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0番機


 何もない・・・

 何も存在しない世界

 何も存在しないんだけど、遠くまではっきりと見渡せる

 普通なら空気の存在によって遠くは霞むはずなのに、とってもクリアに見える

 ここには空気すらないのかな?

 何もないのに、とてもきれい

 何もないのに、どうしてそう感じるのだろう

 今日は、いけるかな?

 あの先まで・・・


 

 ああ、やっぱりダメだ

 見えない壁に拒まれてるように先に進めない

 何も存在しないようで、壁は確かに存在している・・・

 ああ、目の前には何もないきれいな世界が広がっているのに・・・

 どうして・・・



 絶望を感じたところでいつも報瀬は目を覚ます。

 ああ・・・、また同じ夢だ。

 顔を上げると、眩しい光が目に飛び込んだ。

 「あ、ごめんなさい。あたし寝ちゃってた」

 すぐに今の状況を理解した報瀬は、横の男に申し訳なさそうな表情を向けた。


 高く上がった太陽の陽を受け、NCBM独立遊撃部隊専用輸送機は滋賀県上空に差し掛かったところだった。

 操縦席に座るのは、遠藤稔少尉。そして横にはつい先ほどまで夢を見ていたパイロットスーツ姿の報瀬が座っていた。

 「昨日は夜遊びでもしてたのか」

 遠藤は、姿勢を正し座り直した報瀬に少し呆れながら言った。

 「真面目な大学生ですから、夜遊びなんてしないですよ。遠藤さんの操縦が上手だから眠気を誘うんです」

 夜遊びはしていなかったが、遅くまでゲームをしていたのは間違いなかった。

 これも夜遊びなのかな?と、報瀬は思った。

 「滋賀の部隊本部は初めてだっけ?」

 遠藤は話題を変えた。

 「はい。この体で来るのは初めてです。でも、懐かしいなぁ」

 「この距離で体は大丈夫なのか?」

 「ああ、ブースター持ってきてますから」

 「そうか、なら安心だ」

 やがて木に覆われた山の間に、ひらけた場所が現れた。いくつかの大きな建物が見える。独立遊撃部隊本部である。

 遠藤は機首を滑走路に向けると、着陸態勢に入った。

 「みんなはいるんですか?」

 「独立部隊のメンバーは上田君だけだな」

 「そっか・・・」

 報瀬はちょっと残念そうに目の前に迫る滑走路を見ていた。

 輸送機は一瞬タイヤの擦れる音をさせると、ショックを感じることなく着地した。

 速度を落とし、タキシングで格納庫近くまで進める。

 すると、格納庫前で大きく手を振る上田李依上級准尉の姿が見えた。

 報瀬はシートから立ち上がると、火器管制パネルに身を乗り出し上田に応えるように手を振った。


 「お疲れ様です」

 上田は輸送機から降りてきた二人に向かっていつもの笑顔を向けた。

 「どうします? 冷たいものでも飲んでから始めますか?」

 上田の問いに遠藤は、どうする?と報瀬を見た。

 「いったん休んじゃったら、もう動きたくなくなりそうなので先にやっちゃいましょう」

 そう言って、報瀬は照りつける太陽を見上げた。遠藤は同意するように頷いた。

 「そうだね、この暑さじゃね。じゃぁ、始めましょう」

 「とっとと開始!」

 報瀬と遠藤は早足で再び輸送機に乗り込んだ。上田は腰につけていたヘッドセットを装着した。

 少しして、輸送機の後部ゲートが大きく開いた。

 ゲートの奥に見える格納庫には、ハンガーに固定された真新しい3機のNCBMがあった。

 格納庫奥のドアが開き報瀬が出てきた。報瀬は昇降機を使って1機目のコクピットに上がった。

 コクピットに入るとすぐにシステムを起動させ、足元から迫り上がってきたモニターにかかっているヘッドセットを装着した。

 「じゃぁ、まず1番機から入れます」

 報瀬はヘッドセットのマイクの位置を口に合わせながら言った。

 「了解。ゆっくりでいいからね」

 「ハンガーロック外すぞ」

 遠藤の声で、ガクンという衝撃が伝わり1番機が自立した。報瀬はコクピットのハッチを開けたままゆっくりと機体を進めた。

 そのまま基地格納庫の大きな扉を抜け中に入る。その奥で上田が一つのハンガーを指さした。

 「1番機はここだよ」

 「了解」

 報瀬はハンガーの前まで機体を進めると、車をバックさせる要領で背中からハンガーに接近した。

 再びガコンという衝撃が伝わる。今度は機体が固定された音だった。

 すぐに上田が1番機のコクピットに昇降機を上げた。

 「システムはどうします?」

 「ああ、誰も動かす人いないから、落としていいよ」

 「了解」

 報瀬はシステムをダウンさせ、付けていたヘッドセットモニターにかけるとコクピットを出た。

 下に降りるとすぐに輸送機へと走る。

 そして、2機目のコクピットへ上がった。

 「次、2番機です」

 2番機も同じように格納庫内へ進めると、上田の示すハンガーへと固定した。

