカーは現れなかった。

 『ケルベロスの反応が消えたけど、全部倒したの?』

 輸送機の上田からだった。

 「2体倒したところで、消失したようです」

 『おかしいね』

 上田が古川に確認をとっている声が聞こえた。

 『こちらでも探してみるから、そっちも警戒を続けて』

 「了解・・・・。ってことで、分かれて探してみよう」

 『これってさらに時間制限が厳しくなったってことですか?』

 梅原が気落ちした声で聞いてきた。

 「かもね・・・」

 『次の魔法攻撃に期待ってことか・・・』

 市ノ瀬もがっかりしたように言うと、報瀬たちから離れるように機体をジャンプさせた。

 「変異の効果を確かめるだけなら、数も時間も多くはいらない、ってことかもね。十分に効果ありと判断すれば、最終的にはとてつもない数のケルベロスが出てきたりして・・・」

 ケルベロスの反応がない索敵モニターを見ながら、ひょっとしてケルベロスの変異の中には賢さも含まれるのだろうか、と報瀬は思った。

 

 

 結局、約15分で消えたケルベロスは、その後再び姿を現すことはなかった。

 探索を諦めた独立遊撃部隊輸送機は、機体を回収すると部隊本部へと戻った。

 着陸後、機体の停止に合わせて、大森と水瀬は機体整備のために立ち上がるとコクピットを出た。

 大野はずっと何か考えている様子だったが、今やるべきことを優先させるために足に力を入れた。

 一時は戦闘開始時の輸送機の急降下の恐怖でシートから立ち上がることができないのではないかと心配したが、流石にそれから時間が経って足が落ち着いていることに安心した。

 すると、古川が声をかけてきた。

 「お疲れ様でした」

 大野も、お疲れさまでした、と古川に返した。

 「大野チーフからご覧になって、何かうちの整備に関してご意見はありますか?」

 オペレーター席で戦闘記録のバックアップを取っている上田が、一緒に大野の意見を聞こうと顔を向けた。

 突然の質問に大野は少し考えたのち、そうですね・・・、と話し始めた。

 「整備の技術に関しては、全く問題ないと感じます。大森さんも水瀬さんもどうやってあんなスキルを身につけたのか。大森さんはお医者さんの勉強をしてるからですかねぇ。水瀬さんはよほど努力をされたのでしょう」

 「そうですか。大野さんにそう言ってもらえると、あの二人も喜ぶでしょう。でも、もしも改善すべきところがあれば遠慮なく言ってください」

 大野は古川の言葉に頷いた。

 「それにしても、この輸送機に1回乗っただけで、独立遊撃部隊の凄さを実感したような気がします」

 古川も、話を聞いていた上田も大野がどのようなことを感じたのかわからなかった。

 「自分はそれなりに経験を積んできましたので、整備に関してはある程度自信があります。しかし、この輸送機にいざ乗ってみると、地上でならともかく飛行しながらの整備はとても今の自分には無理だと感じました。恥ずかしながら、あの急降下だけで足が震えました」

 大野の足はその時の記憶を思い出したのか、少し震えているようだった。

 「きっとこんな自分でも場数を踏めば慣れるでしょう。しかし、これから場数を踏むのは自分のような歳のいったものではなく、この部隊のように若いものたちだと感じました。この環境は若いものこそが経験すべきものです。そこで、古川大尉に一つ具申をさせていただきたいのですが」

 大野は姿勢を正した。

 「自分の代わりに伸びしろのある自分の部下を乗せてやってもらえませんか」

 大野はそこで深く頭を下げた。

 「自分は整備のことはわかりません。スタッフの配置は大野チーフにお任せします」

 古川はそう言って大野の行動を制した。

 「ありがとうございます。とっておきのやつを乗せるようにします」

 上田は、誰になるのかなぁ、と新しく配属されていた整備員のプロフィールをこっそりと見ていた。

 


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