Magic Attack
統合軍本部、バイオエレクトロニクス研究所、そして独立遊撃部隊では、早朝より新たな作戦に関するリモート会議が行われていた。
いつもの出席者に加えて、今回は統合軍研究施設、細菌・ウイルス部門 原灯子研究主任も参加していた。
速水がまず今回の作戦の趣旨の説明を始めた。
「本作戦は国民への印象を考慮して魔法攻撃作戦、コードネームMagic Attackとさせていただきます。今までのケルベロスへの攻撃が物理属性だとすれば、今回の作戦はウイルスを使った生物属性と言えます。つまり、ケルベロスにウイルスを感染させその病原性によって致死的なダメージを与えます。ウイルスの曝露は粘膜を使います。どれだけ被毛が硬くても問題とはなりません」
原灯子は速水の話を聞きながら、速水が自分のオフィスに息を切らせながらやってきたときのことを思い出していた。
速水とは面識はなかったが、その実績は十分聞いていた。当初、自分と速水は同じくらいの年齢だと思っていたが、実際は一回り近くも下だと聞いて驚いたものだった。
そんな速水が開口一番に言ったことが、ウイルス兵器を使いたい、だった。
生物兵器は、国際法で長らく禁止されていた。それを使うということに原は驚いた。
しかし、速水はこれを魔法攻撃だと言い張った。
何を馬鹿なことを言っているのだと思ったが、速水の考える魔法攻撃の内容はまともなものだった。
原は、魔法攻撃と言い張るその意図を理解した。
おそらく、この方法を成功に持っていかなければ、人類はさらなる窮地に陥るだろう。
しかし、生物兵器を使用すると馬鹿正直に言ってしまえば、エセ活動家の絶好の餌になる。もしも反対運動が起これば国民の反感は広がり、作戦が実行前に潰される恐れがある。
いずれは分かることだが、ウイルスという名を出さないことで、多少は時間稼ぎができるだろう。
速水はそのために魔法攻撃に拘ったのだ。
「本作戦の要となるウイルスに関しては、原灯子研究主任から説明をいただきます。また、これをケルベロスの口周囲で散布する銃弾は研究所の山内が設計を行なっており、完了次第、軍での製造に入ります。そして、今回はフィールド上でのウイルスの散布となるため、作戦前の情報漏洩の防止、さらに作戦後は国民にその必要性と安全性を十分に伝えるために政府への働きかけをお願いします。では、原主任、お願いします」
原は軽くお辞儀をしたのち、魔法攻撃の根幹となるウイルスの説明を始めた。
使用するウイルスは、Paramyxoviridae科Morbikivirus属Canine distemper virus、通常CDVと呼ばれるものだった。このCDVは、その名の通りイヌ科の動物に感染を起こし、発熱、呼吸器症状、また神経症状を伴うジステンパーという疾患を起こすもので、CDVに対して抗体を持っていない場合の致死率はかなり高かった。
速水はケルベロスがその発生の特異性から獲得抗体を持っていないのではないかと考えていたので、ウイルス自体はどんなものでもよかったのかもしれない。しかし、人に影響がなく、ケルベロスへの致死的なダメージを考えると原はこのウイルスが最も適しているのではないかと考えた。
だが、ウイルスは特定の宿主の細胞内でしか増殖できない。ケルベロスに細胞は存在しているのだろうか。
ケルベロスは口腔から粘液を出すことから、粘液細胞を持つことは十分考えられた。だが確証はない。
ここが最も原を悩ませたところだった。
また、このウイルスを本来の宿主以外の生物に使用する場合には、十分な病原性の発現が起こらない可能性もあった。
そこで原は、まずイヌの細胞と一緒にこのウイルスを使うことを考えた。弾丸内であらかじめウイルスを増殖させ、それをケルベロスの口腔で破裂させればかなりの高濃度でウイルスに曝露させることが出来る。
それに加え、病原性の強化と、ケルベロスが万が一免疫機能を持っていることを考慮し、免疫不全を起こすようにウイルスのゲノム編集を行った。
原は出来るだけ分かりやすい言葉を選んで説明していたが、大川たちにとって専門外の内容はなかなか理解しづらいものだった。
聴き慣れない呪文のような言葉が続く内容に、確かに、魔法攻撃だ・・・、と大川は思った。
「おそらくみなさんが最も気になることは、本当にこのウイルスがケルベロスに効果があるのか、ということでしょう」
原は、気休めですが、と付け加え説明を続けた。
「最終的に完成したウイルスは、サンプルに使った生物全てで高い神経親和性が確認できています。つまり、神経組織で感染、増殖しやすいと言うことです。ケルベロスには神経組織があると聞いています。ウイルスが神経を通って中枢の脳に行けば、致命的なダメージを与えるのは確実です」
この発言によって、皆の不安はかなり払拭されたようだった。
「それと作戦中の現場での最も重要な点ですが、ウイルスに感染させたケルベロスは必ず巣に返してください。間違ってもその場で倒してはいけません」
「それはどう言う意味ですか」
実際に現場の指揮をする笹村が聞いた。
「大久保教授に確認したところ、ケルベロスには巣が存在すると聞きました。ケルベロスが一定の時間が過ぎると消えるのは巣に戻っている可能性があります。感染した個体が発症すればウイルスを放出します。もしも巣に感染していない個体がいれば、その個体にも感染させることが出来ます。最も期待したいのは、そこに生殖個体がいてそれに感染を起こさせることです」
笹村は、なるほどと大きく頷いた。
「しかし、懸念もあります。いくら強い病原性でも、必ずそれを耐えて生き延びる個体がいるということです。耐性、つまりCDVの抗体を獲得した個体にはもうウイルスは効きません」
「それには通常の攻撃を行うしかないということか。NCBM部隊はどうなっている?」
大川は笹村に確認した。
「はい。先の戦闘で機体の消耗率は80%を超えています。現在機体の修復と新たな機体の培養を急ピッチで行っているところです。作戦可能な稼働率までには1週間ほどかかります」
「独立遊撃部隊の準備は?」
大川が次に古川に聞いた。
「はい。完了しています」
古川は力強く答えた。
報瀬を含め3機編成となった部隊の実力はかなり上がっていると古川は確信していた。
モニター越しに野嶋と目が合った。野嶋は軽く頷いたように見えた。
「政府へは?」
最後に大川は篠原に確認をした。
「はい。作戦の内容が歪曲されて伝わり反対運動が起こる可能性を考え、政府へはあえてこの作戦の詳細は伝えないほうがいいかと。しかし、イヌに感受性のあるウイルスを使用するので、後にウイルスの使用がわかった時のために飼育犬に対してワクチン接種を徹底する必要があります。これに関しては緊急事態宣言下で避難所に動物が集まることを理由に接種を促すキャンペーンのようなものを考えています。さらに感染の可能性のある野生動物には経口ワクチンの入ったエサの配置を広範囲に行う予定です」
こうして、馬鹿げたと思われた魔法攻撃が、現実味を帯びた作戦となった。
「現時刻をもって、Magic Attackを正式な作戦として発動する。ぜひとも成功させてくれ」
大川はそう宣言すると、篠原に目配せをして席を立った。
すぐに篠原が大川に続いた。
会議室から廊下に出たところで、大川が耳打ちをするように篠原に話しかけた。
「また、市ノ瀬大臣に動いてもらう必要がある。大臣には極秘と一言添えて、しっかりと説明した方がいいだろう」
「はい」
「出来るだけ早く会いに行った方がいいな」
「すぐに大臣の予定を確認します」
大川が頷くと、篠原は足早に自分のオフィスへと向かった。




