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多様性


山梨県 国防省バイオエレクトロニクス研究所 会議室

 

 会議室には野嶋高雄所長、動物行動解析学大久保樹教授、そして速水香織がおり、ケルベロスの多様性に関するリモート会議を行なっていた。

 リモート用のモニターには統合軍より大川平蔵本部長、篠原大輔大佐、笹村信幸少佐、そして独立遊撃部隊から古川徹大尉が映っていた。

 各自テーブル上のモニターには今までの戦闘記録が表示され、笹村少尉が経過の説明を補足していた。


 この会議の冒頭で、大川は今回のケルベロスの出現は2年前とは異なり未来が関与しない全くイレギュラーなものと結論付けていた。

 それは、報瀬と同様の考えを持っていたからだった。

 もっとも、不十分な後始末によるケルベロスの『消し忘れ』と考えるなら、根本的な原因は未来の関与と言えなくもないが・・・。

 しかし、未来の関与なしとしても、何故ケルベロスが出てきたのか、どこから出てきたのか、何をしようとしているのかなどに関しては、結論を出すには情報が少なすぎた。


 「それでは、ケルベロスの形態の変化を大久保教授から考察してもらいます」

 戦闘経過の説明が一通り終わったところで、篠原が本題に移した。

 大久保は軽く頭を下げると話を始めた。

 「今回、いくつか形態を変化させたものが出現しましたが、全て同種のケルベロスと考えていいと思います。説明しやすいようにそれぞれの新たな特徴に合わせて仮の名称をつけさせてもらいました。まず最初に現れたケルベロスは水上型」

 大久保はモニターの表示を和歌山沖での海を泳いでいるケルベロスの映像に変えた。

 「過去のケルベロスは海を渡ることが出来なかったのか、それともしなかったのかは不明ですが、海上を泳ぐという行動は一切見られませんでした。しかし、今回は明らかに海上をスムーズに泳いでいます。映像からの推定速度は、時速約90キロ弱。シャチの最高速と同程度の速さです」

 映像は上空から狙撃されるケルベロスに変わった。

 「上空から攻撃を受けた場合、通常は潜って身を隠すなど回避や抵抗をするはずですが、このケルベロスはそのような行動を一切見せず水面を移動するのみで、容易い標的になっているように見えます」

 攻撃を受けたケルベロスの集団は水上を右往左往するだけで、反撃すらできず霧となっていった。

 「次に三重県に出現したケルベロスです。これは潜水型です」

 大久保はモニターの表示を変えた。

 それは何もない海面に突然浮上し姿を現すケルベロスだった。

 続いて、ケルベロスの頭部及び手が大きく拡大された画像に変わった。

 「少々わかりにくいですが、このケルベロスは鼻腔が閉じられるような構造になっており、また指の間に水かきのようなものが見られます」

 モニターの映像が2画面に切り替わり、潜水と浮上を繰り返すケルベロスと海岸に上がったケルベロスを映し出した。

 「鼻腔を閉じることができ、なおかつ水かきがあるということは水中での行動には長けていると考えられますが、ご覧のように陸上ではかなりおかしな動きになっています」

 水中でのスムーズな動きと比べ、海岸に上がったケルベロスは手足の動きがぎこちなくまともに歩くことが出来なかった。

 「次は静岡県の滑空型です。ムササビのような飛膜を持っています」

 モニターに表示された空中を滑空するケルベロスは、滑らかに弧を描くように飛ぶと、その後落ちるように着地した。そのあとの動きは、海のケルベロス同様やはりぎこちなかった。

 「泳ぎ、潜水、滑空・・・。ケルベロスが新たに獲得した能力はしっかりと機能しているのですが、そのために今まで持っていた俊敏な動きという優れた能力を犠牲にしているようにも見られます。おそらく新たな能力に対して、筋肉、骨格などの構造が大きく変化したのではないかと考えます」

 大久保はまたモニターの表示を変えた。

 「次は岐阜に出現した長毛型です。被毛の長さが通常個体の3倍ほどありました。これにはオリジナルのような俊敏さが多少残っていましたが、被毛の長さにどのようなメリットがあるのか、戦闘記録を見ても判断できませんでした。最後は短毛型です」