 走って輸送機に引き返す。あと1機だ。

 3番目の機体に乗り込む前に、足元で上を見上げる。

 「かっこいい・・・」

 装甲に覆われいかにも筋肉質なその機体が報瀬は好きだった。

 昇降機を上げコクピットに入る。

 報瀬がシートに座ったことですぐにシステムが起動を始めた。ヘッドセットをつける。

 その時、報瀬に疑問が湧いた。

 あたしって、ここに来なくてもよかったような・・・。

 しかし、すぐにそんな考えを消した。

 ややこしくなるからいいや。

 「最後、行きます・・・って、これ3番機でいいのかな?」

 「そっか、呼び名決めてなかったね」

 すぐに上田が答えてきた。

 「報瀬ちゃんが3番機ってのも変だよね」

 「あたしは別に構わないですけど」

 「報瀬ちゃんのを1番機にしてあと2、3なんてしたらややこしくなるし・・・」

 そこで二人は動きを止めたまま、しばらく会話が途切れた。お互い呼び名を考えているようだった。

 「0番機どうした?」

 急に遠藤の声が割り込んできた。

 「0番機?!」

 報瀬と上田の声が重なった。

 「え? 違うのか。速水さんたち0番機って言ってたぞ」

 「なんだ、そうだったんだ。いいよねそれで」

 「0番機、了解」

 報瀬は笑いながら名前の決まった自分の機体を進ませた。

 「それじゃぁ、アイスコーヒー入れて待ってるからあとよろしくね」

 上田は0番機のハンガーを指差すとヘッドセットを外し、格納庫奥のドアに向かった。

 「遠藤さんも上がってください。固定したらすぐ行きます」

 「遠藤、了解」


 

 作業を終えた報瀬がブリーフィングルームのドアを開けようとしたところですぐ隣のドアが開き、上田がこっちこっちと手招きした。

 中に入ってみると、そこは8畳くらいの部屋で、中央にテーブルとその周囲にいくつかの椅子があった。その奥には小さなキッチンがあるように見えた。

 遠藤はすでに席についていた。冷房が適度に効いていて心地よい。

 「こんな部屋ありましたっけ?」

 報瀬は見慣れない部屋を見渡しながら上田に聞いた。

 「少し前に物置を改造してもらってね。みんなでお茶飲んだり、食堂が開いていない時は簡単な食事を作ったりしてるの。ブリーフィングルームでお茶するのも落ち着かないでしょ」

 報瀬にとって、ケルベロスとの戦いの中でこの施設は隅々まで慣れ親しんだ場所だった。それは直接この中を歩いたりしたわけではなかったが、隅々まで感じていたものだった。しかし、流石にその後に作られたこの部屋のことは知らなかった。

 「適当に座って」

 報瀬に言うと、上田は奥のキッチンに入っていった。そして、すぐにトレーにのったアイスコーヒーを持って戻って来た。

 コーヒーをそれぞれの前に置く。最後に自分の分を置くと椅子に座った。

 皆が待っていたようにストローをくわえ、一気にコーヒーを吸った。

 「平和だと、この施設もなんだか寂しいですね」

 報瀬はストローでグラスの中の氷をカラカラとかき混ぜた。

 「そうだね。少年少女は勉学に勤しんでるだろうし、大森さんは山梨の病院で腕を磨いてる。古川大尉はたまたま今日は本部に行ってるけど、常駐してる独立遊撃部隊の隊員は古川大尉、遠藤少尉、そしてあたしの3人だね」

 上田は、あははと笑った。

 「動かせるパイロットもいないのに最新型のNCBMを3機なんて、とうさんは、あ、いや所長は何を考えているんでしょう?」

 「そうだな。メンバー全員が常駐する必要がないのはそれだけ平和ってことだけど・・・」

 遠藤は空になったグラスをテーブルに置くと話を続けた。

 「統合軍内でのこの独立遊撃部隊の評価はものすごく高いんだ。現在、ケルベロスの被災を受けた各国は急速に復興している。いずれまた大国は大国としての力を持ち国家間でのトラブルが生じるだろう。我々の部隊のことは各国に知れ渡っている。つまり、我々は動かなくてもその存在だけでいざと言う時の抑止力になるってわけだ。まぁ、それと同時に素晴らしい技術のさらなる進歩って意味もあるんだけどね。機体も揃ったし、しばらくしたらここも賑やかになるよ」

 「そうなんだ。ケルベロスと戦うのはいいとしても、ヒトと戦うのは嫌だなぁ」

 報瀬はそう言うと、コーヒーのなくなったグラスから直接氷を口に含んだ。

 「だから抑止力なんだよ」

 遠藤は笑っていた。

 「もういっぱい飲む?」

 上田が小難しい話を遮るように聞いて来た。

 「飲みまーす」

 「俺も」

 二人はグラスを持つと上田に差し出した。

 「あ、でもね。あたしたちもここの常駐スタッフも、暇してるわけじゃなくって毎日ちゃんと仕事はしてるからね」

 上田は報瀬に念を押すように言うと、それぞれのグラスをトレーにのせキッチンへと向かった。

 



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