 モニターの表示は毛の短いケルベロスに変わった。

 「富山に出現した個体です。これもどのような意味を持つのかわかりません」

 大久保はモニターの表示をオリジナルも含めた6種のケルベロスの分割表示に変えた。

 「生物には、進化と変異があります。進化というものは長い時間をかけて、遺伝的な変化をもたらすものです。今回のものはあまりにその変化が速いことから変異と考えた方がいいでしょう。ただ、変異だとしてもその発現があまりに急で唐突過ぎます。この短期間でかなりの数のケルベロスが出現しているにもかかわらず、その巣すら見つかっていないことを考えると、何か我々には考えつかないような要素が関与している可能性があります」

 確かに過去の戦いではこのような多様性を持ったケルベロスの出現はなかった。過去とは異なる状況に大きく変化しているのは明らかだった。

 なぜ、そのような変異を繰り返しているのだろう・・・。

 皆がその変異の示す意味を考えていた。

 「出現の不可思議さは別として、ケルベロスにとってこのような変異を繰り返すことはどんな意味があるのだろうか。こんなに簡単に殺されてしまっては全く意味がないように思うが」

 皆の疑問を代表するように大川が大久保に問いかけた。

 「そうですね。生物にとって、変異というものは偶然で、多くは意味のないことです。大抵はその環境に合わなかったり、能力が低かったりして、まともに生き延びることはできません。つまりほとんどが短時間で死んでしまいます。しかし、100回の変異、1000回の変異を繰り返すうちに、とてつもなく優れた能力を持つ個体が偶然現れることがあるのです。それは周囲の生物に対して優位性を持ち、他を圧倒します。そして生き延びることによって、その優位性は繁殖を繰り返すうちに遺伝的に固定され確固たる進化へと繋がっていきます」

 大久保の話を聞く全員の表情が硬くなった。

 「もしも、今回の変異が偶発的ではなく意図的なモノだとしたら、ケルベロスは我々に対抗できる能力を探っているのかもしれません。今はただ当てずっぽうのような変異でも、そのうちとんでもないものが発現するかもしれないのです。そして、当然どこかにこれらの変異体を生み出している生殖雌個体がいるはずです」

 全員が恐怖を感じ始めていた。

 ケルベロスの変異が意図的なものであったなら、いったいどんな能力を期待してそれを探っているのだろうか。

 ケルベロスが期待する能力を獲得する確率は、かなり低い。しかしそれはゼロではない。

 万が一とんでもない能力を持った個体が現れたら、果たして太刀打ちできるのだろうか。

 誰一人言葉を発することのない沈黙の中、大久保は話を続けた。

 「以前、ケルベロスは戦闘中に獲得した経験を、死亡時に他の個体に伝える能力があることが示唆されていました。それと同じようなことが今回の変異にも起こる可能性があります。つまり、現れた変異体を完全に消滅させてしまえば、その変異は不要なものとされるでしょう。しかし、もしも1体でも逃してしまったら、その変異は効果ありと伝えられ、その能力がさらに強化された変異体が現れる可能性があります」

 「いつまでも変異が繰り返されるケルベロスを、そしてさらに強化されるケルベロスを倒し続けるのは絶望的だ」

 大川が独り言のように言った。

 しかし、それは全員が感じていることだった。

 最も効果的な方法は、変異体を生み出している生殖個体を叩くことだった。しかし、ケルベロスがどこから現れているのかが分からないのと同様に生殖個体の居場所の手がかりも全くなかった。

 全員が何をすべきか考えていた。

 しかし、何ができるのだろうか・・・。


 

 ケルベロスはその後も変異を繰り返した。

 それは、ケルベロスがこの世界でなんとか生き延びようとする足掻きなのか、それともこの世界を奪い取ろうとする壮大な作戦なのか。

 しかし、現れる変異体はどれもこの世界で通用するようなモノではなく、NCBM部隊の働きによって即座に消滅させられ、その特性を受け継がせることすらできなかった。



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